ドリーム小説

その夜はどことなく生温い風が吹いていた。

湿った風がの髪を撫で、結い残した髪が空に舞う。

その軌跡を辿るように空を見上げれば雲が覆い、時々見える月もどこか陰気な色を見せていた。

背後ではすでに宴が始まり、楽しそうな声が聞こえる。

二日にわたる大仕事、先程舞い終えたのだからの仕事は終わったと言っても過言ではないが、

どこか落ち着かない雰囲気に何だか座敷に戻るに戻れなかった。




、何してる」

「かすが姉さんとの別れを引き伸ばせないかなーって考えてるんです」

「戯けたことを」




廊下に出てきたかすがにが振り向けば、腕を組んでさらりとした言葉を貰う。

冷たい言葉で人を引き離しているが、本当はハートの熱いツンデレ姉さんだとは知っている。

心配して見に来てくれたのだろうかすがに笑い返して、はかすがの手を取って座敷に戻った。

大人数のその団体は昨日に引き続き、伊達の家臣と新たに増えた数人の侍達だった。

どちらもすでにお酒が相当回っているが、手招きされれば行かざるを得ない。

もう一方に呼び付けられたかすがと別れ、は笑ってお酌する。




は可愛いな」

「かすが姉さんには負けますよ」




男は酒を煽ってちらりとかすがを見ると眉根を寄せた。

それを不思議に思ったは同じように少し離れた場所でお酌をしているかすがを盗み見た。




「あれほど美しいと逆に怖くなるもんだ」

「そういうものですかねぇ」

「我が上杉にはあれと同じ名の忍がいるそうなのだ」

「確かにかすが姉さんが忍ならば綺麗すぎて怖いですね」

「全くだ。あの伊達の武人はあれが恐ろしくはないのかね」




かすが姉さんのような忍がいれば敵なんてイチコロだろう。

何せあのナイスバディだ。

羨ましい・・・。

しかし、今の会話がの心に引っかかった。

再びお酌をしながらは首を捻った。

なぜこの奥州に上杉の家臣が少数で来ているのか。

それに味方の忍に見惚れる事はあっても、なぜ恐れる必要がある?

私だったらかすが姉さんみたいな忍がいれば自慢なのにな。

ふぅと溜め息をつくとかすがと目が合って驚いた。

かすがが手招きをするので、は客に断りを入れて席を立った。




「私はあちらに行かなくてはならないから伊達家家臣の方をお相手せよ」

「はい。任せてください」




しっかりと頷くとかすがは表情を緩めての頭を何度も撫でた。

あまりに長時間頭の上を手が往復するので戸惑うように声を掛ければ小さく返事が返ってきた。




「もう少しここに居てもいいかとも考えたが・・・」

「え?何か言いましたか?」

「いや、そっちは任せた」




珍しく含みも無く穏やかに笑ったかすがに惚けながら、は乱れた髪を整えた。

気を遣って優しく頭を撫でる人が怖い忍のはずないな、とは心の中で苦笑した。







***







とかすがはまるで姉妹のようだな」




お酌をして色々と話をしているとそんな風に言われては嬉しくなった。

上機嫌だった男にありがとうございます、と言っては逆に聞き返した。




「ご兄弟はいらっしゃいませんの?」




その途端、急に雰囲気の変わった男には驚いた。

その目には憎しみの色さえ見えた。




「弟が一人いた」




その言葉の意味には素直に失礼な事を聞いたと謝った。

この乱世である。

何が起ころうと不思議ではないのだ。

男は首を振ってギリリと音を立ててきつく手を握り締めていた。




「全ての元凶はあの男にあるッ!!」




ダンッと杯を机に叩きつけて男は部屋を出て行った。

は責任を感じて同じように廊に飛び出したがどこにも人影がなかった。

重い衣装を引き摺って探し回っていると渡り廊下から話し声が聞こえてきた。




「上杉方が重い腰を上げました」

「後は我らが蜂起するのみ、か」

「武田が奇襲に乗じてくれればいいのですが」

「奥州を叩くのに絶好の機会、逃す訳がなかろう」

「は。片目の竜・・いや、蛇退治にございますね」




は声を漏らさないように必死だった。

これで全てが繋がった。

繋がってしまった。

伊達の家臣であるこの人達は上杉と組んで伊達を潰す気だ。

上杉が奥州に来ていた事も、最近政宗公が領地内が騒がしいと手を焼いていた事も全てこの人達のせい。

上杉謙信や武田信玄がこんな馬鹿げた事をこの人達に吹っ掛ける訳がない。

ならばやはりこれは謀反。

上杉の忍が恐ろしいと言っていた上杉の人はきっと伊達のこの人達のように上杉謙信を裏切ったのだ。

無いとは思うが、もし休戦中の上杉と武田が一時的に同盟を結んで伊達に攻め入れば、間違いなく伊達は落ちる。

三国を巻き込んででも独眼竜を滅ぼしたいというその執念と憎しみに身をブルリと震わす。

二人の気配が離れていき、ホッとしたはその場に崩れ落ちた。

ただここに立っていただけなのにやけに心臓の音がうるさい。

考えろ、と自分に言い聞かせるように脳に酸素を送り込み、深く息を吐いて落ち着かせる。

これを政宗に伝えなくてはならない、はそう思った。

しっかりしろ、と自分に渇を入れて立ち上がり、様々な感情が渦巻く宴へとは戻っていった。

誰もいなくなった廊下に突如現れた忍は、何かを考えるようにが消えていった廊下を見つめ

再び音も無く闇へと消えた。



さあさ、名残宴を始めよう。

明けぬ夜のはじまり、はじまり。


* ひとやすみ *
・陰謀渦巻く菊華屋。果たしてはどうする、どうなる?!
 ・・・とまぁ、ベタな予告はいいとして、キナ臭さここに極めり。
 ようやく事が見えてきました。とにもかくにも、はじまり、はじまり。(09/05/07)