ドリーム小説

「姿が見えないと思ったらこんな所にいたのか、

「今夜は星が見えませんね、小十郎さん」




まるで子供のように廊下に座り込み、空を見上げるに小十郎は溜め息を吐いた。

信玄公に殴られ酒が回って卒倒した真田をが運んでいると聞いたから来てみれば何故かこんな所にいた。

そういえば、常識外れなことを突拍子なくするのがであったと小十郎は懐かしさを覚えた。




「真田を運んでからずっとここにいたのか?」

「はい。と言っても、ほとんど佐助が運んでくれたんですけど」

「・・・宴はまだ続いてる。酒をとってくるか?」

「いえ。私、お酒飲めませんから」

「あぁ、そうか、お前はいつも断ってたな」




賑やかな声を遠くに聞きながら小十郎は苦笑し、は気付かれないくらい微かに眉根を寄せた。

風が強く流れの速い夜空の雲を見上げていると、風が鼻をくすぐった。

くしゅん、と音がして小十郎は待ってろと言って踵を返した。

その素早さに呆気に取られていると、小十郎が羽織を手にすぐ戻ってきた。




「羽織ってろ。お前は天邪鬼だから部屋に戻れと言った所で笑って誤魔化してここに居座るだろうからな」

「天邪鬼って、そんな」

「違わねえだろう。お前、政宗様に似てるからな」

「えぇー・・・」




自信満々に言い切る小十郎には不満そうに声を上げて羽織の袂を合わせた。

前にもこんなことがあったなとぼんやりと浸っていると小十郎が同じことを口にした。




「前にもあったな。俺と鬼庭殿がお前に羽織を貸して、洛兎がお前に酒を飲まそうとして虎珀が止めて・・・」




互いに懐かしい過去に思いを馳せる。

黙り込んで会話のない空間に聞こえるのは遠くの宴の喧騒と羽織がはためく音だけだ。

緩やかに微笑む小十郎とは対称にの眉間には皺が寄っていく。

不意に真剣な表情に変わった小十郎は俯くに視線を留める。




、政宗様の刀の下げ紐だが・・・」

「知っています」




遮るように力強い言葉で返したに小十郎は僅かに驚いた。

そしてこの時になって初めてが苦々しい表情なのに気が付いた。

あの髪紐に気付かない訳がない。

からしたらあれは以前、毎日使っていた物なのだ。

政宗さんは何であんなことをしたんだろう。




「なら、政宗様の気持ち分かってんだろう?あの方はお前を」

「止めて下さい」

!お前はもうすぐ甲斐に戻る。だからこそ今、引き」

「小十郎さん!!」




の悲鳴のような声に小十郎は息を呑んで口を閉じた。

叫んだ本人は瞳を揺らして酷く情けない顔をして小十郎を見ている。

は息を吐き出して、震える拳を見つめた。

どうせなら髪紐など捨ててくれていたらよかったのに。

それだけじゃない。

の思い出も、政宗が変わったことも、何もかも知らなければこんな思いにさせられることなどなかった。

はカラカラの喉から声を絞り出した。




「私は甲斐の人間です。お館様も幸村さんも佐助も皆、私の大事な仲間で家族です。

 だから、私は姫軍師としてずっと甲斐に仕えるのだと心に決めています」

「・・・・・・・・」

「なので、今更、思い出を振り翳されて、優しさを突き付けられて、居場所を与えられても困るんです」




いつからだろう。

過去の思い出や昔のような優しさを見るのが辛くなったのは。

政宗さんや小十郎さん達が私を引き止めようとしているのは知っている。

だとしても、鋼のような心を持っていればいちいち反応せずにいられた。




「・・・、お前、」




自分に言い聞かせるように呟いた言葉も空しく、顔を逸らしたの変化に小十郎は気付いていた。

震える声はどんなに隠そうとしても隠し切れない。

なんで小十郎さんの目を見れないのか、そんなのとっくに気付いてる。

私が弱いからだ。




「お願いですから、それ以上は言わないで下さい。私をこれ以上揺さ振らないで。じゃないと私、」




・・・・・・流されてしまう。

帰りたい。

でも、

帰れない。

帰りたくない。

帰れるはずがない。

甲斐を出る時、誰に会っても揺らぐはずがないと確信していた。

あの時のままであれば、揺らぐ隙などなかったはずなのに。

奥州は私に優しすぎた。

過去をたくさん思い出すたびに、今ならあの頃に戻れるかもしれないと思わせるのだ。

私の家は甲斐なのに。

裏切れるはずがない。

あの優しくて温かい大好きな家族達を。

でも、欲しくて欲しくて堪らないのだ。

手に入らなかった、その場所が。

だから、揺さ振らないで。




「私は、甲斐の、姫軍師です。ごめんなさい。今夜は先に休ませてもらいます」




小十郎の声を聞く前には頭を下げて、その場を立ち去った。

残された小十郎にもの迷いが手に取るように見えた。

策を廻らすまでもなく看破出来そうなの心は酷く脆弱で、普段からは想像も出来ない姿に小十郎の思考が止まったのだ。




「おやおや、智将の片倉殿ともあろう御方が黙って獲物を見送るとは意外ですな」

「・・・盗み見とは良い趣味ですね、山本殿」

「まさか、こんな人通りの多い所でアレを口説いてるとは思いませなんだので」




飄々とした表情で現れた勘助に小十郎は顔を引き攣らせた。

一度会ってみたいと思っていた天才軍師山本勘助がまさかこんな無礼千万な男だと思わなかったのだ。

腹は立つが、同盟相手国の重臣なのだ。

小十郎が我慢我慢と唱えていると、勘助が人が良さそうな顔で微笑んだ。




「片倉殿には礼を申したかったのです」

「礼?」

「アレに学を付け、手酷く傷付け、捨てたことをです」

「なッ・・・!」




ニヤリと笑った隻眼の男が小十郎には鬼か悪魔のように見えた。

言葉を失う小十郎に勘助は淡々と話を続ける。




「おかげで俺に後継が出来た。それも片倉殿、鬼庭殿の知識を得た奴がな」

「テメェ、弟子を傷付けた俺にお礼参りに来たって訳か?」

「はぁ?言葉は素直に受け取れよ。傷付くのはアレが弱いからだ。そんなもん俺の知ったことではないが、

 あのお人好しをボロボロにしてくれたおかげで俺がアレに付け込めたのだ。礼くらい言わせろ」




この男のどこに感謝の気持ちがあるのか小十郎にはさっぱり理解出来なかったが、

とにかく山本勘助が最低の男だということだけは理解した。

が心配になってきた小十郎をよそに、勘助は喉を鳴らして笑う。




「仲良しごっこもいいが、今更アレに手を出そうなんて都合が良すぎるにも程があるだろ、片倉殿?

 さっきも言ったがアレは弱い。折角俺が仕込んでるのに横から掻っ攫われたら堪らないのでね」




返す言葉もない小十郎は悔しさで拳を握った。

それを楽しそうに見ていた勘助はその場を立ち去りながら、もう一度小十郎に礼を言った。

を捨ててくれてありがとう、と。


* ひとやすみ *
・政宗が悶々してる裏でヒロインの心境にも変化が。
 奥州を選んだ訳でも甲斐に不満がある訳でもないんだけど、人間の心理の神秘というか
 手に入らなかった物の方が印象が強く、未練が残るというアレ。
 手に入るとその時は喜んでも後悔や未練ほど強く記憶に残していられない不思議って奴です。
 というか、勘助、お前、ホント酷い奴だな!小十郎苛めて楽しむなんて!
 言い方はともかく捻くれまくった愛情表現をする男です。すっごく分かりにくいけど!笑          (10/07/20)