ドリーム小説
「アンタは本当に大馬鹿者だね」
「・・・うるせぇ。大体お前が黙ってなけりゃこんなややこしい事にはならなかっただろーが」
「おや珍しいことがあるもんだ。馬鹿は認めるんだね」
驚いたように目を瞬く蘭は忌々しげに顔を歪める城主を見下ろした。
夜の帳にポッカリと浮ぶ月が煌々と二人を照らしている。
語らずも思い出すのはただ一つ。
日中に再会したのことであった。
自分達が追い込み、追い詰め、命を奪ったが生きていた。
姉と弟が同一人物だったというカラクリでだ。
何とも間抜けな話ではあるが、もう一度会って謝れると政宗は安堵した。
それで苦しんできた自分が救われるのだから。
今思えば、本当に傲慢で自分勝手な話だ。
・・・・情けねェ。
「・・・与えた傷は深かったってこと、かね」
いかに自分達が愚かな事をしたのか、昼間の内に嫌というほど思い知った。
もうあの花街の逢瀬の時とは違う。
政宗は真ん丸な月を見上げ、懐かしむように目を細めた。
***
川中島であの真田幸村を脅かすほどの女軍師に興味を持った。
北条や今川戦の手柄も全て武田の姫軍師の物だという。
一体、どんな筋骨隆々なPrincessがやってくるのかと、下調べも何もかも小十郎に任せて期待して待っていた。
期待とは言ったが、今朝まで呼び寄せたことすら忘れていたくらい些細なものだ。
室に入れば武田の赤備えを思わせる緋色を悠々と纏う姫が頭を垂れていた。
女だてらに軍師をこなし、一人敵地に乗り込んだ姫。
あの場違いな美しさに目を奪われなかった者はいない。
燃えるような豪奢な打ち掛けと高く結い上げられた髪が酷く不釣合いで目が離せなかった。
耳に心地よい声が空気を震わして、俺はアイツと再会した。
「私は謝罪して欲しくてここへ来た訳ではありません。先程も言った通り、過ぎた事は仕方ないですから。
それにあれは私の甘さゆえでもあるんです。だからもう痛み分けという事で終わりにしませんか?」
困ったように笑うが俺達の知ってるのままで安心したのは事実だ。
二度と見られない表情だと思っていたからか、俺達はその時、に許されたような気さえしていた。
不意に表情を曇らせたは怪訝そうに視線を向けた。
「どうして姫軍師を人質にしたんですか。何の得もない上に、馬鹿にしてると取られかねないのに」
「・・・まぁ武田と上杉相手に同盟の確約なんてヤボなことしたが、虎も軍神もこんな事ぐらいでガタガタ言うほど
小さい器じゃねーだろ?ただ単に会ってみたかった奴を指名したらお前だったってだけだ」
人質に深い意味はないと言えば、何だかは肩透かしを食らったような顔をした。
それから一気に気が抜けた自分がおかしかったのか、苦笑を漏らし肩を揺らしていた。
コイツ、こんなに楽しそうに笑う奴だったか?
ふとその表情になぜだか違和感を感じながら眺めていると、が顔を上げた。
その瞬間、不意に理解した。
俺達じゃない誰かがコイツをこんな風に変えたんだと。
「随分と武田に馴染んでるようだな」
「はい。お館様は本当に素晴らしい方ですし、幸村さんも優しくて師匠も性格はあれですが・・・」
「幸村さん、ねぇ・・・」
「政宗様!」
「?」
別にこんなこと言うつもりはなかった。
ただ、本当に嬉しそうに語るの表情が思った以上に気に食わなかった。
それにそれじゃまるで、俺が素晴らしくも優しくもないみたいじゃねぇか!
小十郎のstopの意味も分からないくらいその時の俺は何だかモヤモヤして気分が悪かった。
「あの真田幸村の口から女の名前が出た時は驚いたが、真面目で頑ななお前がアイツをさん付けで呼んでるとはね」
「・・・どういう、意味ですか」
俺の知ってるは元だろうと何だろうと、上司を幸村さんなどと気安く呼ぶような奴じゃなかった。
少しばかり怪訝そうにしているに俺は上座から降りて、目の前に座りこむ。
膝の上に行儀よく乗っているの手を掴んで引けば、体勢を崩してぐっと視線が近くなる。
「さっきから聞いてれば政宗公だの筆頭殿だの言いやがって。俺のことも政宗って呼べよ、」
「・・・・・」
「小十郎のことを片倉殿だと?Ha!堅苦しいんだよ!いつも通り呼べっての」
思わず掴んでいる手に力がこもるが、は表情を変えずただ俺の目を見ていた。
おかしな間が空いたのが気になったが、は顔を背けて呟いた。
「それは、承服しかねます」
「あぁ?!」
「落ち着けよ、梵!」
「殿、別には、いやは我等を嫌いな訳ではありますまい。そうであろう?」
「・・・はい」
「じゃあ何が違う?!武田だからか?!」
「それもありましょうが、おそらくコイツは・・・」
小十郎のまどろっこしい言い回しにイライラが募る。
別に俺は呼び方をどうこうしたかった訳じゃない。
ただ俺は前に戻りたかっただけだ。
俺はもう一度、と笑い合いたかったんだ。
「伊達に戻ってこい、!」
掴んでいた手が震え、は思いっきり目を見開いた。
そしてパシンと派手な音がして俺は一瞬何が起こったのか分からなかった。
宙を彷徨う手と消えた温もりにようやくに手を振り払われたのだと理解する。
「いつも通り?戻る?確かに私は終わった事だと言ったけど、全てを無かった事に出来る訳じゃない!」
の漆黒の瞳が怒りに染まっている。
この時になって初めてコイツがどれだけ傷付き、どれだけ俺達がコイツの優しさに付け込んできたかを思い知った。
が笑ってここにいるから全てが元通りになったと錯覚していたのだ。
コイツと俺との関係は人質と同盟国主であり、俺達の間にある距離は目に見える以上に遠い。
がもう一度口を開いた時、俺達は失ったもののデカさに愕然とした。
「私にもう一度、あなた方を信じろって言うんですか?」
暗に信頼出来ないと怒りを表していたが、俺にはその姿がなぜか泣いているように見えた。
静かに一礼して部屋を去るの背を見送りながら漠然と思う。
どうして俺はアイツにあんな顔しかさせられねぇんだ。
城にいた時も俺達に隠れてあんな風に感情を殺して泣いてたのだろうか。
そんな事にも気付けなかった自分が情けなくて、情けなくて、情けなかった。
* ひとやすみ *
・政宗様の悔恨を竜目線で追ってみました。
はっはー!もっと悔やめばいい!バカ殿め!(鬼
出奔せざる得なくなった事を謝りたいとは思っていたようですが、
どうやらヒロインの心情や心傷を考えた事はなかったようですねー。
奥州暗い!さっさと明るい話にしたい! (10/04/07)