ドリーム小説
武田軍が上杉との戦のため北に発ってから数日が過ぎた。
甲斐の躑躅ヶ崎館は賑やかさは欠けるものの、至っていつも通りであった。
そんな生温い日常に取り残されたはぼんやりと流されるように慶次の相手をしながら日々を過ごしていた。
慶次は「家」の味方はしない。
誰かのためや愛のためならどんな苦労も厭わないけれど、家に縛られて人に使われるような人間ではないのだ。
今も甲斐に残っているのは信玄に頼まれたからだと言ってはいるが、は本当は違うと思っている。
「慶ちゃんのウソツキ」
私に嘘は吐かないって言ったのに。
風来坊ではなく狂言師と呼んでやろうか、などと思いながらは町を歩く。
だけど、その嘘も全て大きな優しさからくる物だと知っているから怒るに怒れないのだ。
ぶつけようもない不満を燻ぶらせていると、親しげに話しかけてきた人達の声で我に返る。
「眉間に皺が寄ってるけど、どうしたんだいちゃん」
「え、私そんな可笑しな顔してました?」
「してたよ。あ、あれだね!幸村様がいなくて寂しいんだろ?」
「分かるわ。アタシも朝、いつもの真田様とお館様のお声が聞こえなくて調子が出ないのよ」
「そうですね。館が静かになって寂しいです」
「んもう!早く幸村さんにお会いしたい、ぐらい言ってやりゃあいいのに!」
「ちょっと待ちなよアンタ!ちゃんの傍には慶ちゃんがいるじゃないか!」
「え、あの・・・」
「「
で、どっちが本命だい?」」
「は・・・?」
キラキラと目を輝かせて詰め寄ってくる女達が恐くては理由を付けてその場から逃げた。
全く以て意味が分からない。
本命って何のだ?
とりあえずあの迫力に恐怖を覚え逃げ出したは気が付けば町の外れまで来ていた。
遠くへ来すぎたと踵を返した時、背中を走った寒気に思わず振り向いてギョッとした。
桃色の髪を振り乱して満面の笑みでこっちに走って来る美女が一人。
「やーん!ちゃん!久しぶりー!」
「キヨ、いつ帰ってきたの?」
「今よ、今今!さっちゃんが
伊三を使って私を呼び戻したのよ」
頬を膨らませる美女にはなるほどとようやく状況を理解した。
この美女の名は三好清海。
長身であるが、絶世の美女と言っても過言ではない顔の造りをしていて所作に艶が見える。
どうやら佐助が出陣前に清海を呼び戻すよう使者を出したらしい。
この使者である
伊三[は清海の実の弟である。
そしてこれまた絶世の美男子なのはお決まりだ。
は初めて会った時、美人な姉弟に度肝を抜いたが、名前を聞いてさらに飛び上がった。
三好清海と三好伊三と言えば、真田十勇士の二人ではなかっただろうか。
そしてもう一つ。
清海の本名はキヨミではなくキヨウミ。
つまり男なのだ。
これ以来、はちょっとやそっとのことでは驚かなくなった。
「それで、伊三は一緒じゃないの?」
「あ。さっき怪しげな男がいたからとっ捕まえてみたんだけど、それが武田のお偉方に会わせろって文を出したきり
だんまりでね。怪しさ爆発だから面倒になって伊三に押し付けてきちゃった」
「きちゃった、じゃないでしょう。それで伊三はどこに・・・」
「ここにおりますが」
「
ギャー!!」
思わず叫んだに伊三は心配そうに綺麗な顔を歪めた。
気が付けば後ろに立っていた伊三は肩にまっ黒な人を担いでいた。
そして、ポタポタと滴る赤い血には目を剥いた。
「用件を言うまで躑躅ヶ崎に近付けるつもりはなかったのですが、
今にも死にそうなので仕方なく連れて来ました。どういたしますか、様」
「どうもこうもない!早く屋敷に運んで!」
コクリと素直に頷いた弟とケラケラと楽しそうに笑う兄に心底疲れながら、も共に屋敷へと走った。
***
血だらけで運ばれた黒い人は医師の手当てを受け、武田屋敷でぐっすりと眠っていた。
意識の戻らない男の傍でとキヨ、伊三の三人は膝をつき合わせて話をしていた。
「キヨ、それで西はどうだった」
「魔王が九州討伐に出て行ってゴタゴタ。気が付きゃお館様も北に出て行ってるし、明智も何だかコソコソしてるわ」
「才蔵が武田本隊とこちらの伝令役だと聞いていますが、何か言っておりましたか」
「まだ何も。もうそろそろ陣を敷く頃だと言ってたくらいかな」
「ふふ。天下の情勢はどうなってんのかしらね。これは荒れるわよ」
「荒れる?どう言う意味?」
「北条が落ちました。相手は豊臣です」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
まるで鈍器で殴られたような衝撃が走り、にはその言葉が上手く飲み込めない。
豊臣と北条は手を組んでいたはずなのにどうして?
淡々と現状を述べる伊三によると、北条が寝返って返り討ちにあったという事だった。
自分の知らぬ所でどんどん変わる情勢には動揺を禁じえない。
一体、天下はどこへ向かおうとしているのだろうか。
「あらん?ちゃん、この
鴉[君の持ってる小刀のこれ三つ鱗じゃない?」
いつの間にかキヨが怪我人に鴉などという名前を付けて所持品を物色していた。
慌てて止めようとして、目の前に突き出された小刀の家紋には目を見開いた。
声を失ったの代わりに伊三が答えを口にする。
「どうやら鴉殿は北条の忍のようですね」
眠ったままの彼の真っ赤な髪がサラリと滑り落ちたのをは呆然と見ていた。
あぁ、もう、次々起こる問題に頭が痛い。
伊三が窺うように可愛く小首を傾げて「殺しちゃいますか」とか言ってるけど、無視していいかなぁ。
* ひとやすみ *
・やっちゃった。もうこの連載どんだけオリキャラ出るの・・・?
十勇士全部出しちゃったらどうしよう・・・!追い出せ煩悩!!
三好兄弟の名前は間違っちゃいないけど、読みは完全な当て字です。
本当は入道でこんな色物兄弟ではありませんからね!笑
北条の家紋は蛇の鱗をかたどった三つ鱗です。家紋ていいですよねー! (09/11/05)