ドリーム小説

急に開いた襖の向こうに転がり込んだは倒れる衝撃に耐えるため、きつく目を瞑った。

けれどポスンという音がしたきり、全く痛くない。

ふと目を開けるとまず喉元が見え、そこに連ねられた六文の銭がチャリと音を立てた。

視線を上げると眉根を寄せた幸村がそこにいて、抱き止められたのだと気付いた。

どこか痛そうな表情には慌てて幸村の身体に視線を落とし、胸元に巻かれた包帯に驚いて離れようとした。

すると腕がを抱き込むように回され、一層きつく怪我へ押し付けらる。




「幸村さん、これじゃ傷に障るから離して・・・」

「しばらくこのままで」

「・・・・この方が楽なの?」

「あぁ」




そう言われては動くに動けず、は頬に触れる自分とは違う髪質にドギマギしながらも黙り込んだ。

でも、あの顔はやっぱり辛そうな顔をしてると思うんだけど。

トクントクンと少し速い幸村の心臓の音をしばらく聞いていると、襖の向こうで二人が暴れているのに気付いた。

また喧嘩でもしてるのだろうかと思っていると、幸村の腕がスルリと解け、はキョトンと幸村を見上げた。




「もういいの?なら私に手当てさせて下さいね」

「手当て?傷ならもう殆んど治ってるが」

「いいから」




怪訝そうにではあるがコクリと頷いた幸村を見て、はホッと胸を撫で下ろした。

だけど心のどこかでおかしいと感じている自分がいる。

あの幸村さんが怪我であんなに辛そうな表情を見せるだろうか。

私は何か見落としてないか・・・?

フラフラと敷かれていた布団に戻っていく幸村の背を見ながら、部屋の外で聞こえた金属音にハッとした。




「小太郎、佐助!喧嘩はダメだからね!手当ては私がするから、二人とも仕事に戻っていいよ」




襖の向こうに叫べば何故か助かったと言う声が上がり、おまけに身の危険を感じたら張り倒せと伝わってきた。

何だそれは、と眉根を寄せたは首を傾げ、二人が去っていく気配を見送って布団の隣に腰を下ろした。

幸村の夜着を腰まで脱がし包帯を解けば、刀傷が姿を現したがもうほとんど塞がりかけている。




「あれ?」

「だからもう傷は治っていると」

「じゃあ何で佐助を締め出してたの?」




痛い所を突かれたとばかりに顔を歪めた幸村は気まずそうに視線を逸らした。

答えは返って来なさそうだと諦め、は一応傷口に消毒を施して包帯を巻き直した。

緩すぎずきつすぎずというのは案外難しいな、と試行錯誤していると頭上の幸村が口を開いた。




「・・・殿に合わせる顔がなかったのです」

「え?」

「某があの時勝っていれば、あの時政宗殿の策に気付いていれば、こんな事にはならなかった」




苦々しげに呟いた幸村には目を瞬く。

私が奥州へ人質に行く事を自分のせいだと思っていたのか・・・。

は困ったように笑って、止まっていた手を動かして再び包帯を巻き直す。




「幸村さんのせいじゃないよ。あれは少し不運が重なっただけで誰のせいでもない」

「そうではない」

「え?」

「そうではないのです」




思わぬ言葉には声を上げたが、悲しそうに伏せられた幸村の瞳に何も窺う事は出来なかった。

その代わりに、包帯に添えていたの手にそっと手が重ねられて全神経が幸村に向く。

確かめるように触れてくる手が酷く熱い。




「某の我儘だとは分かってはいるのだが、けれど言わずにはいられない」




溜め息のように溢した言葉はまるで何かの呪文のようで、は全く動けずただ黙って聞くしか出来なかった。

強く手を握られた瞬間、幸村の泣きそうな、けれどどこか力強い目がを捉え、思わず息を呑む。

何か聞いてはいけない言葉が飛び出しそうな予感がしてドキリと心臓が跳ねた。




「行かないで下され」




懇願の言葉ではあったが、そこに込められた迸る激流のような想いには眩暈がした。

言葉と共に指を絡められ、その普段からは想像もつかない幸村の姿に心臓が暴れ回って酷く痛い。

その言葉が叶えられない事はお互いに重々承知している。

けれど言わずにはいられないと吐露した幸村の表情を思い出すと、の胸は切なく疼いた。






***






自分は今、一体何をしているのだろう。

幸村はぼんやりとする頭の端でそんな事を考えながら、目の前の困ったような顔のを見つめた。

本当は言うつもりなどなかった。

言っても詮無いこと。

けれど殿に会えば言わずにはいられなく、後悔せずにはいられなかった。

だから部屋に篭ったというのに、今やこの有様。

気が付いたら触れていた手にほとほと呆れながらも、その手を離す事は出来そうもない。

一体、なぜ・・・?

前にもこんな風にグルグルと悩んだ事がある。

その時もが関係していたが、結局答えは見付からなかった。

だんだん頭が痛くなってきた幸村はふと佐助の言葉を思い出した。



『惚れるって何かって?また難しいこと聞くね。んー、その子に触れたいと思えたらそれが好いてるって事じゃない?』



その時はそんな破廉恥なこと有り得ないと返事をしたのを覚えている。

だが、今、幸村は現にの手に触れ、むしろ不安そうに見つめてくる細い身体をきつく抱き締めたかった。

ずっと彷徨っていた思考が出口に辿り着き、幸村はその答えに小さく笑って繋がっていた手を引いてを抱き寄せた。

止め処ない想いのせいかクラクラする頭で小さな悲鳴を聞きながら、華奢な身体と仄かな香りに幸村は目を閉じた。

あぁ、そうか。

某はこの人をずっと好いていたのだ。




「某は殿を政宗殿にくれてやる気はない。必ず取り返します。だからどうか奥州へ行ってもこの幸村をお忘れなさるな」




そう言って幸村は身体を離して、顔を真っ赤に染めたに微笑んだ。

有り得ないほど積極的な幸村には混乱していた。

これ、誰?!

触れてくる手も身体も何もかもが熱くて、の方がオーバーヒートしそうだ。

その時、感じた違和感にアレっと思考に耽っていると、突然幸村がにしなだれ掛かり床へ押し倒された。

上半身裸の幸村がの首筋に顔を埋めている状態にさすがのも悲鳴を上げた。




「ゆ、幸村さん!!離れてー!」




しかし幸村が離れる事はなく、身体の熱も増すばかり。

そこまで来て、はハッとした。

身体の熱・・・?

そっと幸村の顔を窺うと苦しそうな呼吸と汗に気付いて、今度は違う悲鳴を上げた。




キャー!!佐助ー!!幸村さんが倒れたー!!




何とか幸村の下から這い出て、意識を失ってる幸村の顔を見た。

傷のせいで熱が出たんだろう。

道理でおかしいわけだ。

いつも破廉恥だと叫び回っている幸村があんな風に触れてくるなんて。

ふと握られていた手の温もりを思い出しては赤くなる。

というか、あんな恥ずかしい台詞、忘れられるわけないじゃない・・・!


* ひとやすみ *
・おそらく知恵熱だと思われる。笑
 ウチの幸村はいざという時、けっこう冷静な子だと再確認しました。
 多分熱で悩む力も残ってなかったのが原因でしょうけど。笑
 何度も書き直してこれに落ち着いたけど、最初のは鋭角過ぎて目も当てられなかった!
 それにしても一番に名乗りを上げたのが幸村って意外すぎて私がビックリ!!笑              (10/02/10)