ドリーム小説
「ま、待って下さい!!」



残念。こうなった私は止められない、とが言ってたくらいだ。

何が何でも訳の分からないケンカを止めてテニスを見てやる。

ざわつくコートに入って行っても誰も気付かない様子だった。

周りを取り囲むように出来ている野次馬の人垣を掻き分けていくと部員達はようやく私の存在に気付いたらしい。



「な、何で氷帝のアトベがここに?!」

「アトベだ」

「氷帝のアトベが」

「アトベならどこかにカバジも・・!」

「アトベさんって」

「氷帝だ」



何なんだ。

聞こえてくる言葉は「氷帝」と「アトベ」と「カバジ」ばかり。

ただでさえイライラしてるってのにいい加減にしろ!



最高潮に不機嫌なまま原因となった奴を見付けると思いっきり睨み付けた。

そこで揉めていたのは辞める癖に騒いでる馬鹿者と黄色いジャージを着たひ弱そうな細身の男だった。

何と言うか、馬鹿者が一人で騒いでいるようでひ弱そうな男は完全に相手にしていない。



「そうか。お疲れ様。なら辞めて貰って結構だよ」

「黙れ!2年の癖に偉そうに!大体お前のすかした所が前から気に食わなかったんだよ!」

「そうでしたか。それはすみません」

「ふざけるなッ!!」



イライラする。

何なんだこの馬鹿は。

こんなくだらない事してる時点で負けてるって事にいい加減気付けっての!!

ラケットを振り上げて怒鳴り散らしてる男に腹が立ってしかたない。



「あー!!煩いのはお前だ馬鹿男!大体黄色も煽るなっての!」



身体の底から怒鳴り上げたらその場の視線が私に集まった。

とにかくこのイライラを何とかしたかったのかもしれない。

大声を出して少しスッキリした。

今まで全然私に気付かなかった二人はようやくこちらを向いた。



「・・・まさか、黄色って俺の事?」

「何でアトベがここに居るんだよ!!関係ない奴は引っ込んでろ!」

「それは俺も同感だね。少し黙っててくれないか」



まさか黄色ジャージにまで邪険にされるとは思っても居なかったのだが

こんな事を言われて黙っていられる訳がない。

しかし完全に私を意識から外したように二人はまた言い争い始めた。

込み上がる怒りで俯くとコートに転がるテニスボールが目に入った。

思わずニタリと口の端を上げて後ろにいた部員を振り返った。



「ちょっとラケットを貸してくれない?」



驚いてる彼の返答を聞く前にその手からラケットを引き抜いて、換わりに脱いだコートを手渡す。

足元に転がっていたボールを二つ拾うとボールをストンストンと軽くついて感触を確かめる。

久しぶりの感覚は素直に嬉しい物だった。



「このサマを怒らせた事を後悔するがいい」



何となく言ってみた台詞があまりにもヒールっぽくて自分でも笑えた。

そしてボールを時間差で薄ら寒い空に高く投げ上げて、言い争う二人に向けてボールを打ち込んだ。

真直ぐ二人に飛んで行くボールに自分の腕を褒めてやりたい。

そんなボールに男達が気付いた時にはすでに避けられない距離にあった。



「うわぁ!!」

「あら痛そう」



顔面に命中したボールに内心ガッツポーズをとる。

もう1球は相手のラケットの上で止まっていた。

さすがに黄色ジャージは伊達ではない。

知った情報によるとこの黄色ジャージはレギュラーメンバーの証らしいからな。

打ったボールはラケットで勢いを殺されて今は動きを止めていた。



「やれやれ。大人しくしてられないのかな?」

「無事なんだからいいでしょ?」



少々つまんない気もするが気を失っている男を見て満足する事にした。

今じゃもう見学したいという気持ちは完全に削がれていた。

溜め息を吐いてラケットを返してコートを着込むと柳生が声を掛けてきた。



「全く。無茶をなさる。巻き込まれでもしたらどうするんですか」

「ごめんごめん。やっぱり今日は帰る。案内ありがとう」



申し訳なさそうな顔をする柳生に苦笑してコートに背を向けた。

その時だった。



「一体これは何事だ!!」



轟く様な大声に身体が跳ねた。

一瞬にして場の雰囲気が変わって驚いて振り返った。

しかし、その人物は再び出来た人垣で見えそうにない。

だけど何だか冷めた身体が再び熱くなったようなそんな高揚感を感じた。



( この声、まさか・・・)



声の主を確かめるべく、引き返して人垣を掻き分ける。

すぐ傍を通り過ぎた柳生が驚いて声を上げた。



さん・・?!」

・・?」



思った以上に大きかった柳生の声に答える様にその人物が呟いた声に懐かしさを感じる。

これはもう間違いない。



「弦っ!!」



人垣の奥に居た人物は期待していたその人で嬉しさのあまり思わず飛び付いた。

すると周りから悲鳴が聞こえたが、今は嬉しさの方が勝っている。

喜んで縋りつく私に弦は何かを叫んでいるが、動揺して何を言ってるのか分からない。

変わらないその様子に笑って少しだけ離れて覗き込んでやれば、弦は驚いた顔をして呟いた。



「まさか、か・・?」

「 Yes !! 」



ニッコリ笑えば、弦も目尻を少し下げて久しぶりだな、と言ってくれた。

あんまり嬉しくて弦の首にもう一回縋り付くとさらに大きな悲鳴が上がった。


さすがの私にもこれは聞こえてきて気分が台無しになった。

しかも聞こえてくる単語は「氷帝」と「アトベ」ばかり。

さすがに温厚な私もカチンときた。



「うるさい!人の気も知らずに氷帝、氷帝って言うな!

 私は確かに部外者だが、幼なじみと感動の再会を果たして何が悪い!!

 ついでにアトベ、アトベ、うるさぁい!私の名前はだ!!」



私の渾身の叫びも虚しくついに場の雰囲気は最高潮を迎えマシタ。

それを見かねてか、弦が慌てて説明する。



「コイツは跡部じゃない。それには女だ」



しかし何故かさらに動揺は大きくなっていく。

困った弦は近くに居たあのひ弱そうな黄色ジャージに不機嫌そうに声を掛けた。



「何を驚く事がある、幸村?」

「これ以上驚く事が何かあるかい?」

「確かにの顔は跡部に瓜二つだが、そこまで・・」

「いや、俺が驚いたのはそこじゃない」

「は?」



黄色ジャージ、基、幸村は分かってないと言わんばかりに首を振って苦笑した。

さっぱり分からない私と弦は顔を見合わせて幸村を見た。



「俺達は真田に抱き着く女性がいた事に衝撃を受けているんだよ」



何を言われたのか一瞬分からなかった。

理解した頃に辺りを見渡すと部員が激しく頷いていた。

その言葉から察した事は・・・



「弦てモテないんだ」

「うぐ」

「多分、真田の場合そうじゃないんだけどね」



幸村の苦笑いにテニス部一同は同意する。

何だか少し凹んでいる弦が可愛く見えた。

それから急に思い出して弦から少し離れて首を傾げた。



「ねぇ、ところでアトベって何?新種のスポーツメーカーか何か?」



場は一気に氷点下。

何で?


* ひとやすみ *
・黄色ジャージ・・・。幸村なんでそんなキャラに・・?(08/11/09)