ドリーム小説
「出陣とはどういう事ですか!」
いつもとはかけ離れた荒々しさで飛び込んで来たに、部屋にあった二対の目が向けられる。
部屋の主とは別に、思い掛けない人物の存在に一瞬驚きながらも、部屋に飛び込んで膝を折る。
部屋の主、勘助はに冷たい目で一瞥くれ、いつものごとく小言を漏らす。
「どういう事もこういう事もない。戦が始まる。それだけだろうが」
「そんな事分かってますよ!どうして私には何も聞かされてないんです?!」
怒りの色を滲ませた視線は勘助ではなく、その場にいたもう一人に向けられていた。
明らかに説明してくれるまで梃子でも動かないと言った様子のに勘助は眉間に皺を刻む。
良くも悪くもこの娘はいつも真っ直ぐで困る。
おまけにこの人はこういう馬鹿が好きなのだから余計にだ。
勘助の窺うような視線の先にいる人物は堅く口を引き結んでいるが、目がどこか嬉しそうだった。
「お主にはこの甲斐を守って貰わねばならん。それが嫌だと申すのか、」
「そうじゃありません、お館様!そうじゃない。だけど、今回は・・・今回だけは私もお連れ下さい!」
普段物分かりの良いだけにこの食い下がりようは気になった。
信玄と勘助は鬼気迫る勢いのに目を瞬き、互いに顔を見合わせた。
唇を噛み締めて祈るように俯いたの心中は穏やかではない。
慶次の訪問で浮かれていたとは言え、自分の与り知らぬ所で着々と進められていた戦の準備に気付いたのはほんの数刻前。
出陣する幸村には当然知らされており、あろう事か客である慶次ですら知っていたのだ。
こんなに不甲斐ない事があるだろうか。
それにこの戦、上杉だけはどうしても見逃せなかった。
数度に及ぶ川中島での戦い。
その因縁に揺れる狭間で一人の武将、山本勘助は命を落としている。
たとえここが過去でなく異世界または平行世界であったとしても、その可能性を否定する事が出来なかった。
憂いが濃くなるの瞳に信玄は目を細めて口を開いた。
「意見は変えぬ。甲斐を空にする訳にはいかん。申し開きがあるか」
すぐさま口を開こうとしたは何かがつっかえ、言葉を紡ぐ事が出来なかった。
ゆるゆると静かに口を閉じ、ただ俯くしかない。
膝上で袴をきつく握り締めるの手は悔しさで震え、白じんでいた。
「かも」「もし」「たら」「れば」、そんな言葉は戦国時代には言ってはならない言葉なのだ。
戦に出る者はそれらを覚悟している。
悲しいとか寂しいというのは私の勝手な感情であって、それらを押し付けるのは未来を知る者の傲慢な気がした。
だけど、やっぱり感情が理解に追いつかない。
自身の至らなさに改めて気付き、は深く打ちひしがれた。
***
出陣の時、多くの見送りが館前に集まり、もその一人だった。
不安に揺れるその瞳に慶次は気付いていたが、何も言わず傍に立っていた。
無事を祈るに気付いたのは赤く武装した幸村で、大きな声で近寄って来るものだから一斉に視線を浴びる事になった。
「殿!来ていたのか」
「もちろんです。恐らく幸村様は一番槍と言う名の盾。どうかお気を付けて」
「無論!この命、ただでは散らせはせぬ」
「散らせないで下さい、幸村様」
嫌だと言わんばかりに首を振るが悲しそうに俯いて、幸村は驚いた。
いつもの姫軍師の覇気はどこへやら。
軽口の一言や二言、いつもならあっさり返しているだろうに。
どこか急に小さくなってしまったようなの手を取った幸村は言うならここだと意を決した。
優しく自分の名を呼ぶ幸村にが視線を上げると酷く真剣な顔をした幸村と目が合ってドキリとした。
「某、この生に悔いはござらんが、これだけは殿に申しておかねば気が済まぬ」
「・・・幸村様?」
「ちょ、おい!お前、俺もここにいるんだぞ?!」
「殿、某・・・」
何だか二人だけの世界が出来ているのに焦った慶次が慌てて口を挿むが、
知ったこっちゃないと言わんばかりに幸村はそれを無視してを凝視する。
真剣な眼差しには息を呑んで続きを待つ。
「
某をユッキーと呼んでくだされ!」
「「 は?! 」」
あまりの不意打ちにあんぐりと口を開けて呆けたのはだけではなかった。
陰からこっそり二人の仲をドキドキしながら見守っていた人は少なくなく、
幸村の頓珍漢な言葉にズッコケたのは間違いなく見守る会の会員である。
「ずっと考えていたのだが、どうして慶次殿は慶ちゃんで佐助は佐助なのに某は幸村様なのだ!」
「え、だからってユッキーなんて絶対無理ですよ!」
「殿は某がそんなにお嫌いか!」
「えぇ?!そういう事じゃなくて」
幸村は元々にとって上司であり、一度上司だった人をそんな風に砕けて呼べる訳がない。
ましてやユッキーとか、気が狂ったとしか思えない。
武田軍のエース、虎の若子が目を潤ませて私を見ている・・・!
何 の 苦 行 だ 、 こ れ は !
心底困ったは絞り出すように妥協策を口にした。
「ゆ、幸村さん、ではダメですか?」
「幸村さん?」
「何不満そうな顔をしてんだよ、幸村。がさん付けして呼んでんのお前だけだろ?」
慶次の助け舟で何かを思ったのか、ようやくニコリと笑った幸村には安堵の息を吐いた。
クスクスと笑い声が割って入ってきては不貞腐れたように視線を向けた。
「旦那がすまないね、」
「すまないと思うならもっと早く助けてよ、佐助」
「旦那が悔いが残るって言うんだから仕方ないでしょ?あ、そうだ、俺もに一つお願いがあるんだけどさ」
「ん?」
「危ない事はしないでよ?あと夜はきちんと戸締りをして、猿に釣られて前田の旦那とか絶対に部屋に入れない事と・・・」
「え、あの、ちょっと」
「はは!でも、やっぱ一番はがここで待っててくれる事かな」
「もう・・・。無茶はしないでね」
茶化したように片目を閉じた佐助には溜め息交じりに苦笑してそう呟いた。
幸村と慶次が恐ろしい目で見ていたが、知らぬ存ぜぬで佐助は心配するに頬を緩めた。
不意に俯いたに佐助が怪訝そうに首を傾げると、小さくが呟いた。
「佐助、嫌な予感がするの。どうか勘助様をお願い。キツツキに気を付けて」
言葉の意味に首を捻るも、返事の代わりにの頭を撫でた佐助は恨みがましそうな主の背を押して列へと戻っていった。
はだた祈るように出陣していく武士達を見送った。
* ひとやすみ *
・いろいろ盛り込みすぎましたが後悔はない!笑
急展開で申し訳ないですが、色模様編もあと少しです!
慶ちゃんとお留守番。大変そうだけど頑張りますよー。
何度も言いますが、ウチのユッキーはやる時はやる男です。笑 (09/10/27)