ドリーム小説
「だーかーら!ザンザスは来ないって言ってんでしょ!」
はムキになって男に叫んだ。
何度言っても全く信じない男には唇を噛む。
後ろで固く縛られ、手首に食い込む縄がキシキシと音を立てた。
ザンザスが部屋を飛び出して行った直後、窓から入って来た奴に気を失わされ気が付けばこの廃屋にいた。
目の前のこの男はどうやらどこぞのマフィアのボスらしい。
部下達を廃屋の外で見張らせ、この場にはとこの男の二人だけである。
ニヤニヤと厭らしく嗤う男は手足を縛られ転がるを見下ろして口を開いた。
「奴は必ず来るさ。お前はあのザンザスをも黙らせる女神なんだろう?」
「は?何それ?」
「まぁ、この様子じゃザンザスが骨抜きにされたって意味なんだろうがな」
「ギャー!ちょっとどこ見てんのよ!」
いきなりシャツの襟元を大きく開けられ思わず叫ぶ。
の胸元にはザンザスに付けられたキスマークが色濃く散っていた。
自分でもこれは酷いと思うが、男の視線の方がもっと不愉快だった。
「随分愛されてるな。お前はザンザスの弱点だぜ、女神様」
愛されてるですって?
ふざけるのもいい加減にしてよ。
ただでさえ惨めな気持ちでいっぱいなのにこれ以上どうしようって言うの?
本当に愛されてる女はあんな風に扱われないわよ。
私はアイツにとってただの暇潰しの珍獣なんだから!
「お前を助けたければザンザス一人でここに来いと報せは出した」
あなた、勘違いしてる。
私はただの女で、ザンザスの何でもないのだ。
アイツはそれくらいで動きやしない。
は悲しそうに首を振り、もう一度ザンザスは来ないと呟いた。
「うっわ!ヤられちゃってんじゃん!」
「まぁ!何て手加減なしなの!貪ったって感じの痕が最低よ!」
ヴァリアーにを誘拐した犯人からの要求と共に送り付けられて来た写真にベルとルッスーリアが声を上げた。
意識を失っている時に撮られた写真で、の胸元を染める鬱血痕にスクアーロだけが窺うようにザンザスを見た。
その犯人は自分だと言えないザンザスは眉根を寄せて、写真を奪うと破り捨てた。
「恨みなんて腐るほど売ってるからなぁ」
「いつも通り、寄って来る虫ケラなど捨て置けばいいのだ!」
「そうねぇ。ヴァリアー動かしたら敵さんの思う壺だしねぇ」
「待ちなよ。がいなくなった後の損得考えてるかい、君達」
それぞれの意見が飛び交い、不意に訪れた沈黙に全員がザンザスを見た。
意見を求めるような部下達の視線を浴び、黙り込んでいたザンザスがゆっくりと口を開いた。
「通常運転だ」
「それって・・・」
「テメェらには他に仕事があるだろうが。あの女のためだけにヴァリアーは動かさねぇ」
それはつまりを見捨てるという答えだった。
***
約束の時間が刻一刻と迫る中、は自力脱出を目論見て尖った廃材やプラスチックに手の縄をひたすら擦りつけた。
地味な上に隠れ作業、ましてや後ろ手のために全く見えない。
無理矢理動かしていたので食い込んだ縄が手首を傷付けるし、尖った物が何度も手に刺さる。
その痛さに何度声を上げそうになったか。
ザンザスは来ない。
自分が言った言葉を確かめるように反芻して、はひたすら作業を続けた。
約束の時間が来て一気に緊張感が高まったが、無駄に時間だけが過ぎていくと共に男のイライラが募る。
男のボルテージと比例するようにの心は冷めていった。
やっぱりと思う心と、どこかで期待していた心が酷く痛んだ。
「なぜアイツは来ないんだ?!」
「馬ッ鹿じゃないの?!だから散々ザンザスは来ないって言ってるじゃないの!!」
「なら全て無駄だったと言いたいのか!!」
「ちょ・・・!く、あっ・・・」
激昂する男に八つ当たりするようにが叫べば、怒りのままに男は掴み掛かって来た。
ギリギリと絞められる首は一切の空気を通さず、はその手から逃れようともがく。
空気を求めて声に鳴らない声が漏れる中、は祈るように手首の縄を引っ張った。
あんなに頑張ったんだから、もうそろそろ切れてくれてもいいでしょ。
涙で歪んだ視界にザンザスが映った気がした。
あぁ、最悪。
最後の最後に思い出すのが私を見捨てるような酷い男なんて。
「おい、生きてるか、馬鹿女」
誰のせいで首絞められてると思ってんのよ・・・。
幻覚でも来てくれた事が嬉しいなんて、私もホントに馬鹿だわ。
急に喉に飛び込んで来た空気に驚いて、思わず咽る。
ゲホゲホと咳き込んで足腰に力が入らず、男に寄り掛かる。
一体何が・・・。
「テメェ、他の男の胸に縋り付くとはいい度胸してんじゃねーか」
え・・・?
涙が邪魔する視界を細めて振り返るとそこにはザンザスが不機嫌そうに立っていた。
本物?!何で?!
「な、何で来たの?!」
「あぁ?余計なお世話だったってか?」
「違っ・・嬉しいけど、でも!」
なら大人しく待っとけ、と目で言い包められてしまった。
あんまり優しい目をして見てくるからドキリと心臓が跳ねた。
男が急にの首を掴み、米神に銃を突きつけて嗤った。
「約束通り、一人で来たようだが遅刻だ。危うくこの女を殺す所だった」
「復讐か。一度負けた奴が何しようが同じだろーが」
「口を慎め!」
どこからやって来たのか二人の男がザンザスの後ろに立っていて、ザンザスの顔を殴り飛ばした。
思わず息を呑んだに男は満足そうに嗤う。
ザンザスは血の混ざった唾を吐いて、視線を上げる。
「ふん!死なない程度まで可愛がってやれ」
男の声と共に、ザンザスは蹴り飛ばされ踏み付けられた。
二人の男の暴行を見ながらを押えていた男は大声で笑っている。
抵抗しないザンザスには首を振って目を見開く。
何で・・・?
アンタ強いんでしょう?
そんな奴等やっつけちゃってよ!
何で?
何で!
何で私のためなんかに・・・!
は強引に縄を引っ張ってザンザスの名を叫ぶ。
何度も何度も祈るように名を呼び、痛む手首を捻る。
傷が増えていくザンザスに目頭が熱くなる。
「ザンザス!!」
ブチッと派手な音を立てて切れた縄には躊躇せず、男の銃を持つ腕を蹴り上げた。
そのまま足払いを掛けて転ばし、銃を遠くへ蹴ってザンザスの元へ走った。
が走り出した時にはザンザスを殴っていた男二人はすでに息絶えていた。
ザンザスに抱き着けば目と耳を塞がれるように片腕で抱き締められ、銃声が数回鳴った。
全て終わったのだと二人して座り込めば、ザンザスがそろりとの首に手を伸ばした。
「本気で絞めやがって。痕が残ってる」
「ばかぁ・・・!アンタだって、ボロボロじゃない」
「この俺が殴られてやったんだ、高いぞ」
「何言って・・・ばかじゃないの?・・・こ、わかったんだからぁ」
ポロポロと涙を零すを抱き締めたザンザスは小さく悪かったと謝った。
いつもなら絶対有り得ないそれには益々涙が止まらなかった。
誘拐されたのが怖かったんじゃない。
私のせいでザンザスが傷付いていくのが怖かったのだ。
少し落ち着いた頃、はザンザスから離れて傷だらけの顔を両手で包み込んだ。
その血塗れの手首を見てザンザスは再び眉を寄せた。
「傷なんか作りやがって」
「舐めときゃ治るんでしょ?」
「・・・そうだな」
の手首を取ってペロリと舐めたザンザスに思わず声を上げた。
恥ずかしさと痛さが相俟って何とも言えない。
誤魔化すようにはザンザスの傷を数えるように手を頬に添える。
「私よりザンザスの方が傷だらけよ」
お決まりのセリフを言われるより先に、は顔に散らばる傷に唇を落とした。
頬、鼻、顎、額、目蓋・・・。
の唇を追うように熱い視線が向けられ、パチリと目が合う。
引き合うようにゆっくり触れ合った唇は確かめるように何度も何度も触れ合った。
熱い吐息を吐き出し、離れた二人は再び見つめあう。
「、一度しか言わねえ。俺はどうしようもないくらいお前に惚れているらしい」
「・・・・・・は」
「じゃなきゃ俺がここまでするわきゃねえだろーが」
「え、と・・・?ペットとか?」
「ふざけんな。俺が愛してるって言ってんのが気に食わねえのか?」
ギャー!!これ誰?!
というか、告白されてんのか、ケンカ売られてんのか分からないんですけどー!!
ドキドキと胸を叩く鼓動が痛い。
混乱するの顎を捉えたザンザスは優しく目を細めて返事を待っている。
は困ったように笑って口を開いた。
「そんなの、私の答えは決まってるわ。私は・・・」
その直後、触れていた温かさを失い、ザンザスの手は空を切った。
目の前からが忽然と消え、残されたザンザスは冷え冷えとした廃墟に視線を走らせる。
しかし、どこにも思い人の姿を見つける事が出来ず、一つの結論に至った。
は自分の世界に帰った。
ザンザスはどうしようもない悔しさに握り締めた拳を床に叩き付け、大声で叫んだ。
けれども、その慟哭の雄叫びが最愛の人に届くことはなかった。
* ひとやすみ *
・びっくりした!何ヶ月空いてんの?!あービックリした!
いろいろと練ってたものの、全然進まず今に至ります。
近い内に完結させたいとは思ってますがどうなることやら・・・。
次がラストになるかな?しかし、極甘連載だなーコレ。笑 (09/12/13)