ドリーム小説
「ま、待ってよー!」
「お前の馬は、化け物かっ」
「キャー!閏、前見て走って!」
山道を駆け抜ける三頭の馬。
芦毛の馬を先頭に、少し離れた後ろを栗毛の二頭が追うように疾走している。
息も絶え絶えな栗毛に跨るのは己鉄と靭太だった。
靭太の言葉に憤慨する芦毛の馬、閏の前を走るのは小太郎なのだが、面白そうに背後を窺っている。
小太郎の速さに閏が負けじと競い、あまりの速さに栗毛二頭は怯えきっていた。
だが、付いて行かないのはもっと怖い。
馬達の中でも閏には逆らうなと暗黙のルールが出来ていた。
「少し、少し休憩を下さいー!」
「馬鹿。よく見ろ。もう加賀に入った」
己鉄が顔を上げると山林しか見えなかった視界に、小さな家々が目に飛び込んできた。
昼夜問わず駆けて来たので、こうして近付いて来たのが感じられるのは本当に嬉しかった。
あと少しですねと己鉄が笑うと、靭太は前を見たまま青褪めた。
靭太に倣い正面を見た己鉄は目前の崖と姿の見えない小太郎に嫌な予感がした。
その直後、前を走る閏がを乗せたまま崖から飛び降りた。
目を見開いたのも束の間、己鉄達の馬も一向に止まろうとしない。
ま、まさか・・・!
息を呑んだ二人は己の馬を見て愕然とした。
目が血走ってる・・・!!
閏に逆らうなルールの出来てる馬達はそのまま道なき空の道へと飛び出した。
「「
ギャアァァァァ!!」」
再び地上に着いた時、、己鉄、靭太の三人は屍と化していた。
ぐったりとしているを靭太は淀んだ目で睨むがあまり効果がない。
「・・・お前は、馬に空が飛べると教えているのか?」
「教えたのは私じゃない」
不可抗力だと半泣きになるを余所に、小太郎と閏だけがピンピンしていた。
その頃、どこぞで隻眼の竜がクシャミを漏らしたのだった。
***
あの日、あの夜、は信玄に暇乞いをした。
理由はあえて言わなかったが、信玄はもとより察していたのか深く追求しなかった。
武田を出たのは軍に属したままだと動き辛かったからであるし、
何より一番切羽詰っている問題を解決するためには武田にいると手遅れになるからだ。
自分に出来る事などたかが知れているが、何もしないよりはマシだろう。
は信玄に心からの感謝を告げて、少ない荷物を持って小太郎と共にここ加賀までやって来たのだ。
「とても明智と戦を起こそうとしてる雰囲気ではないですよね」
「この辺りは加賀の外れだからな。だが、負ければここも織田に潰される」
「今、一体どうなってるのかな」
三人は道端の木に馬を繋ぎ、一休みをしながら長閑な街を眺めていた。
加賀に入り慎重を期すため小太郎が一人、偵察に出ている。
情報が何もない中、不安に晒されは閏の背を撫でた。
すると思いの他すぐに小太郎が戻ってきて、は目を瞬いた。
どうやらこの近くで濃姫の軍を見付け、そこから情報を拾ってきたらしい。
「小競り合いはあるみたいだけど、まだ戦は始まってないみたい」
「始まっていない?すでに蝮の娘と明智は合流しているだろう」
「何をのんびりしてるんですかね」
不思議そうに一同が首を傾げるが、理由は分からなかった。
だが、こちらにとっては好都合だった。
間に合うかもしれない。
とにかく早く斡祇一族と繋ぎを取って、当主と面会するのが先決だった。
当主がどこにいるのかは知らないが、とりあえず村の中で一番奥州から近かった加賀へと案内してもらったのだ。
「とにかく早く村へ。あとどれくらい掛かるの?」
「何言ってるの、ちゃん。もう入ってるよ?」
「は」
己鉄の言葉には目を丸くして辺りを見渡した。
村と言うより、ここは街ではないか・・・!
隠れ村と言うから、てっきり山の中の見付かりにくい場所に小さな集落があるんだとばかり思っていたので
規模の大きさと目立つ家々にはたまげた。
思いっきり脱力したに靭太はクツクツと笑って、からかうような視線を向けた。
「我等が
双野木へようこそ」
双野木の村へ入ってからは奇妙な光景続きだった。
馬を引いて街を歩けば、誰も彼もがを知っていたのだ。
遊び回る子供も、水を撒く老人も、道行くご婦人も。
「あ、姫様だー!」
「おぉ、姫様、寄って行かんかね」
「姫様!よかったわ、病気を患ってるって聞いてたから元気になられて。いつ村に?」
困惑するの代わりに己鉄が笑顔で対応する。
何が何だかよく分からないが、曖昧に笑ってやり過ごすと靭太が後で説明してやると呟いた。
とりあえず一行は双野木の村長であり、斡祇分家の長である“ご当座様”に会いに行くことになっていた。
特別大きい屋敷という訳でもなく、一見普通の家であるそこに靭太は遠慮なく入って行き、馬を預けた。
やっぱり特に変わった所もなく普通だとがキョロキョロしていると、とある部屋に通された。
驚いたことに室内には年老いた男と中年の目付きの悪い男がを待ち構えていた。
どうやら驚いたのはだけではなかったようで、上座に座っていた中年男性は顔色を変えた。
「お
屋代[さま?!」
「来ていたのですか、父上」
靭太の言葉には再び驚いて、中年男性を見た。
どうやらこのお偉いさんは靭太の父親らしい。
確かに切れ長の目や、落ち着いた感じは靭太に似ている。
「ちゃん、この方は靭太さんのお父上で、斡祇本家の屋代なんだ」
「屋代とは城代や筆頭家老だと思えばいい」
要するに斡祇家で二番目に偉い人?!
混乱するを己鉄は小さく笑って、もう一人の老人が双野木のご当座様だと紹介した。
「おぉ!姫様、遠路はるばるよう参られた」
ニッコリ笑った当座よりもは屋代の視線が気になっていた。
まるで睨み付けるような目線であるのに係わらず、顔色は依然として白い。
何度か開いては閉じた屋代の口がようやく開いた。
「靭太、己鉄。これは本当に“”か?」
まるで怯えるような声が初めての記憶を現実にした。
ずっと気持ち悪かったのだ。
自分の知らない自分を周りは皆知っていて、まるでお前の記憶が全て嘘なのだと言われているようだった。
疑われてはいるが、は屋代の言葉にようやく安堵の息を吐いた。
* ひとやすみ *
・一族が絡んできて何だかややこしくなってきました。
簡単に一族内をランク付すると当主→屋代→当座→平民となる訳ですが、
当座は所謂、村長なので五人います。村が五つありますからね。屋代は彼一人です。
余談ですが、斡祇分家も五つなので村も五つ、分家頭が村長なのでやっぱり当座も五人。笑
さて、屋代一人が真実に気付いている様子。次回ようやく記憶云々のお話!次がラストかな? (10/09/14)