ドリーム小説
野道に緑が芽を吹き、春の便りがとうに過ぎた甲斐では、まもなく初夏が訪れる。
躑躅ヶ崎の屋敷で雑用のような日々を送るは、武田に温かく包まれながらも完全に溶け込めずにいた。
城に拒まれ、仲間に疑われ、大事な物を全て失った記憶は、まだの胸で熱を持ち膿んでいる。
全てを知った上で受け入れてくれた武田の人々の優しさに飛び込んでしまいたいと思っているのに
足が竦んで同じ場所をグルグルと回っている。
情けないと思いながらも、誰もが何も言わないでくれる事に甘え、今日もまた同じような日を過ごすのだ。
は与えられた部屋で読んでいた書物から顔を上げる。
室から見える外の風景はすでに薄暗く、まもなく夜がやってくる。
パタリと書物を閉じて戸を閉めようとした時に、はハタリと何かの気配に気付いた。
最近、何となく人なのか、そうでないのかの違いを読み取れるようになってきた。
用心のために手をいろは包丁に添えて、屋根裏に声を掛けた。
「佐助・・・?」
「なーんでバレちゃうのかな?」
カタリと外れた天井板から身軽に下りて来た人物は見慣れた迷彩では小さく息を吐く。
最近、あまり見なかった佐助に苦笑して、は勘だと一言で返した。
自分は異世界人だから自分以外の気配は分かるんだ、なんてとてもじゃないが言えない。
「随分長い間、姿見せなかったけど偵察か何か?」
「あーうん。まぁね。それより聞いたよ。あの芦毛の暴れ馬、が貰ったんだってねー」
「
閏のこと?」
「ひゃー、やっぱマジだったんだソレ。てか閏ってまた滅多にない名前で」
は佐助の微妙な表情を正確に読み取って、四年に一度という縁起がいいのか悪いのか分からない自分の馬を思った。
縁起が悪いのならいっそ不吉で良いと誰かが言っていたし、むしろ逆に特別という事で縁起が良いのかもしれない。
「閏って暦のずれを調節するための余分な日だけど、その分、閏があってこそ暦が成り立つ特別な事でもあるでしょ?
それにたくさんとか数多いとかの意味もあるから、いい事たくさんあってあの子の心が潤えばいいなって」
「へぇー。親心だねぇ」
まさかがそんなに深く考えてると思わなかったと付け足した佐助に口をへの字に結ぶ。
ヘラヘラと笑っている佐助に何だか違和感を感じては黙って思考する。
いつもなら長期任務の後に、わざわざの所に世間話なんてしに来ない。
この時期に佐助がわざわざ偵察に出向いた事、変にを気にしてくれている事、偵察の話を逸らした事。
確信はない。確信はないが・・・。
「佐助、奥州はどうだった?」
「・・・・・奥州、がどうしたの?」
飄々と返されては内心舌を巻く。
さすが忍隊長殿だ。
簡単には答えてくれそうもない。
は溜め息を吐いて困ったように笑い、肩を竦めた。
「甘利殿が私のために佐助を奥州にやったと・・・」
「・・・・はぁ。あの爺様はー。には言うなって大将に言われてたはずなのに」
「そうか。やっぱり、私のためか」
「・・・・・ん?!も、しかして、今の、俺様自爆・・・?」
「
うん。ゴメン。鎌かけた」
コクリと首を縦に振ったに佐助はだあぁぁ!と叫びながら頭を抱えた。
演技には自信があった佐助は、にしてやられたとしゃがみ込む。
下から見上げたは申し訳なさそうな顔をしていたが、佐助はの持つ観察眼と冷静な判断力に気付いてしまった。
「、戦場に出た事は?」
「ないよ。私は戦闘に関してはからっきしだし」
「軍馬もらってるじゃない、武将には?」
「ならないよ。足を引っ張る自信あるし、第一、閏で戦場に出るには目立ちすぎる」
「・・・だよねぇ」
鍛えたらいい武将になりそうなのに残念だと言わんばかりに溜め息を吐いた佐助にも同様に息を吐く。
一体、何でこんな話になったのやら。
自然と互いの目が合って、佐助は諦めたように頭を掻いた。
「あーもー、ホントに知りたい?」
「うん」
力強く頷いたに佐助はもう一度溜め息を吐いて、どうにでもなれと言わんばかりに話し出した。
* ひとやすみ *
・一つだけ付足すならは佐助を騙したけれど、嘘は吐いていません。
慶ちゃんの教え通りに最後をあえて言わない事で引っ掛けた訳です。
あの後ちゃんと「佐助を奥州にやったと…言ってなかった」と続きます。笑
そこは屁理屈でございますが、ご容認をー! (09/07/06)