ドリーム小説
未だに怒っている成実を連れては明るい内に覚範寺を出て町に降りると、
徐々に日が落ち始めており辺りが少しずつオレンジ色に染まりとても綺麗だった。
「成実さん、寄り道していきません?」
が指差した茶屋に視線を向けていると、成実の返事も聞かずに手を引いて茶屋に引き摺り込んでしまった。
嬉しそうに何やら注文するに成実は怒りを忘れて苦笑し、全てを任す事にした。
どうやら勝手知ったる何とやらのようで、仲が良さそうには店の主人と楽しそうに話していた。
こうしているとそこらに居る少年と何の変わりもないのに、本当に上杉や武田と通じているのだろうか。
裏切り者と手を組んで伊達に仇成そうとしていると密告にはあった。
だが目の前の少年がそんな事をしているとは思えない。いや、思いたくないのだ。
「成実さんってば!」
名を呼ばれ、我に返ってみると、目と鼻の先にが居て成実はドキリとした。
そんな事は有りはしないのに、心の中を読まれたんじゃないかと思ったのだ。
「どれがいいですか?」
皿に載せられたたくさんの種類の茶菓子に成実はキョトンとした。
は顔を崩して団子を指差した。
「私としてはコレがお薦めです。この胡麻の香りが何とも!」
「え、・・あぁ。俺はコレが食べたいなぁ」
「草餅!実は私もまだ食べた事がないんですよ」
ヘラリと顔を崩して笑うを成実は見た事がなくて少し驚いた。
草餅を食べると思いきや、胡麻団子を差し出された。
団子を口に放り込むと胡麻の香りが広がり、甘さが程よかった。
「ね?美味しいでしょう?」
誇らしげに言うに苦笑して頷くとは主人に草餅を二十個も注文した。
さすがに多いその数に眉根を寄せるとはそれに気付いたが笑っただけだった。
草餅を包んでもらって城に向かって足早に歩いた。
明るかった空は一気に暗くなり、涼しかった空気が肌寒くなってきた。
城が間近に迫ってきた時、唐突にが口を開いた。
「信頼出来る筋からの情報なんですが、上杉・武田を巻き込んで謀反を起こそうとしている者がいます。
おそらく上杉領に攻め入り、伊達・上杉間の争いを誘発させる目的でしょうが、武田にも声を掛けてるようです」
成実は足を止めた。
心臓が飛び出るんじゃないだろうかと言うくらい驚いたのだ。
まさか今までを疑っていた事がバレたのではないかと成実は困惑した顔での顔を見返した。
薄暗さでがどんな顔をしていたかはよく分からなかったが、困ったように笑った気がした。
「・・・そのような顔をなさらないで下さい。知っているならそれに越した事はないし、必要なら誰にも言いません」
成実はホッと息を吐いた。
を疑っていた事はバレていない。
どうやらは内緒にしていた事を暴いてしまったと思ったようだった。
それからまるで何もなかったかのようにお互いに歩き出した。
「・・・草餅二十も食べるのかい?」
「へ?ヤダなぁ。これは政宗公とお疲れの二人にお土産ですよ」
本当に楽しそうに笑うに成実は息を呑んだ。
それから空を見上げて誰かに祈りたくなった。
どうかこの心優しいが離れてしまわないように、と。
だが果てしなく白にも、限りなく黒にも近くなってしまった。
なぜ黒脛巾が持ってきた謀反の詳細を知っているのだろうか。
首謀者を泳がせるため、この話には緘口令を布き、重臣のほとんどもまだ知らないはずなのだ。
しかし、本当に謀反を企てているのならこんな手の内をバラすような事を話はしない。
だがもし、情報の漏洩に気付き保身に走ったのだとすれば・・・。
疑いは底をつかない。
「成実さんが選んだ草餅、気に入ってくれるといいですね」
「ついでにお零れに預かろうな!」
「賛成!」
―――今はただ何も起こらない事を願うだけだ。
***
城で草餅を頂き、機嫌よく家に帰ったは扉を閉めて息を吐いた。
「お帰り、」
「ただいま、佐助」
あの怪我以来、の家で養生していた佐助は驚く事に目覚めて五日で動けるようになった。
それでも動くなと言ったの言葉通り、佐助は出て行かなかった。
今ならほとんど傷は塞がっているだろう。
「さて佐助。悪いけどそろそろ出て行ってくれる?色々面倒になったんだよね」
「うーわー。天女様ってイイ性格してるよ」
「だから、その天女ってのやめろ」
は何の含みもなく冷たく言い放つと佐助は楽しそうに喉を鳴らした。
なぜか佐助はの事を男だと思っている節がある。
いい加減訂正するのも面倒だから放っておいたのだが、男だと思っている相手を天女と呼ぶなんて嫌がらせにしか思えない。
はその反応に隠す事なく顔を歪めた。
「言っただろ。ここは米沢だ。さっさと上田に帰ったら?」
「ホント、優しいんだか優しくないんだか分からないねぇ」
「気色悪い事言うな」
「はいはいっと。出て行きますよ、助けてくれてありがとね」
佐助はニカリと笑った次の瞬間、部屋から居なくなっていた。
は長く息を吐いてその場に座り込んで佐助の無事を祈った。
ここに居ればいずれ佐助の身にも危険が及ぶ。
そうなる前に、と思いは佐助に冷たく当たり突き離して来た。
だがこれでもう佐助に迷惑を掛ける事にはならないだろう。
あとはただただ佐助が無事に真田幸村の元へ帰れる事を祈るしかなかった。
しかし、の祈りも届かず、佐助が小屋から立ち去る様子を見ていた者が居た。
そしてすぐさまその情報を携えた者は身を翻して報告に向かったのだった。
* ひとやすみ *
・あーあーあー、どんどん泥沼に足を突っ込んでいってます。
佐助との戯れは入れたかったんですが都合上カットで。
名残宴編ラストスパートです。 (09/05/30)