ドリーム小説

武田の勇猛な武将達が顔を合わせる中、信玄を中心に山本勘助は手書きの地図を叩いて示す。

地図の上に転がされている碁石は白が多いが、黒は一ヶ所に強固に集まっていた。

地図の小田原を埋め尽くす黒に周りの武将達は真剣な眼差しで軍師を見る。




「今回の策も俺が仕切らせてもらいます」

「正面から攻めると見せ掛けて西の森から攻めるのじゃったな、勘助」

「あぁ。そういう話をしたがあれは嘘だ」

「「「 嘘だと?! 」」」

「周りを嗅ぎ回る五月蝿いのがいたからな」




何でもないように言い捨てた勘助の言葉に同意するよう信玄が笑う。

嘘の作戦を話した途端、風魔の手下があっという間にいなくなったと言ったのだった。

ポカンと話を聞いていた家臣達に続けて勘助は地図を叩く。




「敵は俺達が西から攻めてくると知って西を固めるだろう。難攻不落の小田原城だろうが、

 内部に敵を入れてしまえば呆気ない。驕る平家は久しからずだ」

「なれば我々は・・・」

「あぁ、薄くなった所を正面突破だ」




ニヤリと口を吊り上げるとその場にいた武将達の目に炎が燈った。

コロコロと小田原からあちこちに散らばった黒石に白が混ざった所で誰かが思い出したように言った。




「正面から叩くには西で囮役がいるのではないか?」

「・・・あぁそれには及ばん。見せ掛けだけでも派手なのを置いておけばいいのだろう?うってつけがいる」









***








「はぁ?!私が西方の大将を?!」




は突然勘助に首根っこを掴まれ引き摺られたと思えば、理由も知らず軍議の中に放り込まれたのだ。

作戦の内容をよく分からないままに説明され、ふんふんと頷いていた所にこの爆弾投下。

助けを求めるように周りに視線を向けるも、皆お前なら出来ると言わんばかりに嬉しそうな顔をしている。

囮役だから敵を一時引き付けておくだけだと言うが、そんな役ならもっと偉い人がすべきだ。




「聞く所によると、殿は初陣であると。ならば少々役不足ではあろうがそれぐらい華々しい方がよかろう」

「そんなこと・・・っ」

「ごちゃごちゃ煩いぞ、男女。敵さえ誘き出せば、いつもみたいに尻尾巻いて逃げりゃいい。得意だろう?」




試すように見てくる勘助の目にはムッとして睨み返す。

勘助がに会う度、このようにからかうので完全にには敵対意識が芽生えている。




「これ勘助。お主はどうしてそのような言い方しか出来んのじゃ。、わしとてお主を担ぎ上げたくないのじゃが、

 敵を引き付けるのに閏はうってつけだったのじゃ」

「あ、」

「勘助もそう言えばいいものをこやつはこういう奴じゃからの」




信玄に口を挿まれて、勘助は我関せずと顔を背けてしまった。

は幸村の期待に満ちた目に気付いて、大きく溜め息を吐いた。

今まで一度も武田の仲間から向けられる期待から逃げられた例がない。




「山本様はただ性格が悪いだけじゃなかったんですね」

「どういう意味だ」

「いいえ。お役に立てるなら囮の大将でも何でもこなして見せましょう」




ペコリと頭を下げたにその場に歓声が上がった。

は囮隊の指揮を任され、後はその時を待つばかりとなった。







***







宵闇迫る時刻にその一報はもたらされた。

間もなく始まる武田との大戦のために送り込んでいた忍が帰って来たのだ。

北条氏政は小田原城の天守から先祖代々守り、手を掛けてきた城下町に日が沈むのを眺めていた。

手には長々と綴られた文が握られている。




「ワシはの、小太郎。栄える城下を見てるのが好きじゃ。

 耄碌したじじいにゃ任せておれんと言ってワシを助けてくれる小田原の者達、皆が好きじゃ」




氏政の背後に現れた黒尽くめの忍は無言で城主に膝をついて、話を聞いている。

これが北条に仕える忍の風魔小太郎である。

敵情視察の報告を上げに来たのだが、氏政は遠くを見ていて話し出せる雰囲気ではない。




「だからの、ワシは皆が生き残れる道を選びたいのじゃ」




振り返って老いた顔を緩ませ笑った氏政に小太郎はコクリと頷く。

その直後、氏政の手の中でグシャリと文が握り潰され、城主はすぐさま天守をあとにした。

どこか覇気のある主の背を追いながら小太郎は敵情視察の報告書を氏政に手渡した。

新たな文に目を通した氏政はあから様に眉根を寄せた。




「武田軍は正面を囮に、西から攻め来るとな」




ずんずんと歩いて自室に入れば、小太郎は下座に膝を付いて座った。

ドカリと脇息に凭れ掛かるように座り込んだ氏政は複雑な表情で小太郎を見た。

何だか様子のおかしい主に小太郎が首を傾げると言葉が投げ掛けられた。




「此度の戦も采配を揮うは、やはり武田が軍師、山本勘助かの?」




頭を縦に小さく振った小太郎に氏政は益々不機嫌そうな顔をして、大きく息を吐いた。

そうか、と溜め息交じりに呟いた氏政は老いた目を鋭く光らせて小太郎を見た。

老いてもなお、研ぎ澄まされた覇気が小太郎の肌を粟立たせた。




「裏を掻くとは怖い男よの。だが、この先祖代々続いた小田原城は落とさせはせん!

 山本勘助が裏を読むなら、裏の裏を読むまでじゃ。奴はおそらく西からは来ん。西は囮じゃ」

「・・・!!」

「薄くなった正面を衝くつもりじゃろうが、武田があの軍師を使っている限り、策は丸見えじゃ」




怖いほどに雄弁な主に小太郎はゴクリと喉を鳴らした。

策などに縁のなかった氏政があの山本勘助の裏を掻くと話した事が酷く小太郎の胸をかき回したのだ。

いつも自分に肩を揉んでくれと言う主は一体どこへ行ったのだろうかと、小太郎は急く心を宥めるように目を瞑った。

いや、何も心配する事はない。

自分はただ、主の言葉のまま、御心のまま、働けばいいのだ。

小太郎は氏政に深く頭を下げて乱れた心ごとかき消すように闇に姿を晦ませた。


* ひとやすみ *
・暗雲立ち込めるとはこの事と言うか・・・。
 ゲームユーザーさんは分かるでしょうが、北条のじいちゃんのBGM演歌が妙に好きです。笑
 さていよいよ小田原攻略戦が始まります!!
 BSRは歴史フィクションなので好き勝手出来て楽しいです!                       (09/07/31)