ドリーム小説

非難轟々だった屋代の発言にも苦笑いだった。

を偽者扱いした途端、屋代は当座に説教され、己鉄に文句を言われ、靭太に泡沫を突きつけられるという事態に陥った。

としては屋代が正しいので味方したかったのだが、同じ目に遭うのは遠慮したい。

あっという間に屋代は頷く羽目になり、別人だと言い出せる空気ではなくなってしまった。

散々痛め付けられやり込められた屋代は米神を指で解しながら、と二人で話がしたいから出て行ってくれと言った。

文句を言いつつも素直に三人が出て行くと、これでようやく話が出来ると屋代は大きく溜め息を吐いた。




「言っておくが、私はお前がだとは一切信じていない。ここへ何しに来た?」

「・・・斡祇を救いに」

「一族を救う?救ってどうする?を騙って英雄を気取り、村に入り込んで鉄を奪うのか?」




屋代の馬鹿にしたような声にはカチンと来た。

強大な影響力を持ちながら中立と言う一族の立場上、部外者に対する警戒は理解出来る。

理解は出来るが、この言い様はやっぱり腹が立つ。

助けたいと言ってる人間がどうして鉄を奪って村を滅ぼすようなことをしなければいけないのか。

それに私が欲しいのは名声とかじゃなくて、皆の命と平穏なのだ。




「馬鹿にしないでよ。このままあなた達が成す術なくやられたら、前田にいる慶ちゃん達はどうなるの?

 斡祇の技術を織田に奪われたら、お館様や幸村さん、佐助、政宗さんにかすが姉さん達はどうなるの?

 私はあなた達を助けて、みんなを助けたいだけなの。斡祇の鉄を命を奪う武器にさせて堪るもんか」




だからこそ私はここに来ることを選んだ。

私一人の力じゃあまり変わらないかもしれないけど、見て見ぬふりは出来なかった。

に成り済まし、何とかして当主を動かせるかもしれない。

靭太と己鉄が私を必要としたのだって、きっとそこに可能性があったからだと思う。

お祖父ちゃんの誇りである斡祇家を絶対織田に踏み躙らせはしない。

強い目で見つめて来るに屋代は目を細めた。

戦う理由は一族と同じ。

けれど、口先だけじゃないと確信するにはまだ少し早い気がした。

今までだって一族を守りたいと言って近付いて来た輩は数多くいた。

その度に我等は騙され傷付いて、愚か者共を闇に葬ってきたのだ。

もし、この娘が簒奪者であるならば、村を守るために斬らねばならぬ。

屋代は瓜二つな目の前の女に絆されそうな自分を戒めたが、どこか懐かしい感覚が胸を締め付け、

気が付けば墓まで持っていくはずの秘め事を口にしていた。




「皆にはは臥せっていると言ってきたが、靭太と己鉄にがいないことが露呈した。奴等はそれからすぐに

 私の言う事も聞かずにを探しに旅に出た。それから二年、けして見付からないはずの“”がここに居る」

「けして見付からない・・・?」




の怪訝そうな声に、屋代は戸惑う素振りを見せて言い淀んだ。

誰にも話すつもりはなかったのに、を前にすると不思議と口が開いてしまう。

屋代はここまでくれば言ったも同然だと、小さく息を吐いて戸惑うように視線を上げた。




は三年前に私の目の前で息を引き取っている」

「!!!」




驚愕の事実には息を呑んだ。

つまり自分は成り代わりでもなく、記憶喪失でもなく、本当に別人だった。

やっぱり私は私だった。

言外にお前は誰だと問う屋代の黒い目には大きく息を吸って吐いた。

この人はおそらく誰も知らない真実を私に話した。

つまり、私は試されているのだ。

利用出来るか、出来ないか。

ここで私に利用価値がないと分かれば、この先、私を待っているものは・・・。

これは取引だ。

ならば、私も彼らに係わる以上、全てを話さなければならない。

私は私の力で自分の命を勝ち取ってやる。




「私は斡祇。ただし、あなた達の言うではなく、未来から来た一族子孫の斡祇なの」









***








屋代はの話を淡々と聞いていた。

面倒なことは一切省いたが、ある程度係わりのある話はしたつもりだ。

あまりにすんなりと受け入れられたのでの方が困惑したぐらいだ。




「疑ってはいない。納得がいっただけだ。と共に燃やしたはずの泡沫が存在してることも、

 お前の包丁の鉄が違うことも、お前がすんなり我等に受け入れられてることなどがな」

「え、そうなの・・・?」

「間違いない。お前には斡祇の血が流れてる」




初めて柔らかく微笑んだ屋代には目を瞬いた。

この人、笑ったよ!!

どうやらは自分の命を守りきったらしい。

認められたとホッとしたのも束の間、屋代は眉間に皺を寄せてを見た。




「それで、お前、斡祇を救うため“”に成り済ますのだろう?」

「うん。多分それが一番信頼を得やすいと思うし」

「斡祇で“”に成るという事は相当な覚悟がいるぞ」

「え、何で?人気者だから?」




キョトンと首を傾げると屋代は変な物を見るような目でを見た。

そんな可笑しなことを言っただろうか?

お前は本当ににそっくりだと溜め息を吐いた屋代は遠い目をした。




「靭太に嵌められたな」

「は」

「“斡祇”は斡祇家の当主だ」

「・・・・・・・・・・・はあぁ?!」




そんなことは一言も聞いていない!

だって、当主はいるけど、今は事情があって動けないって・・・。



―――今、当主は動ける状態になく斡祇は丸腰だ。

―――お前が戻らねば一族は皆滅ぶ。



そ う い う こ と か ! !

はあえてこのことを言わなかった靭太に心底腹を立てた。

そりゃ、お前が当主だ!とか言われてたら絶対付いて来なかったけど、心の準備くらいさせて欲しい。

憤慨しているの前で屋代は姿勢を正して瞳を鈍く光らせた。




「ここからが本題だ。私はお前がになる事を見過ごそう」

「その代わり、斡祇を束ねて救えって言うんだね」




僅かに口角を上げた屋代には深く深く息を吐いた。

とんでもないことになった。

嘘を心底嫌うに人生最大の嘘を吐けと言うのだ。

返答を待つ屋代の視線に促され、は苦笑した。

答えなんてとっくに決まってる。

ごめんね、慶ちゃん。

私はみんなを救うための嘘を吐くよ。




「屋代、今すぐ前田に共闘の意を伝え、武田・伊達・上杉の同盟軍に救援要請を。何としてでも斡祇を守る」

「はっ」




の覇気ある声に屋代は微笑んで、すぐに頭を垂れた。

勘違いや秘密が怒涛の状況に呑み込まれ、いつしか嘘をも誠に変えていた。

たとえ始まりが偽りであれ、二人の思いは真実同じ。

大切なものを守りたい。

ただそれだけなのだ。

こうしてと屋代は二人だけの秘密を抱えてここに共犯者となった。


* ひとやすみ *
・とりあえずここで空夢語編は終了です!
 どうやら本当にパノラマ完結も近いようです。笑
 まさかこんな所まで続くとは思いもしていなかったけれど、ようやく書きたかった所まで辿り着けました!
 本当にオリジナル街道をひた走っていますが、もうしばらくお付き合いいただけると光栄です!         (10/09/24)