パノラマな私たち

86. 宣戦饗宴.

とある一室で、伊達政宗、武田信玄、上杉謙信が対していた。

互いに誓書に血判を押して、控えていた各家家老、片倉小十郎、直江景綱、板垣信方が書を交換し合い、

ここに奥州・越後・甲斐の三国同盟が正式に相成った。

この同盟、もちろん仲良しこよしで一緒に天下獲ろうというものではなく、

魔王織田を何とかするまでお互いに叩き合いはなしというあくまでも一時的な措置である。

様々な思惑はあっただろうが、とりあえずの標的は織田という意見が一致した訳だ。

第六天魔王、織田信長。

その悪名とも言える所業は全国に知れ渡っていた。

欲しい物はどんなことをしても手に入れるという執念深さは尋常ではない。

まさに魔王のごとく残酷で強靭な信長が天下に一番近い男と言えるだろう。

だが、やり方が気に食わない。

騙し、焼き討ち、撫で斬り、何でもありな信長をこのまま放置すれば手が付けられなくなる。

そうしてこの同盟が結ばれた訳だ。




「ＯＫ！これで後ろの敵を気にしなくて済む！同盟は相成った！Partyだ！」




政宗の威勢のいい一言で米沢城は一気に華やかな雰囲気に包まれた。

無礼講だと言わんばかりの宴に兵達は入り乱れ、大将三人も盃を交し合う。

薄く微笑んでいた謙信は徳利を傾けて政宗に声を掛けた。




「よいへいたちにめぐまれていますね」

「それはお互い様だろ？」

「そうじゃな！ご所望のはいかがであった、独眼竜？」




謙信から受けた盃を一気に飲み干した政宗はピクリと眉を動かして器を信玄に放った。

危なげなくそれを受け取った信玄は政宗の回答など百も承知とばかりに満面の笑みを浮かべている。

黙り込んだ政宗の心境などお構いなしと謙信は離れた所で酌をしているに視線を向けた。




「かいのひめぐんしのうわさはかねがねきいていましたが、かようにあいらしくてはめがはなせないでしょう、かいのとらよ」

「なんの！見目に騙されては軍神と言えど骨も残らんやもしれぬぞ」

「ふふふ。そなたがそこまでいうのならさぞやすぐれたごじんなのでしょう。ぜひわがうえすぎにほしいものです」

「Ah？！おい謙信、お前んトコにゃ色物の忍がいるだろーが！」

「かすが、であったか。何じゃも入れて双頭の剣にでもするのか、謙信よ」

「それもよいですね。わたくしのうつくしきつるぎがよろこぶでしょう」

「あぁ？！」




ふふふはははと笑い合う謙信と信玄に若い政宗は完全に翻弄されていた。

取り残された政宗には周囲の賑やかな声さえも腹立たしく聞こえ、行方を失くした感情が胸中に渦巻いていた。

激情直下型の政宗を微笑ましく見ていた虎と龍は、思わぬ反撃に目を瞬くことになる。




「テメェらにをやれるか！！アイツは俺が貰う！」




鋭利な輝きを放つ政宗の左目に信玄は目を細め、謙信は面白そうにチラリと隣の虎を盗み見た。

真剣みを帯びた声音に信玄はの字を真似て書かれた例の文が強ち間違いではないのかもしれないと笑う。

当の政宗というと、すでに自分の発言を後悔していた。

酒とその場の勢いとはいえ、そんな駄々っ子のようなことを言うつもりはなかったのだ。

隠さぬ本心ではあったが、信玄とを攻略するために慎重を期すつもりだったのに。

ダラダラと冷や汗を流す政宗を信玄は真っ直ぐ見つめて聞く。




「が欲しいのか、それとも姫軍師が欲しいのか」

「あぁ？全部ひっくるめて欲しいんだよ」

「強欲な男よ」




もうヤケクソだった。

ここまできたら隠し様もない。

政宗は不貞腐れたようにそう呟いて視線を逸らした。

その様子を豪快に笑った信玄は徳利を掴んで政宗に向けた。




「幸村がを酷く気に入っておる、と言っても引き下がるような男ではないよのう」




困った困ったと呟きながらも信玄の表情はどこか楽しげだ。

その心情をすでに察していた謙信は若い一つ目の竜の今後を思い小さく微笑んだ。

飄々としている信玄をジッと見つめていた政宗は状況がどう転ぶかと身構えている。

信玄は決めたと言わんばかりに手を打って政宗を見た。




「をくれてやろう」

「はぁ？！」




素っ頓狂な声を上げて盃を落とした政宗に謙信は噴き出して笑った。

ニコニコとしていた信玄であったが、スゥっと目を細めて政宗に視線を留める。




「ただし、奪えるもんならな、若造」




ニィっと笑った信玄に虚を衝かれ、息を呑んだ政宗はすぐさま頬を引き攣らせた。

この狸ジジイが・・・ッ！

掌の上で転がされていたことにようやく気付いた政宗はクスクスと笑い続ける謙信を睨む。

ムスッと機嫌を悪くした政宗に信玄は謝った。




「すまんすまん。だが、全てわしの本心じゃ。元よりを甲斐に縛る気はさらさらないからのう」

「それは、よほどきにいっているのですね」

「あぁ、あやつは我が娘も同然。甲斐を去ると言うならそれもよかろう。だが、そこらの連中にやるのは面白うない」

「前言撤回は無しだぜ、虎のおっさん。俺は必ずを奪うぜ？」

「はっは！この信玄に二言はない！やれるもんならやってみい！あのが頷けばだがな！」




自惚れではなくから好かれていると知ってる信玄だからこそのこの自信であった。

が出て行くと言うのなら引き止める気はないが、今まで共に過ごした日々はそんなに軽くはないと信じている。

それに、と信玄は不敵に笑う独眼竜を見て自軍の赤い若武者に視線を向けた。

出来るものなら幸村には幸せになってもらいたい。

親心であろうかと苦笑した信玄は勢いよく立ち上がって、すでに出来上がってる幸村に激励の叱咤と拳を見舞った。