パノラマな私たち

60. 似た者師弟.

細く笑うかのような下弦の月を囲むようにキラキラと眩い星が黒い夜空を彩る。

与えられた客間から暗い空を見上げながら、慶次は一人嬉しそうに笑う。

本当に偶然だった。

まさか甲斐でに出会うと思っていなかったが、楽しそうに笑うに再び会えて嬉しかったのだ。

奥州では寂しそうに笑う顔ばかりでもどかしかったが、再会して慶次は安堵した。




「もう一度笑えるようにしたのが俺じゃないのがちょっと悔しいけどな」

「何の話だ？」




背後から声が掛かり、振り返れば着流し姿の勘助がそこに立っていた。

慶次はニカッと笑ってお前には教えてやらないと言った。

勘助は仕返しとばかりに鼻で笑って元よりお前の話など興味はないと言い捨てた。

縁側に座り夜空を見上げていた慶次の隣に並ぶと勘助は柱に立ったまま寄り掛かる。




「お前の頭は空っぽか？正面の門から入って来いと何度言えば覚える？」

「わーるかったって！にも散々怒られたからな」




反省の色が見えん。

謝りつつも嬉しそうにしてる慶次に勘助は眉根を寄せた。

そんな勘助の表情を正確に読み取った慶次は懐かしむように言う。




「とは奥州で会ったんだ。頭が良くて器用だから何でも出来るんだが、人に関しては臆病で何もかも諦めてる。

　それは生まれが生まれだからだろうが、そのせいで奥州で痛い目をみて、いっぱい泣いて、傷付いて。

　でも再会したは楽しそうに笑ってた。よっぽど甲斐が肌に合ったんだろうなぁ」




何だか複雑な気持ちで慶次がそう言えば、勘助はさも当然のようにお館様のおかげだと述べた。

慶次は自慢気に言う勘助に噴き出し、ジロリと隻眼に睨まれる事になった。

不機嫌そうに眉間に皺をもう一本増やした勘助は面倒そうに口を開いた。




「それで本当は何しに甲斐に来た？蕎麦を食いにだと？馬鹿を言うな」

「あー、まぁそれも半分本気だったんだけど、勘助にゃ通じねぇか。もう半分は甲斐の姫軍師に会いに来たのよ」

「姫・・・？そんな良い者じゃないぞ、あの馬鹿は」

「何だ、やっぱりいるんじゃねぇか！全く会えねぇから出任せかと思ったぜ」




勘助は慶次の言葉にポカンとして目を瞬いた。

会えないも何も甲斐に来てから毎日会ってるはずだが、何を言ってるんだコイツは。

噂の姫軍師はなのだが、どうやら慶次は気付いていないらしい。

北条との戦の後、勘助の手柄は女軍師誕生の噂で掻き消され、すぐに勝因がその女軍師によるものだと上書きされた。

どうやらが率いた隊の兵士があちこちに自慢していたようだ。

おかげで噂は甲斐を飛び出て全国へと拡大し、尾ひれが付いて今や噂は姫へと格上げされていた。




「何を期待してるのか知らんが、その姫とやらはのことだぞ」

「？！え、じゃ何だ？お前が教えてんのか？仲悪いのに？！」

「知るか。口ばかりで可愛気ないアイツが悪い」




息巻く勘助に慶次は会えば喧嘩ばかりしている二人を思い出して驚いた。

まさかその二人が師と弟子だとは想像も出来なかった。




「じゃ、小田原戦もこの前の今川の影武者戦も全部がやったっていうのか？」

「あんな馬鹿げた作戦考えるのは今川ぐらいだろうが、の策にお館様が喜んでな」




の策なんぞくだらない子供騙しだとか何とか言いつつも、どこか楽しそうな勘助に慶次は目を瞬いた。

どうやら噂は本当だったらしいと感心して、慶次はを思い出しながら息を吐いた。




「まさかあのがねぇ。半兵衛もおっかないけど、もそうなるのかな」




その言葉に勘助はピクリと眉を動かした。

隣でしみじみと呟く慶次を勘助は仏頂面で蹴り倒した。

イテェと叫ぶ慶次に勘助は目を細めて言った。




「確かにアイツは馬鹿でいつもヘラヘラしててどうしようもないくらい甘ちゃんだが、俺の弟子だ。

　変な仮面の竹中ごときに劣ることなど何一つないわ。比べるのもおこがましい！」

「・・・何でえ、お前、ちゃんと好きなんじゃん」

「違う。自分が貶されてるようで不愉快なだけだ」

「素直じゃねぇの」




おまけにペシンと慶次の頭を叩いた勘助は憤慨したようにそのまま部屋を出て行った。

慶次は逃げるように立ち去った勘助にコロコロと笑ってその背を見送った。

それと入れ違いになるように、が慶次を訪ねて来て慶次は益々笑い転げた。







***






「え？勘助様が来てたの？」

「おう。あいつとは何だか縁があって話す機会が多くてな。半兵衛の名前出したら怒られた」

「・・・竹中半兵衛のこと？」

「あぁ。そういやが武田の姫軍師なんだって聞いたぞ」

「止めてよ。姫軍師とか天女だとか美化されて、この前なんか菊姫様に虎弟姫とか言われるし」




心底困ったように溜め息を吐いたに慶次は手を打って喜んだ。

笑い事じゃないと頬を膨らませたは笑ってばかりの慶次を睨み付けた。




「まぁ姫軍師も頑張れや。半兵衛も勘助も同じくらいすごい軍師だから大変だろうけど」

「慶ちゃん、今の取り消して」




慶次がハッとしてを見れば、物凄く怒っていた。

何だかさっきも見たような光景に慶次は目をパチクリさせる。




「私はまだまだ未熟者だからたくさん頑張らないといけないけど、勘助様はあれでも私の師匠で凄い軍師だよ。

　口は悪いし性格も捻くれてる頑固者だけど、頭脳は竹中半兵衛以上だと思ってるから同じにされるのは気に入らない」

「・・・お前ら、喧嘩ばっかしてるけど、本当は仲いいんだろ？」

「はい？そんな訳ないでしょ？自分の師匠を貶されると自分が言われてるみたいで嫌なだけ」




勘助と全く同じことを言うに慶次は噴き出した。

そうか。あれだな。

喧嘩するほど仲がいいって奴だ。

ケラケラ笑い続ける慶次には不機嫌そうに眉間に皺を寄せたが、それすらも勘助にそっくりで慶次は笑い転げた。