ドリーム小説

川中島に伊達が現れ、均衡は崩れたと思われたが、事態は意外にも変わりはしなかった。

伊達に動く気配が全く見られなかったのだ。

そして最初に動きを見せたのは武田であった。

信玄率いる本隊を川中島に残して啄木鳥戦法を実行すべく、残りを二手に分けて妻女山を挟み込んだのだった。

奇襲を成功させるため幸村と勘助の率いる軍は夜の内からゆっくり黙々と山を登り、

それに合わせて佐助率いる軍は逃げた上杉軍を叩くために、反対の下山道に向かった。

夜が明けてまだ霧が濃く立ち込めている中、幸村達の先行隊は上杉の拠点に辿り着くと、休む事なく一気に攻め込んだ。

寝入る敵への奇襲が成功したかのように思えたが、どうも様子がおかしい。

勘助が不審そうに辺りを観察して気が付いた。

いくらなんでも静かすぎないだろうか。

鬨の声を上げて突撃していった兵達が次第に足を止め、困ったように勘助を振り返る。

真っ先に大声を上げて飛び込んで行った幸村がすぐに戻ってきて勘助に叫んだ。




「勘助殿!中はもぬけの殻でござる!!」




静か過ぎるそこには上杉の軍旗や松明は残されていたものの、人は誰一人いなかった。

その意味に気が付いた勘助は自分の策の失敗に急激に青褪めた。

俺達は逆に嵌められたのだ。

突如、背後で上がった悲鳴に振り返った勘助が見た物は目前に迫った矢であった。

あぁ、策士、策に溺れるとはまさにこの事であろうな。

申し訳ありません、お館様。







***







先行隊がまだ登山中の頃、佐助は残りの部隊と共に下山道で待ち伏せするべく、こそこそと麓付近を進んでいた。

ゆっくり慎重に進んでいたせいか、の言葉のせいか、佐助はいやにピリピリしていた。

この焦燥感は一体何からくるものなのか。

静かに進む軍を目に入れながら、辺りの気配に注意を配る。

それはある種、自分を落ち着けるための行動だったが、それが何度か功を成した事もあって特に気合が入っていた。

そこにふと目に入った物が気になって足を運んだ。




「なーんだ。上杉の軍旗か」




妻女山に陣を敷いているのは上杉だからここに軍旗が転がっていても不思議はない。

気の張りすぎだと自分で自分を笑って立ち去ろうとした時、旗竿を蹴ってしまい思わず地を見下ろして目を見開いた。

上杉の軍旗の下から出てきた物を見て、佐助はそれを掴んで軍を率いる武将達の元へ走った。




「この進軍ちょっと待った!」

「何じゃ佐助、いきなり」

「これが落ちてた」

「これは・・・伊達ののぼりか?」

「これがどうしたというのだ?」




怪訝そうな顔をする重臣達に佐助は考えろと言わんばかりに不満そうな目を向けた。

渋々、頭を捻り始めた重臣達は確かめるようにぶつぶつと呟いて確める。

いつまで経っても辿り着かない思考に佐助が口を開いた。




「だからさぁ、ここどこだと思ってんの?武田の領内だよ?おかしいでしょうが」

「確かに妻女山は武田領だが今は上杉と共に伊達とも睨み合ってるのだから関係なくはないであろう?」

「だから、川中島に居るはずの伊達の軍旗がなんでここにあるの?」

「「「 !! 」」」




子供のような問答を繰り返してようやく気付いた事実に重臣達は顔色を変えた。

とりあえず足を止めた軍を確認してから佐助は一人、この先の下山道の偵察に出た。

進むほどに嫌な予感が募り、聞こえてきた剣戟に首を傾げながら木の上からその様子を窺って驚いた。




「これ以上我等を引き止めると言うのなら望み通り貴様を引き裂いてくれるわ!!」

「悪いがまだ行かせはしない。上杉が引いたとバレると武田が怪しむのでな」

「黙れ!謙信様を傷付けた報い、万死に値する!!」




目の前で繰り広げられる戦闘に佐助は思わず、目を見開いた。

何でこんな所でかすがと竜の右目が戦っているのか。

答えは簡単だ。

さっき二人が言っていたではないか。

いつの間にか潜り込んでいた伊達が謙信公に怪我を負わせ、上杉はすでにここまで撤退している。

何てこった・・・。

川中島にいる伊達軍は囮だ。

ならあそこに居るのは誰だ?

上杉が布陣していたはずの妻女山の拠点を見上げ、日が昇り始めた山を佐助は一気に戻り始めた。

もはや宿敵上杉はここにはいない。

途中、撤退を重臣達に伝えて佐助は消えない不安を胸に先行隊を追い掛け、山を登った。

そして辿り着いた拠点で見た物は矢の刺さった勘助と激闘を繰り広げる幸村と政宗であった。

上杉を拠点から追い出して伊達が潜んでいたってことか。

佐助は悔しさを胸の内に押し込んで、勘助に駆け寄り眉根を寄せた。




「矢が二本肩に刺さったか。毒はないけど出血が酷い」




布を裂き、肩をきつく縛ると意識のない勘助を背負い、佐助は撤退を兵達に知らせた。

武田軍が転がるように撤退する中、幸村と政宗はそれを無視するように互いに刃をぶつけ合う。

ほぼ互角で致命傷こそないけれど、どちらもたくさん傷を負っていた。

佐助は言う事を聞かない主に目を細めて叫んだ。




「撤退するって言ってるでしょ旦那!これ以上、我が侭言うなら姫軍師様に告げ口しちゃうからね!」

「な!ま、待て、佐助!!」

「待たない!竜の旦那、悪いけど今日の所はこれで許してね」

「待て猿!」

「待たないってば!」




ドロンと急にたくさんの幸村が現れて、さすがの政宗もどれが本物か区別がつかなかった。

多すぎる分身に舌打ちをした政宗は不機嫌そうに刀を下ろした。




「竜に獲物を奪われた啄木鳥とはcoolじゃないねぇ。上杉も武田も今は見逃してやる。おっさんにそう伝えな!」

「伊達に貸しとか嫌な感じ」

「高いゼ?まぁ、テメェらそれどころじゃねえだろーがな」




首を傾げる佐助に政宗は追い払う仕草をした。

ムッとしながらも長居するつもりもなかったので、佐助は幸村の首根っこを掴んで麓へ向かって走り出した。




「あの真田幸村が怯えるほどの奴ねぇ。武田の姫軍師か。お目に掛かってみたいもんだ」




政宗の呟きなど知らず、山を下る幸村はいろいろと動揺していた。

青白い顔の勘助や佐助の言動やら何もかも。




殿に告げ口とは、その、本気か?」

「はい?当たり前でしょ?旦那の下に居た時ならまだしも、はもう武将と張る立場の軍師なんだからね」

「・・・だが、それでも某は、」

「分かってるよ。伊達と関わる事で悲しんで欲しくないんだよね」

「あぁ」




それは俺もだと佐助が返そうとした時、不意に見知った気配が目の前に下りてきて二人は足を止めた。

佐助の配下の忍だが、本陣に置いてきたはずだった。

何の報告かと問えば、とんでもない答えが返ってきた。




「躑躅ヶ崎に豊臣が襲撃。急ぎ甲斐へ撤退するとのこと」


* ひとやすみ *
・何だか淡々とした流れになっちゃったのが申し訳ない。
 いや、むしろ一ヶ月くらい放置した方がもっと申し訳ない!!
 ようやく出て来た筆頭と絡みが全然なくて悲しすぎるー!
 あと二話で終われるかな?                          (09/12/13)