ドリーム小説

幸村が熱で倒れている間もの出立の準備は着々と進められ、全て整ったのは奥州へ発つ前日のことだった。

奥州へは躑躅ヶ崎に残っていた洛兎と小太郎、慶次、使者数名の小規模な旅の予定だ。

何せは荷が少なく、護衛もメンバーが強者揃いなので必要はない。

当初信玄は嫁入りと言わんばかりの荷を用意していたが、が渋ったため泣く泣く引き下がった。

しかしそれも、末子の松姫が信玄に荷は後で送りつけたら断れないと入れ知恵をしたからなどとはは知る由もない。

簡素な旅装で済んだはずの一行にもかかわらず、未だにバタバタしているのは今夜行われる宴のためであった。

こっそり出て行こうとすら考えていたに気付いた家臣達が憤慨していつの間にやら規模が膨れ上がったのだ。




「おー、朝から幸が薄くなりそうな溜め息だな、

「おはよう慶ちゃん。だって何だか物凄いことになってるから」




挨拶を返した慶次は困ったような表情をしているに苦笑した。

確かにここ数日、を送り出すために屋敷内は異様な盛り上がりを見せている。

それとは反対に申し訳無さそうな顔をしている本人を見ていると、不意にが声を上げた。

急にオロオロと視線を彷徨わせ、一歩後退したの先に視線を向けると、幸村がいた。

数日前に全快した幸村がと慶次に気付いて走ってくる。

の様子に首を傾げながらも慶次は大声で挨拶をしてくる幸村に笑って返した。




「おう。もうスッカリいつも通りだな、幸村」

「はい!殿のおかげです」

「わ、私は何も」




声は引っ繰り返ってしまったが、あまりに普通な幸村には目を瞬く。

この様子じゃ、あの時のことは覚えていないのかも。

どうやって幸村と顔を合わそうかと散々悩んでいたのが、すっ飛んでしまった。

安心したかのように息を吐いて笑ったに幸村も微笑む。

どこか二人の纏う雰囲気が変わっている事に気付いた慶次は楽しげに話している二人に目を細めた。

穏やかに笑っていたが急に表情を引き締めて振り返ったので、幸村も慶次も驚いたが次の一言で視線を同じくする。




殿?」

「・・・何か、来る」




慶次の肩で警告するように鳴く夢吉に三人は身構えて庭を見つめる。

じっとりとした静寂の中に何か風を切るような音が響いた。




「飛べ、太郎丸!」




その直後、凛とした声が三人の耳を打ち、バサァと大きな羽を広げた鷹が宙を滑るように飛んできた。

その大きさと速さに驚いた以上に感心していたと幸村は隣にいたはずの慶次がいなくなってる事に気付いた。

慶次の悲鳴に視線をやると、鷹は逃がさないと言わんばかりに慶次に猛然と突いている。




「ようやく見付けましたよ、慶次!」

「え?」

「イテェよ太郎丸!いてて!何とかしてくれよ、まつ姉ちゃん!」

「おぉ!これは前田のまつ殿!」




何だかとても黄緑でスタイリッシュな格好をした女性が腰に手を当てて怒っている。

慶次と知り合いのようだが誰だろうとが首を傾げると、鷹は旋回して彼女の後ろへ飛んで行った。

その鷹が帰って来たのはすぐの事で、信玄と共に歩き来た男の肩に止まっていた。

しかしはほぼ裸に近い格好の男をポカンと見上げ、それ所ではない。




「ずるいぞ慶次!美味い蕎麦を堪能していたと信玄公に聞いたぞ!」

「げぇ!利!」

「げぇとはなんです!まず犬千代さまに謝りなさいませ!水風呂に入れるとはどういう事ですか!」




物凄い剣幕の二人に囲まれタジタジの慶次を見ていたに信玄が苦笑して声を掛ける。

それによるとどうやら彼等は慶次の叔父夫婦らしい。

ふと目が合った夫人が大きな目をキラキラ輝かせてを見た。




「あなたが慶次を引き止めて下さっていたという姫軍師様ですね!わたくし、前田利家が妻、まつにござりまする」

「え?えぇ、と、と申します」

「まつー、姫軍師殿は女子で、その方は・・・」

「まあ!犬千代さま、このように愛らしい方を殿方と間違えられるとは失礼ですわ」




ニッコリ微笑んだまつと落ち込んでいる利家には目を瞬く。

まさか、あの加賀百万石の利家とまつ?!

目の前で繰り広げられる夫婦仲睦ましい様子を見て、は百万石を得た前田夫婦に何だか妙に納得してしまった。

それから前田夫婦は慶次の耳を引っ張って、加賀に連れ帰りますと信玄に頭を下げた。

信玄としても断るわけにもいかず、思わぬ形で今夜の宴が慶次との別れの場になった。

ぶつくさ文句を言う慶次の横で、幸村が前田夫婦に宴への参加を促すとまつが手を打った。




「あら!でしたら是非わたくしも手伝わせて下さりませ。腕によりをかけて料理を振舞いますゆえ」

「おお!まつの飯は美味いぞー!!」

「あ、私も手伝います。美味しい料理の作り方を教えて下さい」




まつはの言葉にニッコリ微笑んで頷いた。






***






奥州まで一緒だと思っていた慶次とここで別れることになった。

渋りながらも叔父夫婦を想っている慶次は名残惜しそうにに謝った。

それならとは久しぶりに厨に立ち、感謝を込めてまつと共に腕を振るおうと考えたのだ。




「ごめんなさいね、さま。慶次がご迷惑をお掛けしました」




[かまど]に向いているまつが落とすようにそう呟いて目を瞬く。

迷惑も何も、いつも頼ってばかりいるのは自分の方なのに。

はこちらに背を向けているまつをただ呆然と見つめた。




「あの子、いつもは一ヶ所に長く滞在せず、絶対に捕まらないんですよ。

 けれどわたくし達が追って来ているのを知りながらこちらにいた。その理由が慶次に会ってよく分かりました」

「それは私が不甲斐ないからで・・・」

「あらあら、さまにはあの子の自慢の押しの一手が通用していないようですね」

「?」




クスクスと笑ったまつには首を傾げたが、ふと真剣な目を向けられて姿勢を正した。

鋭い視線ではないが、どうもまつには人を正させる雰囲気がある。




「派手好きで無茶ばかりする子ですが、どうか慶次をよろしくお願いします」




ペコリと上半身を折ったまつには慌てて自分も真似る。

その様子に小さく笑ったまつは腕まくりをして気合を入れ直した。

ふとの目の前に広げられたいろは包丁に目をやると、感心したように声を上げた。




「まあ!ご自分の包丁を持っておられるのですか!手にしてみても?」

「どうぞ」




嬉々として聞いてくるまつに苦笑しながら頷けば、まつはスラリとした抜き身の包丁を目の前に掲げた。

じぃっと見ていたまつの顔が急に真顔に戻り、手にしていた包丁を置くと慌てたように他の包丁を抜く。

じっくり全ての包丁を見たまつは困惑したようにへ視線を向けた。




「・・・さま、この包丁はどこで?」

「これは、祖父にいただいた物ですが、何か・・・?」

「頂き物・・・。いえ、まつめの勘違いでしょう。あまりに素晴らしい出来でしたので」




曖昧に微笑んだまつに言い知れぬ胸騒ぎを覚えながらは祖父の打ったいろは包丁に視線を落とした。


* ひとやすみ *
・思わぬ所で最強夫婦が出ました!笑
 そしてウッカリ話が伸びたー・・・。星回帰編も伸びそうで怖い!!
 いやしかし、まつ様の太郎丸は最強だと思います!魔王もあれの連続攻撃には敵わないもんね。笑
 そして五郎丸はいつか犬千代さまに食べられないか心配です。笑
 さてそろそろ、甲斐ともお別れかな?                                         (10/02/25)