ドリーム小説

今まで上杉謙信にしか執着しなかったあのかすがが、まさかあの位置から回り込んで来るとは予想できなかった。

だって黒脛巾が隠してた物だぜー?

かすがもそれを守ろうとするなんて思うかよ。

ようするに俺様の大失態な訳だけど、勝手に逝っちゃうこと許してくれるかな、旦那。

佐助は閉じた瞼に差し込む光が眩しくて少しづつ目を開けて光の根源を覗き見た。

暗い天から光が射し込み、どこか暖かい空気に包まれている。

あぁそっか。

これが浄土ってやつか。

佐助は最後に見たあの光景を思い出して笑う。

森で倒れ、生死を彷徨う夢うつつの中で俺様の元に天女が舞い降りたんだ。

まさか戦忍の俺様が浄土に行けるなんて全く何て罪深い天女様だ。

しかし、おかしい。

彼女はあの時、こっちへ来るなと言っていたはずじゃなかったか。

佐助は曖昧な記憶を辿ってみた。




『こんなにたくさん血が・・!』

『あ・・、む、だだ・・どの、み・・ち・死・・ぬ・・』

『もしかして毒なの?』




すでに死を覚悟していた俺様がコクンと頷けば泣きそうな顔をして天女が覗き込んできた。

正直、目が霞んで顔なんてろくに見えなかったけど、綺麗に髪を結っていて良い匂いがして温かかった。

鮮やかな赤い衣装が印象的で、どこか真田の旦那を彷彿とさせた。

着物が血で穢れていくにも関わらず、天女は俺様を抱き起こした。




『まだ絶対死んだらダメ!死なせない』




力強くそう言った天女はよっぽど俺様が嫌いなようで、彼女の元に逝けるならまいっか、とか

思ってた俺様の気持ちを軽く粉砕した。

その後はよく覚えていない。

酷く目蓋が重くて、酷く眠たかった。

霞む目を閉じた瞬間、彼女が祈るように「生きて」と言った、・・・・気がする。

彼女のせいなのか、気付けばお花畑でも、川でもなく、質素な家だった。

どうやら眩しい光は天井の隙間から差し込む陽の光で、温かいのは掛けられた布団だったようだ。

まさか死んでからもまた今までのように生きろという意味だったのだろうか。




「ひ・・どい、天女・・だ」




久しぶりに出した声は喉の水分を奪われてきちんとした声にならなかった。

久しぶりだと感じた佐助は一体あれからどれくらい時間が経ったのか、とぼんやり思った。




「あ、起きたんだ、大丈夫?」




俺様は一体いつからこんなに気配に疎くなったんだろう。

声が掛かるまで家に人がいた事に気付かなかった。




「お・・とこ・・?」

「悪かったな。綺麗な女じゃなくて」




少年は少し膨れた顔をして俺様を抱き起こした。

一瞬、あの天女が居るのかと思ったからついそう言ってしまった。

起き上がった俺様に少年は水を飲ませてくれた。

いつもの癖で警戒だけはしておこうと思ったが、どうにもこうにも身体が全く動かずすぐに諦めた。




「佐助が意識を失ってから三日が経った」

「え・・?じゃ、俺様まだ生きてる?」

「死なせないって言った」




何に驚けばいいのか分からない。

生きていた事に驚けばいいのか、俺様の名前を知ってる事に驚けばいいのか、

天女がこの少年だった事に驚けばいいのか。

再び寝かされた俺様に少年は指を三本立てて見せた。




「一つ、傷は私が縫った。無理すれば開く。二つ、毒は中和したけど安静にしておく事。

 三つ、ここはまだ奥州しかも米沢城下。勝手にウロウロされると私が困る。これはお願いじゃない、警告だ」




厳しい顔を見せた少年は何か満足したのか一つ頷いて仕事で家を空ける、と言った。

扉を開けようとした少年に俺様は声を掛けた。




「アンタの、名前は・・?」




少年は少し考える素振りを見せて笑って答えた。




だ」




と答えた少年は戸を閉めて出て行った。

悔しい事にの笑った顔はあの時の天女の顔に似ていて、弱っている時は碌な事考えないな、と自分に嫌気がさした。






***






の与り知らぬ所で着実と事は進んでいた。

佐助がまだ目覚めぬ夜、土砂降りの雨の中一人佇む黒尽くめの人物は目の前の屋敷を感慨もなくただ眺めていた。

蓑笠も付けず激しい雨に打たれているその人を見れば怪しい事この上ないが、このように雨が酷ければ出歩く人もいない。

男とも女とも取れぬそれは雨の音に紛れて屋敷に近付き、軒に入って雨を凌ぐ。

僅かに見える部屋灯りに目を細めて、隠しておいた小さな文を取り出した。

そこに書いた内容を思い出して文を握り締めて歯を軋ませる。

身体は冷え切り心底寒いというのに、怒りと憎しみで心がたぎる。

例え主君が望んでいなくても、こうしなければ気持ちがおさまらない。

怒りのままに針を取り出し、文に突き刺して言葉を落とした。

それはまるで呪詛のようにも聴こえる。




「我が主の側になど貴様はいらぬ、




そして文を串刺した針を屋敷の中へ投げ入れ、部屋付近の柱に刺した。

辺りにはその針に気付く者はおらず、ただ静かに読んでくれと文は主張していた。

今はそれでいい、と口で弧を描いたそれは、再び雨の中に戻り視界の悪い闇へと消えていった。



* ひとやすみ *
・とりあえず、やっぱり私は鬼らしい。
 どこまでを追い込めば気が済むのか?
 でもまぁ、何となく佐助のしてやられた感が気に入ってたり。(09/05/11)