ドリーム小説
カポカポと独特な音を立てて歩く馬に揺られ、と幸村は肩を並べていた。
絶景を目に焼き付け、何かがの胸をいっぱいにしており、必然と言葉がなくなった。
何かを思うように隣を歩くに幸村は掛ける声が見付からず、同じように黙り込む。
そうこうしている内に二人は随分と山を下り、平地に出た。
ゆっくりと道行けば、遠くの野畑に人が楽しそうに談笑しているのが見えた。
「初めて佐助に甲斐へ連れて来て貰った時は必死で、どこか知らない所へ来たという感覚ばかりだったんですが、
今、見ると同じ風景のはずなのに全然違って見えました」
近くの景色さえも慈しむように田畑を眺めるに幸村は黙って耳を傾ける。
が甲斐に到るまでの経緯を知っているからこそ、その言葉の意味が深く感じられた。
「奥州とは気温も人も風景も違ってて、本当に別の場所なんだな、と思いましたよ」
「・・・殿は、奥州へ戻りたいの、でござるか?」
奥州の話をするが優しく目を細めたのを見て、幸村は痛む胸の内のままにそれを声にしていた。
ようやく目が合ったの瞳は驚きの色を見せていて、幸村は聞いた事を後悔した。
そんな事、聞かなくても分かっているではないか。
小さく目を伏せたは落とすように言葉を紡ぐ。
「そう、ですね。許されるなら、あの場所に、あの人達の元に、すぐにでも帰りたい」
予想通りの言葉は思った以上に幸村の心を抉った。
にはの大事な場所があり、大切な人達がいるのだと分かってはいたが、
甲斐で楽しそうにしているを見ていたので幸村はガツンと殴られたような衝撃を受けた。
出来ることなら幸村と同じように甲斐がの一番であって欲しかったのだ。
馬の蹄が砂利を踏み締める音が嫌に耳に残る。
幸村が自分の険しいだろう表情を隠すように俯いた時、の笑い声が聞こえた。
「・・・って、あの頃の私なら答えたでしょうね」
思わず顔を上げて隣のを窺えば、困ったように笑っていた。
言葉の意味がうまく呑み込めず、素直に首を傾げた幸村には続きを話す。
「おかしいですよね。あんなに奥州を離れたくなかったのに、今じゃ甲斐にいたいって思えるんですから」
クスクスと笑いを溢すに幸村は目を白黒させた。
それはつまり、殿にとって甲斐が大事な物になっているという事なのであろうか・・・?
内からじんわりと胸を熱くする思いに幸村は頬を緩める。
「あの風景を見て、真田様の言葉に自然とここが私の守る国なんだと思っていた自分がいたんです。
そこで初めて甲斐にいたいと思っている自分に気付くなんて・・・」
自分は本当に馬鹿だとは笑いを漏らす。
両手放しでを受け入れてくれた武田に抵抗する術などなかったのだ。
惜しみない優しさを向けられ、ただ受け取るだけのが武田に傾かない訳がない。
馴染めてない、溶け込めていないと感じたのは、がそれに目を背け認めようとしなかったからで。
とうに武田の色に染まっていた事に幸村の言葉で気が付いた。
どこか楽しそうなに幸村は微笑んで向き直る。
「某、真田源次郎幸村と申します」
「はい・・・?」
突然の事には目をパチクリさせた。
いきなり何だと言うのだろうか?
苦笑するようにを見る幸村にいつもの勢いがなく、どこか優しげではただ驚いたように見返すしか出来ない。
「好きなものは甘味、尊敬する方はお館様で、日課は・・・」
「あ、あの」
指を折りながら淡々と答える幸村には面食らって、慌てて止めに入る。
困った顔でオロオロしているに幸村は小さく笑った。
「すみませぬ。嬉しくてつい」
「嬉しい?」
「ずっとどこか違う場所を見ていた殿がやっと某を見て下さった故」
ドキリとした。
甲斐に身を寄せていても、心はずっと奥州を想い、悲嘆し打ちひしがれていたに
自分以上に幸村が気付いていたのだ。
恥ずかしさと申し訳なさが入れ混じり、何とも言えない顔になる。
「それが殿の心が癒えたという事なれば、某は嬉しゅうございます」
「え?」
「殿は我らの仲間にございますから」
私が、仲間・・・?
鼻の奥がツンとした。
いつから自分はこんなに泣き虫になったんだろう。
目の端に押し寄せてきた涙を隠すように、は閏の手綱を振るった。
こんな顔、恥ずかしくて見せられない。
突然、駆け出したに幸村は驚きの声を上げて、慌ててを追う。
「お、お待ち下され、殿ー!」
「先に戻りますっ」
「ならば某も、」
「
無理です!」
「えぇ?!」
は潤んだ目を隠すように閏を全速力で走らせ、躑躅ヶ崎の館へ飛び込んだ。
驚いた厩番の前で転がるように降りて、偶然その場にいた信玄の後ろに隠れるように回り込んだ。
目の赤いと追い掛けてきた幸村を見て、信玄は目をカッと見開いた。
「を泣かせるとはこの愚か者めがぁ!!」
「
グハッ!!」
馬から突き落とすように殴られた幸村には驚いて飛び出す。
恥ずかしかったからただ隠れてただけなのに。
すっ飛んだ幸村も話の本筋がスコーンと抜けてしまったようで、好戦的な目をして信玄に向っていった。
「く、不覚。しかし某、そのような事、身に覚えがありませぬぞ!!」
「の目がその証じゃ!覚えがなくとも幸村が泣かせた事に違いはないわ!」
むしろその大声で泣いた泣いたと叫ばれる方が恥ずかしい!
顔に熱が集まるのを感じながらいつものパターンになりそうな状況に声を張る。
「止めて下さい!お館様!幸村様!」
「む」
「ん」
ピタリと止まった二人には少々驚く。
まさかこんなにすぐ止まるとは思わなかったのだ。
二人がジーッと見てくるので、は一歩身を引く。
な、なに・・?
「、お主今、」
「間違いなくお館様、幸村様と申されましたぞ!」
そういやいつもは信玄公、真田様って呼んでたっけ。
そうが気付いた時には二人に揉みくちゃにされていた。
喜んでくれるのは嬉しいけど・・・
とりあえず助けて佐助ー!!
* ひとやすみ *
・ちょっぴり歩み寄りました。
やる時はやる男、それが真田幸村。
流石です!!ところ構わず闘魂絶唱してるだけはあります。笑
いい男になっておくれ、虎の若子よ!! (09/07/20)