ドリーム小説
「おぉ。ではは佐助の恩人じゃのう」
「佐助の恩人は某の恩人。感謝してもし切れませぬ」
目の前に甲斐の虎、右隣に虎の若子。
慣れない空気にはドギマギしながら、声にならない声を押し込め緊張を曖昧な表情で隠した。
対峙するだけで身が竦むような圧迫感。
武将ならではの空気に呑まれそうになる。
奥州で初めて米沢城を訪ねた時もこんな風に緊張したな、とは薄く笑う。
チクリと痛んだ胸に気付かないフリをして、延々と礼を述べる二人にどうしたものかと首を捻った時だった。
「恩人に礼を尽くして宴じゃあ!!」
「全力で尽くして見せますぞ、お館様ぁぁぁ!!」
「幸村ぁぁぁぁ!!」
「
ぅおやかたさむぁあ!!」
「
ゆきむるあぁぁぁあ!!」
いきなりの事に目が点になる。
当てられそうな熱気と訳が分からない迫力に硬直していると、どこからともなく佐助が現れた。
「ごめんねぇ。これいつもの事だから気にしないで」
「いつも、なの・・?」
「まぁ。はいはい、お二方それぐらいにして下さいな。が困ってるでしょー?」
甲斐流の挨拶の仕方に戸惑うばかりのだった。
***
言葉の通り、のために宴が開かれた。
主賓であるからだと何だと丸め込められ、は信玄の隣に座らされガチガチに緊張していた。
あの武田信玄の隣と言う事もさながら、の視線の先には聞いた事のある名高い武将が山のようにいた。
彼らを上座から見下ろすに興味津々と多くの視線に晒され縮こまる。
そんなを見ていた信玄は肩を揺らして小さく笑った。
「何、そのように恐縮せんでも、誰も取って食いはせん」
「あ、いえ、私は・・」
「分かっておる。伊達とは家風が違うので戸惑っておるのであろう?」
杯から覗くようにを見た信玄の目は、まるで悪戯をする猫のように細められていた。
見透かされている・・・。
は図星を指され、言葉なく固まった。
そしてその瞬間、騒がしかったその場の空気がガラリと変わり剣呑な雰囲気が包んだ。
それに気が付いたは、今の自分の立場が危ういのだと瞬時に察した。
ここにいる人達は私が伊達にいた事を知らなかったのだ・・・。
「佐助の報告は聞いておる。は伊達に仕え、謀反の疑いを掛けられて出奔したそうじゃな」
信玄がの心を読むように痛い静寂の中、話し出した。
その言葉は全くの事実であるというのに、はギュッと胸が締め付けられるようだった。
小さく肯定すると同時に、あの時の衝撃が思い出された。
また裏切られるのだろうか。
また捨てられるのだろうか。
もうあんな思いはしたくない。
「ですが私は・・・!私は謀反など企んでおりません!私は・・・っ」
「わしはを信じておる」
「・・・・え?」
「わしはを信じておる」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
なぜ会って間もない人間を信じるだなんて言えるのだろうか。
なぜ私は武田信玄の大きな手で頭を優しく撫でられているのだろうか。
なぜ、私は泣いているのだろうか。
「・・・ッく、う・・ふ・・・」
「これ、まるでわしが泣かしたようではないか」
「ず・・すい、ま・・せん」
はズルズルでドロドロの顔を袖で何度も拭うが、止め処ない涙は止まる様子がない。
奥州で欲しかった言葉がここにあった。
あの時の痛みと悲しみは消える事無く疼いているが、今のには信玄の手が物凄く温かく心地良く感じられた。
「お待ち下さい、お館様!伊達からの者など・・・!」
「何じゃ、外様などこの乱世、珍しい事ではなかろうに」
「そ、れはそう、ですが・・・」
「で、ですが!謀反者となれば話は別でありましょう!」
「は謀反には無関係じゃ。このわしと結んで謀反者にされたのだったな。そんな話、わしは聞いた事も無いわ」
「それ、も、そうです、ね・・・」
「し、しかし伊達からの間者やも知れませぬぞ!」
「間者なれば、伊達に裏切られたので武田に置いて下さいで済む話ではないか。
謀反者にされ、居を追われた者が惜別の情で泣いておるのだぞ。そんな真っ直ぐ情の豊かな間者がどこにおる」
「確かに・・・」
次から次へと問題を挙げる家臣に信玄はおかしそうに淡々と答える。
パチクリと目を瞬かせるはその光景をただ見守る事しか出来ない。
の存在に異を唱えた家臣達が信玄の言葉に納得していくのが手に取るように分かる。
武田信玄という人がいかに偉大な武将であるかとはまざまざと見せ付けられた。
「全く、どこがいかんと言うのじゃ。よ、家族は奥州におるのか?」
「いえ、家族は・・・いません。善くして下さった恩人はいますが」
「奥州で一人生き抜くために伊達に仕えたが、嵌められて路頭に迷うたか」
「・・・え、まぁそうですが、何もそこまで」
「
うおぉぉぉ!!何と言う悲劇!!」
「
我が武田なれば同じ仲間を裏切るなど有り得んというに!」
「
殿!天下安寧を目指しぜひ我らと共にお館様に仕えましょうぞ!!」
「えぇ?!」
いきなりわんわん泣き出した武田の家臣達には悲鳴のような驚きの声を上げる。
この人達、酔っ払ってるんじゃないの?!
豪快に笑う信玄にはまさかと息を呑む。
まさか今までの話は全部こうなるように・・・・?
意外に策略家な信玄に目を丸くしていると、目を細めて信玄はを見た。
「これが武田じゃ。伊達とは違うであろうが、わしらはを歓迎しておる。
受けた傷は無くなりはせぬが、ここで癒す事が出来ると、そうは思えぬか?」
はもう一度、自分のために祝ってくれている人々を見渡して信玄に笑い返した。
溢れてくる涙は先程とは違い、切ないもののどこか優しかった。
* ひとやすみ *
・甲斐の洗礼に戸惑う。笑
肉体派と見せかけて、意外とちょこざいお館様!こんなに熱いはずじゃなかったんだけどな、武田軍。
奥州との違いは悪い所も全て曝してしまった所と、ボスの性格の違い。
ようやく波に乗れそうな感じのパノラマです! (09/07/01)