ドリーム小説

「はあぁぁ・・・」




目覚めは最悪だった。

酒を呑んで寝た訳ではなかったが、昨夜の小十郎との会話のおかげでの気分はどん底まで沈んでいる。

混乱していたとはいえ、さすがにあれはらしくなかったな。

はもう一度深く溜め息を吐いて、起き上がった。

目覚めにはまだ少しばかり早かったが到底眠る気にはなれず、下ろしていた髪を結っては部屋を出た。

顔を洗って身なりを整えればすることがなくなってしまい、何度目かになる溜め息を漏らす。

こんな風に気分が落ちることはあるけど、いつもどうやって浮上してたっけ?

静まり返った城内をウロウロしていたは前から歩いてくる人物に驚いて声を上げた。




「謙信公?!」

「おや、はやいですね。みな、まだうたげのまでねむっていますよ」




多くの者が昨夜の宴で酔い潰れて城に泊まっていたように、と謙信もまた部屋を与えられていた。

だからこのように鉢合わせることもないこともないが、驚くことは驚くのだ。

何となく物足りなくて辺りに視線をやるに気付いた謙信は薄く微笑んで言った。




「つるぎなれば、さるとびさすけとともにていさつにでましたよ」

「偵察?」

「・・・すこしはなしましょうか」




どうやらすぐ近くに謙信の部屋があったらしく、は促されるままに部屋へと足を踏み入れた。

何処も彼処も開け放たれ、光を取り込む空間が何だかとても謙信らしく思える。




「偵察とは織田ですか?」

「えぇ。まえだがりはんし、おだときっこうじょうたいにあったのはぞんじていますか?」

「はい。今現在明智と前田が睨み合い、織田が九州征伐に乗り出したとは聞いていますが、何か動きが?」

「まむしのむすめがほんたいをはなれ、むらをひとつほろぼしました」

「村を滅ぼした?」




蝮の娘とはつまり信長の嫁である濃のことだ。

村に関しては一切情報がなく、村を消した理由と今後の濃の動きを探るべく佐助とかすがが出てるらしい。

九州征伐に本隊が動いてる今、留守を守るため軍を二つに割るのは理解できるが、なぜ三分隊なのか?

村を滅ぼしたことと何か係わりがあるのだろうか。

事情によっては今後の自分達の動きも変わってくる。




「わたしのよそうがただしければ、やっかいなむらにてをだしたものです」

「何か知ってるんですか、その村について?」

「いえ、いまはめいげんはさけましょう。ですが、このままいけばおだとのしょうとつはさけられぬでしょう」




落とすように呟いた謙信の言葉は早くも戦の臭いを漂わせており、は眩い日の光に目を細めた。

まさかこんなに早く同盟国の力を借りるなんて思わなかった。

確かに織田を叩くなら隊を分けてる今だ。

あの明智を前田が抑えているのを囮に、同盟三国で本隊を叩くという筋書きは納得出来る。

利家さんとまつさんは大丈夫だろうか。

まぁ、慶ちゃんが一緒なのだから大事にはならないだろうけど。

そこまで考えてはハッと気が付いた。

・・・そっか、落ち込んだ時はいつも慶ちゃんが傍にいてくれたんだ。

全然気付かないほどに当たり前だったその浮上法に気付くと、はますます慶次に会いたくなった。




「それで、そなたはどこへみをおくつもりなのですか」




驚いてが声を上げると謙信は優しい声音で、なやんでいたのでしょうと小さく笑った。

見抜かれていたことが恥ずかしくて慌てて自分は甲斐の人間だと叫ぼうとすると、謙信は片手を上げての言葉を遮った。

曰く、固執と意地では信玄は納得しないと言われ、は素直に迷いを受け入れて口を閉ざした。

別にどちらが嫌な訳でも、行きたい訳でもない。

ただ、どちらもにとって思入れがあり、どちらの敵にもなりたくないから選べないのだ。




「ほかをえらぶのもまたみちですよ。わがうえすぎもいつでもかんげいしましょう」

「えぇ?」

「ふふふ。けれどこのままではいずれそなたはひだねになる。

 たとえちいさなひでもあのふたりにはたいかにしてしまうほどのちからがある」




謙信のその言葉には呼吸が出来ないほど身を凍らせた。

あの二人と言われて、なぜかの目に炎の中で戦い合う赤い虎と蒼い竜の姿が浮んだ。

そして前にも靭太という怪しげな男に同じ言葉を言われたことがある。



『お前が望むも望まざるもお前の存在は争いを呼ぶ』



その言葉が何を指したものかまでは分からないが、選べと言われても選べない。

武田も伊達も、幸村も政宗も。

青褪めて黙り込んだに謙信は苦笑しての手を取った。




「はやりすぎましたね。そなたをなかせてはつるぎにおこられます」

「かすが姉さん?」

「えぇ。そなたはだいじないもうとだそうですから」




ニコリと微笑んだ謙信につられるようにも微笑んだ。

ぎこちなく動いた頬にどれだけ自分が固くなっていたかがよく分かる。




「とらはそなたをかいにしばるきはないともうしていました」

「お館様が?」

「えぇ。いきたいのならどこへでもいけ、と」

「・・・っ」




美しくも鋭い氷のような謙信の目に捉えられて、は息を呑んだ。

お館様がそんなことを言うなんて・・・。

私は甲斐に必要ないってこと・・・?

・・・・・・ううん、違う。

そうじゃない。




「私はお館様を信じています」




甲斐に初めて来た時、一番最初に学んだことだ。

信頼は人と人を繋ぎ、何より心厚くする。

お館様がそう言ったのならば、言葉通りの意味なのだろう。

深読みして傷付くことは何もない。

私はお館様を信じているのだから。

その真っ直ぐな瞳に謙信は信玄の自信の理由を感じた。




「それに甲斐も信頼も私が離れたくらいで揺らぐような弱いものじゃありませんから」

「よいきずなですね。とらがそなたをきにいるわけです」

「謙信公、なぜこんなことを?」




今なら分かる。

謙信公は揺らいでいた私の心の行先を示してくれたのだ。

でも、なぜ、信玄の敵である人がを助けるようなことをしたのか?

不思議そうにしているに目を瞬かせた謙信は小さく微笑んだ。

それはとてもかんたんなこと。




「たけだしんげんは、こうてきしゅであり、ともであり、もうひとりのわたしだからですよ」




信玄とは似ても似つかぬ謙信の口からそんな言葉を聞いて、今度はが目を瞬いた。

どこか悪戯っぽく笑った謙信にもつられて笑う。

あぁ、敵とか味方とか理屈じゃないんだ。

それに、慶ちゃんなしで復活出来ちゃった。

お館様と同じくらい懐の大きい人だとは優しくて美しい越後の龍を見上げた。


* ひとやすみ *
・謙信さま難しい・・・!!
 この人いつもどうやって喋ってんのと、ある意味パニックでした。笑
 かなり曖昧だけど出せてよかった!
 さてそろそろ物語も核心に迫ってもらわないと!
 何ていうか、あぁ、私も早く慶ちゃんに会いたいー!!笑              (10/07/31)