ドリーム小説

「 ゆ き む ら あぁぁ ! 」

様、今日もいい天気ですなぁ」

「 お や か た さ ま あぁぁ ! 」

「はい。いつもと変わらぬいい天気ですね」




遠く離れた躑躅ヶ崎の屋敷から聞こえてくる声をバックに、は空を見上げ畑で汗を拭った。

最初こそその光景に驚いて声を失ったものの、最近ではあれを聞かねば一日が始まった気がしない。

慣れとは恐ろしい物だ。

は農作業の手伝いをしながら、そんな事を思った。


最近では野菜を分けて貰う代わりに、畑仕事をよく手伝っていた。

が何かにつけて町に出るので、町人に顔見知りが増え、案外楽しい毎日を送っている。

城とは違って町に出やすく、人との出会いが身近なのが躑躅ヶ崎なのだ。




「人は城、人は生け垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり・・・か」




やはり武田信玄という人は偉大だとは感歎の息を吐く。

まさにそれを体現した屋敷に、町に、武田信玄その人の為人[ひととなり]が窺える。




様ー、水遣りは終わりましたかー?」

「・・・あ。あとちょっとですー!」




は慌てて桶の水を畑に撒いて、与えられた仕事を再開した。







***







昼前に屋敷に戻る頃には、腕の中は今日取れた大根でいっぱいだった。

丸々太った美味しそうな大根にはたくさんの調理法を思い浮かべながら浮き足立って屋敷に帰った。

気さくな武田軍の人々に軽く挨拶をしながら、歩いていると馬の鳴き声がして足を止めた。

眩しい太陽を目を細めて見上げて、厩から出してもらっているだろう馬達の方へ向う。




「おぉ、!どうした今日は厩仕事ではないだろう?」

「はい。畑仕事の帰りでコレを厨に届けようと思ったんですが」

「見事な大根だのー!上手い味噌汁が食えそうだ」




よく仕事を任せてくれる仲の良い厩番に声を掛ければ、そんな返事が返ってきて苦笑する。

あとで大根の味噌汁を厨に頼んでこようと思いながら、は馬達に近寄る。

厩仕事は屋敷でいろんな仕事をしているの好きな物の一つだった。

米沢城で馬の扱い方を教えてもらっていたのが、役に立った。




「天気がいいから気持ち良さそうですねー」

「はは、も馬が好きだなぁ」




は返事の変わりに近くにいた馬の腹を撫でて笑った。

するととてつもない大きな嘶きが響いて思わず肩を竦めた。




「あー。またあのじゃじゃ馬め」

「じゃじゃ馬・・?信玄公の黒雲のこと?」

「違う違う。もっと酷いのだ」




この厩番が馬の事でここまで困ったように溜め息を吐いたのが珍しくては目を瞬く。

気性が激しく、信玄しか乗せないという黒雲以外に、そんな馬がいたとは。

騒ぎの方向へ目を向けて驚いた。




「芦毛の馬・・・」

「あれも一応軍馬なんだが、あの灰色では戦場で目立つからなぁ」




縄を引き千切ろうと豪快に暴れている灰色の馬に驚く。

しかも聞くに、誰にも懐かないらしい。

確かにじゃじゃ馬だとも苦笑した時、厩番が急に膝を付いたので辺りを見渡せば信玄がそこにいた。

慌てても膝をついたが、信玄はすぐに二人を立たせた。




「あの芦毛にちょいと手を伸ばしただけじゃったのだがのう」

「あやつは気難しすぎますゆえ」

「おぉ、。良き大根だの。煮付けにすると上手そうじゃ」




は夕飯にもう一品追加してもらわなければ、と思案しながら頷いた。

少しは落ち着いてきたらしい、芦毛には視線をやって言葉を溢す。




「軍馬に芦毛とは珍しい。しかもあの様子では・・・」

「うむ。黒雲も似た所があるでな。あやつの事は気にしておったのじゃが、ああも暴れれば乗り手がおらぬ」

「女子が男よりも強いのは世の習い、という事ですかねぇ」

「え?!あの子、女の子なの?!」

「はっはっは!豪胆な女子であろう!」




が目を丸くしたのを面白そうに笑う信玄を横目には芦毛に視線をやる。

牝なのに軍馬として日々を過ごし、毛色が違うため人に疎まれている。

どこか自分と似ているその馬にはシンパシーを感じた。

気が付けば足を踏み出しており、厩番の制止の声は一切聞こえなかった。

警戒するように顔をに向け、全身から近付くなオーラを出す馬にはゆっくり近付いていく。

馬の警戒線ギリギリまで近付き、足を止めたはフッと笑いを漏らした。




「お前、私と似ているね」




微動だにしない馬はただただまっ黒な瞳をに向けていた。

は笑いながら言葉を続ける。




「暴れたくて暴れてたんじゃない。そうする事でしか行き詰った気持ちを伝えられなかったんだよね」




過去の自分を見るようにが呟けば、どこか馬の雰囲気が変わった気がしてはさらに足を進めた。

鼻面にそっと手を伸ばせば、馬は暴れる事無く、が触る事を許してくれた。

嬉しそうに撫でるを見て信玄と厩番は声を失っていた。




「乗り手が決まったのう」

「え?」

「名を付けてやれ、。そやつはお主のものじゃ」

「え、でも!」

「ははは!厄介払いしたようなものじゃ!」




信玄の言葉にまた機嫌を悪くした芦毛は、鼻息荒くの抱えていた大根に齧り付いた。

それを見ては悲鳴を上げる。




「あー!味噌汁と煮付けの材料が!!」




の奇声に信玄と厩番は目を瞬いて、次いで腹を抱えて笑い出した。

大根を一本失ったは笑い事じゃないとばかりに、二人をねめつけて芦毛に顔を向ける。

は小さく溜め息を吐き、本当に気性の荒いお嬢様の首筋を叩いて笑った。




「よろしくね、[うるう]


* ひとやすみ *
、「いつものこと」に慣れる。笑
 甲斐に住むみんながニコやかに笑って「いつものこと」を受け入れている様子。
 甲斐では鶏が朝を告げるのではなく、殴り愛が朝を告げる?笑
 じゃじゃ馬が手に入りました。固定名で申し訳ないですが、可愛がってやって下さい!(09/07/03)