ドリーム小説
「これは、中々美味いな、成実」
「だっろー?瀬戸内ではこんな美味いのを毎日生で食べてんだと」
斥候へ差し向けた成実が持って帰ってきた手土産を政宗が食し、小十郎が茶を入れる。
何の変哲も無い日常を過ごす奥州の面々であったが、やはりどこかぎこちない。
「この魚も上手いけど、やっぱの料理のが俺は好きだなー」
「成実!」
「あ・・・、悪い」
あの事件から日は経ったものの、あれだけ親しんだ者が急に消えた事が未だに彼らから抜け切らなかった。
城内で聞く事もなくなったその名が酷く懐かしい。
間違いなく最後の一線を踏み躙ったのは自分達であるというのに。
後悔しても取り戻せない物だと分かっていながら何度も何度も後悔をする。
しかし、必ず守るとに約束した彼が誰よりも一番辛いはずなのだ。
成実と小十郎は、ただ庭を見つめて土産を咀嚼している政宗の背中を窺うように見た。
政宗の背中からは何も窺い知れなかったが、酷く優しい声が返ってきた。
「Ah、の料理は美味かったからなぁ」
政宗が確かめるように触った刀の下げ紐には、不釣合いにも髪紐が使われていた。
それが何なのかを知る腹心達は再び自分達の間違いを悔やみ、目を逸らす。
「そう、ですね」
ただ。
ただ、そう答える事しか出来なかった。
***
覚範寺にの訃報が伝えられてから随分と日が経っていた。
は寺で一番年下だったので皆に可愛がられていた。
その知らせを聞いた寺の者は兄弟をなくしたように悲嘆し、その落ち込みようは見ていられないものだった。
伝えに来た綱元も酷くやつれた顔で頭を下げ続けたが、洛兎と虎珀はただそれを黙って聞いていた。
酷く消沈している僧達に虎珀がの為の経を提案し、盛大な法会が開かれ、寺は徐々に元の形を取り戻していった。
「虎珀、お前、俺を怒らないのか」
「・・・怒って欲しいのですか?」
黙り込んだ洛兎に虎珀は小さく息を吐いて、筆を置いた。
顔を上げれば何とも言えない表情で俯いてる洛兎が視線に入った。
その口の端に痣と血が覗えて虎珀は目を細める。
「貴方がしょうもない事で男装させ、偽名を使わせたせいでが死んだと罵って欲しいのですか?」
「っ・・・・」
「冗談じゃありません。私は言って欲しい事をわざわざ言ってあげるほどお人好しじゃありませんよ」
「・・・・お前、ホントいい性格してるよな」
「誰のせいだと思ってるんですか」
困ったようにだが、ようやく笑った洛兎に虎珀も薄く笑って立ち上がる。
まもなく日が暮れる。
この時間に部屋から眺める景色が好きだと笑っていたを思い出す。
「それにどうせ同じような事を言ってお蘭さんを困らせて、遠慮なく殴られたのでしょう、望み通りに」
「察しの良いこって」
あの目付女中といい、この住職代理といい、本当に遠慮が無い。
虎珀が付いて来てくださいと部屋を出たので、洛兎も渋々その後を追う。
「いいですか。は自分でその道を選んだのです。誰にも文句は言えないし、あの子自身の責任でもあるんです」
「・・・俺のせいじゃないって慰めてくれてんのか?」
「んな訳ないでしょ、スカポンタン!腸煮えくり返ってますよ。だから女子としてと私は散々・・・」
洛兎はブツブツと文句を言いながら歩く虎珀にようやく合点がいった。
ようは虎珀も察してやれなかった事、止められなかった事を後悔しており、自分自身に腹を立てているのだ。
迷いなく歩くこの道は、あれから誰もが近付かなくなったあの部屋に続いていて洛兎は驚いて声を上げる。
「お前・・・」
「あれから日が経ちましたから埃が溜まってますよ。私はに掃除を頼まれていますから」
スパンと開け放った部屋にはもちろん人の気配などなく、むしろ誰もいなかったように綺麗に整頓されていた。
あの本に塗れたの部屋を知る二人は驚いて中を見渡すが、やはりの部屋だった事は間違いない。
「、知ってやがったな」
「あの子は敏い子だと分かってましたが、どんなにそれが辛かった事か・・・」
「おい、この文箱」
ポツリと自らを主張する文箱を乱暴に開けた洛兎は、見慣れた字を見付けて虎珀に手渡す。
その三枚の文の差出人は洛兎、虎珀、政宗であった。
慌てて二人は自分宛の手紙を開いて目を通す。
「洛兎さんへ。
おそらくこの手紙を読んでる頃には私はそこには居ないのでしょう。
それが元の世界へ帰ったと言う事ならいいんですが。
本当に洛兎さんにはお世話になりました。
この時代を生き抜くために様々な事を教えて頂かなければ私はやっていけませんでした。
感謝してもしきれない恩人に最後にもう一つお願いがあります。
私が居なくなって、きっとあの殿は自分を責めているでしょうから同封の手紙を届けて欲しいのです。
全ては止められなかった私の責任。どうか誰も私の事を気に病まないようにと願います。
私を家族として扱ってくれた寺の皆と、洛兎さん、虎珀さんに多大な感謝を込めて。
」
洛兎が読み上げた手紙から視線を上げると、虎珀が涙を流しながら同じような内容ですと細く答えた。
がいなくなって初めて泣いた虎珀に洛兎も同じ想いを抱く。
気が付けば自分達の懐に深く入り込んで、木漏れ日のような温かさを振り撒いていたがいなくなったのだ。
「気に病まない訳がないだろうが、あの馬鹿は!」
「全くです!親不孝者ですよあの子は」
「・・・なぁ、虎珀。独眼竜への文だがなぁ」
「えぇ。私も同じ事考えてました」
「「 誰が渡してやるものか 」」
最後までに気を遣わせたあの不遜な殿様への小さな仕返し。
少しは反省しろと二人は夕日が沈む庭を部屋から眺めて、を困らせるように笑った。
* ひとやすみ *
・全くヒロインと佐助が出てませんが、便乗奥州話。
これでおそらく当分奥州組とはおさらばです。
オリキャラなのにお寺組が好きだと言って下さる方がいて感動!
武田でまた男を上げてほしいものです。(違 (09/07/06)