ドリーム小説

政宗とは花街の灯りがよく見える建物の屋根の上にいた。

夜が更けているせいか、少し離れているせいか、辺りは静かで遠くから僅かに聞こえる舞はやしが心地いい。

に連れて来られたのだが、さすがに何故屋根の上なのか政宗も分からなかった。

と同じように隣に座れば、杯を差し出された。

思わずそれを受け取るとどこに隠していたのか、酒筒が出てきて政宗は喜んで杯を差し出した。

コポポと音を立てて注がれた酒を一口で飲み干すと、焼ける様な熱さと甘さが喉を潤した。

その味に驚いてを見ると得意そうな顔をして酒筒を振った。




「秘蔵のお酒わけて貰っちゃった」

「今夜は美味い酒によく会うな」

「月も近くて、お酒も美味しい。おまけにこんな物もある」




はまたもどこからか大きな饅頭を二つ取り出して政宗に手渡した。

あまりの用意の良さに、政宗はおかしそうに声を漏らした。

馴染みの店で買ってきたというに、政宗は途中に寄った店を思い出した。

何かしら店の親父と楽しそうに話していたと思ったら、饅頭を買ってた訳だ。

まだ暖かい饅頭にパクリと食いついて、さらに驚く。

中身は甘い餡ではなく、野菜に味を付けた物が入っていた。

食事に出てくる一品を饅頭の皮で包んだようなそれは、酒の邪魔にならない味付けで

政宗は美味しそうに頬張るに目を向けた。

異国語を話すような知識を持ちながら、金に頓着が全くなく、出会う度に絡まれてる変な舞妓。

それくらいしかについて政宗は知らなかったが、不思議と一緒に時間を過ごすのが嫌いじゃなかった。

聞きたい事は山ほどあったが、それはきっとにしても同じ事で、互いにあえてその事を口にしなかった。

それを聞いてしまえば、夢が覚めてしまう気がしていた。

政宗は手にしていた杯をに手渡して、酒筒の口を傾けた。

受け取ってしまった杯に酒を注がれて、は困った挙句に一気に煽った。




「うわぁ。やっぱりダメだ。お酒は二十歳からって正しい」

「What?」

「向いてないってこと」




は突っ返すように杯を政宗に押し付けて立ち上がった。

見上げてくる政宗には悪戯っぽく笑って舞扇を広げた。




「お持て成しの最後は舞でしょう」




薄絹を肩に巻き付けて扇で口元を隠したがやけに艶めかしく見えた。

舞と言うものはそういう物だと知りながら、二人だけの夜空を華麗に舞うは何か特別で神聖な物のように思えた。

こんな贅沢な礼をされるほどの事はしてねェが。

遠くから聞こえる音色に合わせて踊るに苦笑し、暫し時間を忘れて見入る。

舞も終盤を迎えた時、屋根瓦がカタンと音を立てて滑り落ち、その拍子にの膝が折れて体勢を崩した。

宙に放り出されたような格好になったに政宗はとっさに手を伸ばして腕の中に引き寄せた。

地に落ちた屋根瓦の音も、投げ捨てられた杯も何もかも気にならなかった。

は両腕をきつく掴んで引き寄せた政宗に目を奪われた。

触れるほどに近い政宗の左目に思わず息を呑む。

強い光を放つその竜の目からは何も逃れられないとすら思えた。

ふわりと舞った薄絹が二人を月から隠すように頭上に落ちる。

静かな沈黙にかぶさる様に二人を包み込む薄絹の中で政宗が小さく呟いた。




「お前は何者だ・・?」




がビクリと肩を震わしたのを政宗は触れてる手から感じていたが、その手を離す事はなかった。

逃げる事も出来ず、ただ長いまつげを震わしたは悲しそうな視線をだけを返した。

夢の終わりを告げる言葉は優しく耳に囁かれたが、互いを鋭く裂く剣のようでは自分の愚かさを再び悔いた。

これは偽者で夢だと分かっていたはずなのに、もっとと望んだ自分への罰だ。

そう思いながらはきつく目を閉じた。

自嘲するように笑うこの表情を政宗は知っていた。

にそっくりのこの女は何者だ。

女中として城に忍び込んだり、舞妓だったり、不可解な点が多すぎる。

苦笑するように目を開いたには諦めの色が見えて、政宗も息を呑む。




は私の弟です。記憶をなくしているようなので名乗り出たりは致しませんが」

が弟?ならお前はの無くした記憶のこと・・・!」




政宗はその答えに驚いてを掴んでいる手に力をこめ、はその痛さに顔を歪めた。

さらに聞き出そうとしている政宗の胸に手を置いたはその続きを遮った。

優しく触れてくるの手に黙り込んだ政宗は腕を掴む力を緩めた。

悲しそうに伏せられた目が再び政宗に向けられた時、を掴んでいた手を政宗は思わず離した。

目の前のが泣いていたからだ。




「出来る事なら、ただので会いたかった」




そう呟いたは政宗の胸をトンと押して、自分から宙へ身を投げた。

呆然とする政宗の手をすり抜けては屋根から落ちていった。

頭上の薄絹が二人の間を遮るまで、互いに視線を離す事が出来なかった。

慌てて政宗が屋根の下を覗き込んだ時には、そこには誰も居らず、手元に残されたのは薄絹一つだった。

落ちていく瞬間、が呟いた一言が政宗の動きを止めた。

言葉の意味よりも何故知っているのかという思いの方が強く、深まった謎に政宗は黙って薄絹を握りしめた。

ただ、握りしめるしか出来なかった。




『さよなら、政宗さま』



* ひとやすみ *
・甘いのか、辛いのか、切ないのか、悲しいのか。
 入れ混じったマーブルを堪能して頂けると、幸い。  (09/04/30)