ドリーム小説

「小太郎、私出掛けてくるけど・・・」




草履を引っ掛けながら背後を振り返っては言葉を切った。

「どうする」という言葉の続きを飲み込んで、代わりに「行こうか」と言って笑った。

聞くまでも無く準備万端な小太郎はいつものようにコクリと頷いた。

武田屋敷では、主である信玄を迎えるために毎日大忙しだ。

もそんな屋敷の雰囲気に忙殺されていたが、少しばかり時間が出来たので出掛けることにした。

今を逃せば慌しさに追いやられ、当分外へは出られないだろう。

は下男に扮装した小太郎と仲良く寺への道のりを歩く。

この世界へ一緒に来た家宝の「泡沫」。

木刀で全く役に立たないので寺の自室に置きっ放しにしてあったけれど、あれもあの世界とを繋ぐ大事な物なのだ。

やっぱり手元に置いておきたい。

そんなことを考えながらぼんやり歩いていると、肩にドンと衝撃がきた。




「わ!すみませ・・・!」




誰かとぶつかったんだとが理解するより先に、少し声高の男の声が謝ってきた。

慌てても自分の不注意を謝り、視線を上げて驚いた。

落ちるほど目を見開いて驚愕し、硬直している男がいた。

え、何かした、私・・・?




、ちゃん・・・!」

「え?ごめんなさい。覚えてないんですけどお会いしたことがありましたか?」

「えっ?」




名前を呼ばれたは男の姿をまじまじと見て思い出そうと頭を捻る。

ざんばらに切られたこげ茶の髪に、合わせたような深い茶色の瞳。

人の良さそうな青年を穴が開くほど眺めたが、どれだけ唸っても覚えがなかった。

それにそろそろ警戒状態の小太郎が限界だ。

が口を開こうとした直後、別の低い声が遮った。




「己鉄、何をしてる」

「あ、靭太さん!だって、今・・・!」

「連れが失礼をした」




は物凄い美人の登場に目を瞬いた。

長い闇色の髪を右肩に流し緩く結んでおり、キリッとした顔はまさに美男子と言っていい。

政宗と少し似てるかもしれないと思っていると、美男子は連れの男の口を遠慮なく手で塞いだ。




「他人の空似という奴らしい。しかも名まで同じとは。そちらもと言う名で間違いないか」

「え、はい・・・」

「そうか。珍しいこともあるものだ」




会話だけ聞けば弾んでいるように聞こえるが、男の目は笑ってなかった。

ヒヤリとした感覚が走った時、控えていた小太郎が袖を引いたのでは一礼をして足早にその場を去った。

何だか分からないけれど、すぐに離れないといけない気がした。

心配する小太郎に薄く笑って、は寺へと急ぎ向かった。








***








寺に着くとと鉢合わせた僧達が大騒ぎして大変だったが、むしろのことをずっと思ってくれていたのだと

実感出来ては泣きそうなほど嬉しかった。

の姉として寺の僧達に心からの感謝を込めて礼を言った。

久しぶりの自室は驚くほど綺麗で、約束通り虎珀がの部屋を掃除していたのだと窺えた。




「あった」




目的の泡沫を掴むとは小さく笑った。

小さい頃から見慣れていたこのフォルムを見るとどこか安心出来た。

昔、これを振り回して傷付けてお祖父ちゃんに怒られたっけ。

くすりとは笑って黒塗りの鞘を撫でた。

何一つ指に取っ掛かりを感じさせないさらりとした表面には表情を変えた。




「あの時の傷がない」




ポツリと呟いてから、それがおかしなことではないことに気付く。

パラレルワールドだろうと、タイムスリップだろうと、過去に来たことに変わりは無い。

なら未来の傷がなくても不思議ではないのだけれど、どこか落ち着かない気持ちにさせた。

何とも言えない感情を飲み込んで、は部屋の外に出た。




「もう帰るのですか?」

「はい。忙しい中を抜け出してきたようなものですから」

「あぁ、なら野菜を持って帰りなさい。先日大量にいただいて、小太郎殿、手伝っていただけますか?」




虎珀は少し寂しそうな顔をしたが、すぐにニコリと笑って厨の方を指差した。

小太郎も虎珀には懐いてるのか、素直に頷いて付いていった。

は二人の背中に階段で待ってると叫んで、ポツポツと歩き出した。

僧達が御堂に引っ込むと寺は途端に静かになる。

しかもまた洛兎が不在なので、一際静かだった。

何だか分からないが胸騒ぎがして、は大きく溜め息を吐いた。

砂利を踏み締める音がいくつか聞こえて、顔を上げると向かいには先程会った男達が二人そこに立っていた。




「あなた達は・・・」

「ようやく見付けたよ」

「全く、兄のの名まで騙って隠れてるとはな」

「!!」




が一人の所を狙っているように突如現れた己鉄と靭太は対称的な表情でを見つめている。

呆れたように溜め息を吐く靭太には動揺した。

が同一人物だと知っている人は限られている。

ましてや、が本当は弟ではなく兄の名前であることを知っているのは洛兎と虎珀だけだ。

何で知ってるの・・・?!




「あなた達は一体何者?」

「え?!ちゃん、何言って・・・」

「待て、己鉄。どうやら本当に知らないようだ。俺が騙されていなければだがな」

「じゃあヤッパリ記憶が・・・?」




目の前でこそこそと話し出した二人には眉根を寄せた。

誰だって見知らぬ男達に訳の分からぬ話をされた挙句、勝手に記憶障害にされれば気分は悪くなるだろう。

の心情を知ってか知らずか、己鉄は思い出したようにを振り返った。




「えーと、事情はわからないけど、僕は己鉄。この人は靭太さん。そして君は斡祇で間違いない」




頼りない表情ではあったが、きっぱりとそう言った己鉄には息を呑んで後退った。

苗字なんてこの時代使えばそれなりの家だと思われるので使うなと洛兎に釘を刺されていた。

何であの二人しか知らないことをこの人達が知ってるの?

自分が知らない何かを知っている二人が怖かった。

怯えるの瞳を見て己鉄は慌てて言った。




「危害を加えたいんじゃないよ!僕達は、君を迎えに来たんだ」


* ひとやすみ *
・ようやくヒロインと二人を絡ませられたー!
 コロコロしてるのが己鉄(きてつ)でプリプリしてるのが靭太(じんた)です。笑
 オリキャラばかしで申し訳ないですが、キーパーソンなので出張ります。
 ババーーン!といろいろネタばらししたいんですが、ここは我慢です。
 この二人は一体何なのか?今の状態で分かったらもう神ですね!Oh My Godです!笑    (10/07/03)