ドリーム小説

が甲斐を守ると決心してから随分日が経った。

情勢も大きく様変わりし、このままの流れではいずれ北条との戦は免れそうにない。

戦に投入される前に自分の身を守れる程度には鍛えようと、はこのところ訓練場に足しげく通っていた。

今日も修行に励もうと足早に廊下を歩いていると角から出て来た人と思いっきりぶつかった。

ふらついた身体を何とか立て直して、その人を見て謝る。




「あ、申し訳ありませ・・・っ!」




は最後の言葉を呑みこんで驚きの目を向ける。

大きな体格でその人は政宗と同じ隻眼だった。

思わず声を失ったに彼は隠さず眉根を寄せて低い声を唸らせた。




「お前、見ぬ顔だな」

「あ、はい。幸村様の家臣の一であります、と申します」

?あぁ、噂に名高い奥州の逃げ武者殿か」




明らかに侮蔑を含んだ言葉には男を睨むように見返した。

面白そうな顔をした男は「俺の隻眼を見て独眼竜が恋しゅうなったか」と口端を上げてを見下ろす。

何だこの失礼な男はと怒りを押し込めて見返したに、男は鼻で笑って袂を払い何でもなかったように去って行った。

どこにもぶつけられない怒りを抱えたまま、は訓練所へ足音荒く向った。







***






「きょ、今日の殿は気合が入っておられますな」

「彼に投げ飛ばされた者はあれで十二人目ですぞ」




触れれば火傷しそうなの様子に傍で見ていた者は怯えるようにして訓練の様子を見守っていた。

大刀の使い方にはまだまだ未熟さが窺えるではあったが、脇差や小刀といった小振りな物の扱いは群を抜いていた。

全ては柔らかい身のこなしと、鬼のような洛兎との修行のおかげであった。

また一人、憐れな犠牲者が訓練場の壁に叩き付けられた時、名乗りを上げた者がいた。




「おぉ、本当に殿がおられた」

「幸村様!」

「某のお相手お願い申す」




そう言うやいなや、幸村は頭を下げて二槍を構えた。

一気に張り詰めた空気が漂いだし、は混乱したままに幸村を見る。

訓練だと言うからには幸村に武器を振るっても良いのだろうが、普通刃物じゃない得物を使うはずだ。

見るからに自慢の槍であるという事は、にも真剣を使えという事だが、舐められているのだろうか。

それはつまりの攻撃には当たらぬと言っているようなもの。

全く。誰も彼も馬鹿にするのもいい加減にして欲しい。

沸々と再び湧き上がってきた怒りのままに、はいろは包丁の包みを解く。

指先で懐刀の柄を器用に回して、パシリと手に収めた。

それを合図に幸村が槍を素早く繰り出して、手合わせが始まった。


鋭い音を立てて耳元を通り過ぎる槍を受け流すようにかわして、幸村に足払いをかける。

予測されたようにあっさり後ろに跳び退れて、ジリジリとした間が空く。

乱れた互いの呼吸が合わさった時、再び刃が交じり合った。

激しい突きを繰り出す幸村を僅かな所作で避けていたは、壁に追いやられていた事に気付いた。

その隙を突いた幸村の槍を間一髪、出刃包丁を盾にして身を守った。

包丁を銜え、壁を足場には幸村の襟元を掴んで、頭上を跳び越えるようにすれば必然と引き摺られるように

幸村は道場の真ん中に放り投げられた。

オマケと言わんばかりに包丁が飛んで来て、幸村の服と床を縫い付ける。

の勝利に大きな歓声が上がり、は大きく息を吐いた。

幸村を留めている包丁を抜き取ると、彼は大きな声でいつの間にか観客の中にいた佐助に文句を言った。




「佐助ぇ!殿のどこが戦闘はからっきしなのか申してみよ!!」

「えぇ?!だって本人がそう言ったんだぜ?まさかここまでとは思わないでしょー?」

「やれやれ、幸村殿。己の弱さを人のせいにするなど情けない。

 そのような事では到底お館様の役になど立ちそうにありませんな」

「か、勘助殿!」




佐助の隣に立っていた男が呆れたように首を振って幸村に冷たい視線を向けた。

は再び会った隻眼の男にギンと視線を向けて眉根を寄せた。




「山本勘助・・・」




幸村が叫んだ名前に聞き覚えのあるは思わずそう呟いていた。

武田の天才軍師とやらは酷く捻くれた性格をしているらしい。

片眉を少しばかり上げた勘助は面白そうにを見た。




「ほう。お前のような者まで俺の事を知ってるとは、随分と俺も名が売れたものよ」

「ちょっとちょっと山本様ー。あんまりを苛めないでよ」

「うるさいわ佐助。大体お前がきちんとした見立てを幸村殿にしておれば

 あのような男女に負ける事などなかったのだ。主を負かす忍とは真田忍隊の格が知れるというもの」




は勘助の口から飛び出る毒に噴火しそうなほど怒りを燃やした。

男女とは一体どういう見解だ!!!

新参者のに対してだけならまだしも、幸村や佐助にまであんな風に言うなんて我慢ならなかった。




「さて、どうしたものよ。役に立たぬ暑苦しいだけの虎の子に隊を一つ任せておいてよいものか」

殿ォォォ!!本気で参りますぞッ!!

「えぇ?!」




煽られて完全に我を失っている幸村は今度は二槍に炎を灯して、物凄い殺気を飛ばしてきた。

観衆も高揚しているようで「幸村様が燃えていらっしゃるー!!」と嬉しそうに騒いでいる。

むしろこのままでは訓練場が火事になる!!!

闘牛のように突っ込んでくる幸村をはかわし、頭を働かせている時だった。




「どうやらお前は逃げるのが好きらしいな」




聞きたくもない声が煩い歓声の中、飛び抜けての耳を打った。

ムクムクと込み上げるイラつきには幸村を防ぎながら、勘助に鋭い視線を向ける。




「私が逃げてるように見えるのは、あなたが今まで逃げる道ばかり選んできたからではないですか?」

「ほう」




それ以降は、本気の幸村に話してる余裕などなく、ただ死なないように必死になるしか出来なかった。

最終的に佐助が止めに入り、幸村を消火してくれたが、あちこちに火傷を負って幸村が慌てて謝るに納まった。

見るからに嬉しそうにして訓練場を去った勘助に佐助は大きく溜め息を吐いた。




「(あーあ、、山本様に気に入られちゃったみたいよー)」




どこまでも捻くれてる軍師の背中に顔を顰めるに佐助は心中で合掌した。


* ひとやすみ *
・かなり脇キャラですが、武田に欠かせない軍師、山本勘助登場!
 こーんな悪人になるとは私も思っていませんでした。笑
 でもようやく出してあげられてよかったです!!
 勘助が今後武田のスパイスになればいいんですが。         (09/07/29)