ドリーム小説

北条との戦が一応の終結を迎え、武田軍は本拠地甲斐へと戻った。

あれから数日の時が過ぎたけれど、北条は何も動く気配も見せなかった。

どうやら本当にあの戦は北条の意思ではなく、豊臣の思惑だったらしい。

思わぬ幕引きに豊臣も手が出せないのが現状で、甲斐は普段の落ち着きを取り戻していた。

未だにギクシャクしているのは躑躅ヶ崎の館だけで、はそれにうんざりしていた。




「こ、これはこれは!殿におきましてはご機嫌麗しゅう・・・!」

「わ、我等はこれにて・・!御免っ」




廊下で擦れ違う人はに出会うたびに、目を逸らして慌てて去っていく。

さすがにこれが毎日続けば嫌気も差してくる。

が大きく溜め息を吐けば、後ろから声が掛けられた。




「何だあれは。今更コイツに取り繕おうと無駄だろうに。大体お前が女の顔してないのが悪い」

「・・・・勘助様は相変わらず性格悪いですよね」

「はぁ?事実だろうが。お前が男だろうが女だろうが、使えなきゃ切り捨てるまで」

「捨てられるつもりはありませんけどね」




良くも悪くも変わらない勘助を睨むように見れば、鼻で笑われた。

そのまま付いて来いと言われ、並んで歩いていると中庭を歩く幸村に出会った。

そう言えばとは伝言を思い出して、幸村に向って叫んだ。




「幸村様ー!お館様が話があるとお呼びでしたよー!」

「!!、どの・・・!!そ、そ、そ、某・・・は、」




名を呼ばれと目が合った幸村は急に顔を真っ赤にして、言葉にならない声を発した。

今一、理解出来ず、首を捻ったに幸村は顔をくしゃくしゃにして謝りながら逃走した。




「申し訳ありませぬぅーッ!!」

「は?!え、幸村様?!」




ここ数日同じような事を繰り返してきたが、幸村の過剰反応がをかなり落ち込ませていた。

前までは鍛錬や遠駆けに誘ってくれたり、休憩中に一緒にお茶したりしていたのに、今やこの通り。

何か悪い事をしただろうか、と俯くと勘助の唸るような声が耳を打った。




「阿呆、阿呆だと思ってきたが、いつにも増して阿呆になってるではないか。何だあれは。意味が分からん。

 相手にするだけ無駄だ。放っておけ。幸村殿の事だ、その内自己解決して尻尾振って帰ってこよう」




勘助の幸村に対する酷評にはポカンとしたが、理解した途端に思わず吹き出してしまった。

怪訝そうな顔をしている勘助には同意するように小さく頷いた。

聞きようによっては慰めてくれているようにも聞こえるんですけど。

まだクスクス笑っているに眉根を寄せた勘助は面倒そうに顔を歪め再び足を進めた。



勘助の自室に通されたは、部屋の主と向い合わせに座っていた。

現在、勘助預かりの身分であるはこれから何が起こるのかと、目の前で腕を組んでいる上司に視線を向ける。

ようやく口を開いた勘助は目を細めてを見た。




「此度の戦、天候によりやむなく撤退を帰したが、はどう思う?」




随分と今更な事を聞くなとは心中でそう呟いた。

どう思うも何も、それしか手はなかったように思う。

だが、仕方なかったの一言で片付けてはこの質問の意図を読み間違える事になりそうだ。

はその意味を吟味して、注意深く答えた。




「やむなくと言う点にお答えすればいいのなら、撤退は苦渋の決断ではなくあえての策だったと思っていたのですが」




違いますか、と問うような視線を向けたに勘助は表情一つ動かさなかった。

普通、あそこまで善戦して勝利が見えていたと言うのに、土砂崩れの心配をして撤退などしないだろう。

例え兵が失われるのだろうと、それを恐れては戦は出来ない。

すでに何名も犠牲を払ったあの戦で勝利目前で引き返すのは有り得なかった。




「なぜそう思う?」

「北条に豊臣の影があったからでしょうね。おそらく小田原を落とせば、そこを豊臣に襲撃されて武田は壊滅してた。

 私は天が味方したのは北条ではなく武田だったと思っていますよ。だから天候に託けて撤退をした」




がニコリと微笑んだのを見て、勘助は溜め息を吐いた。

全く、末恐ろしい女がいたもんだ。

信玄と勘助の決断をここまできちんと理解してる人間がいたとは、と押さえた額の合間からを見た。




「あぁ、俺とお館様もそう見た。撤退し豊臣に大義名分を与えなかったから、今の平穏がある」

「でしょうね。あの男なら北条との盟約を理由に攻めてくるはずですよ」




心底嫌そうに言ったに思い浮かんだのは豊臣秀吉ではなく、竹中半兵衛の方だった。

随分と嫌われてる豊臣の軍師を哀れむ勘助だったが、彼と相対するのはだとなぜだかそう思った。

それはそれで見物だと、勘助は口の端を吊り上げた。




「お前、兵法を学んでいるな。師は誰だ」

「え、ほとんど書から得た独学ですけど、戦略などを手解きしてくれたのは鬼庭綱元様と片倉小十郎様です」

「智の片倉殿と吏の鬼庭殿から。・・・・道理でな」




勘助はそれだけの人脈を持っていたに驚いた反面、その才能にようやく納得がいった。

自身は気付いていないが、実践向きの戦略応用力は洛兎から得ている。

勘助は才能を秘めたを手放した伊達の二人を鼻で笑った。

勿体無いことをしたもんだ。

悪いが、横取りさせてもらうぞ。

勘助はそんな底意地の悪い事を思いながら、首を傾げるに兵法書を押し付けた。


* ひとやすみ *
・勘助サマったら悪い人。笑
 主人公の性別は武田軍に物凄い衝撃を与えたらしいです。とくに幸村にですが。笑
 勘助の酷評は書いてて楽しかったです!笑                            (09/08/18)