ドリーム小説

賊の侵入事件は思わぬ事態を以って終結した。

事件の火消しに小十郎さんが駆けずり回ったのだが、城中を納得させた理由が何とも聞いて呆れる。

前田慶次だから。

その一言で城内は納得し、落ち着きを取り戻した。

よくよく話を聞いてみると数回にわたって前田慶次は米沢城侵入事件を引き起こしてるらしい。

その度に政宗公が対応にあたっていたらしいが、怒りを通り越して諦めてしまったらしい。

城主が許してしまった以上、家臣達も諦めの溜め息を吐くしかないという事だ。

何ともはた迷惑な風来坊がいたものだ。

帰って来た小十郎によって開放されたはそんな事をつらつらと考えながら歩いていた。

ちょうど曲がり角に差し掛かった時、スパンと開いた襖から出てきた手に胸元を掴まれて部屋に引き摺り込まれた。

驚きの声もそこそこに、今度は両手で顔を掴まれてグリンと顔をその人物の方に向けさせられた。

はそこにいた思わぬ人物と目が合って声を上げた。




「お蘭さん?!いた、痛いですって」

「あーあーあー。顔に傷なんて作って」




溜め息と共に顔を投げ捨てられて、思わず睨むがそんなものが蘭に効く訳もなく。

おかしな音がした首筋を擦りながら心の中だけで文句を言う。




「ま、その程度なら化粧で隠せるね。よかったねぇ、毒矢じゃなくて」

恐ろしい事言わんで下さい!

「今のの状況じゃ有り得るだろうに」

「・・・・・」




言い返せない事が悔しいが、それが事実なのでは黙った。

前々からの存在に異議を唱える者が少なからずいたが、今回の事件でそれはさらに増加した。

気が付けば前田慶次と共謀して伊達にたてつこうとしているという噂が広がっていた。

小十郎が苦労したのはそちらの火消しの方で、噂を止めたとはいえはその不穏な空気をヒシヒシと感じていた。




「そんなアンタのためにこれをやるよ」

「何です、その箱」

「毒殺されそうになったらこれを飲め。即効性の解毒剤。大体の毒に効く」

「・・・は?」

「刺殺されそうになったらこの傷薬。痛みはなくなるが感覚もなくなる」

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

「何だい煩い子だね。今アタシに殺されたくなけりゃ黙ってな!

「・・・・めちゃくちゃじゃないですか」

「その他、薬と裁縫道具、包帯も入れといてやったよ。

 斬られて中身が飛び出たらぶち込んでこれで縫いな」

・・・・・お蘭さんが言うとホントに起こりそうで怖いんですが




蘭と会話して何だか物凄く疲れたは複雑な気持ちで薬箱を受け取った。

嫌そうな顔をして薬箱を見ているに蘭は声を低くして呟いた。




、アンタこのままだと本当にヤバイよ」

「・・・・分かってる、つもりです」

「つもり、ねぇ」

「・・・・」

「死なない程度に頑張りな、




真剣な顔をしたに蘭は少し思案し、その場を離れた。

後ろ手に手を振って廊下に消えていった蘭の背中には黙って頭を下げた。









***








は頬の傷に手を当てながら廊下を歩いていた。

空いてる方の手には薬箱が握られ、頬には手当て用の布が貼り付けられていた。

も気付かぬ内に頬に手当てがされていて、相変わらずめちゃくちゃだった蘭を思い出した。

一体、いつ手当てされたのだろう。

思い出そうとしても手酷く扱われた記憶しか出てこなくて苦笑した。

そんな事を思いながら歩いていたからか、角から出てきた人物とぶつかった。




「おっと!か」

「前田・・慶次・・」

「慶ちゃんだっての」




思わず落とした薬箱を足先で受け止めた慶次は、ひょいっと持ち上げての手に渡した。

小さく礼を言ったの頬に慶次は目を留めた。

視線を感じて慶次を見上げたに慶次はニパッと笑った。




「そうそう。が忘れていった大福を届けに来たんだ」

「・・・あ。わざわざありがとう」

「いいってことよ」




それだけ言うと慶次はに背を向けた。

その派手な背中を見ていると慶次が立ち止まった。

しばらくしても動こうとしない慶次を不思議に思ったが足を踏み出そうとした時だった。




「・・・アンタの噂聞いたよ。何を考えてそんな事してんのか知らねぇが、

 このままそんな中途半端な事やってるとアンタ・・・」

「ッ・・分かってるよ!!」





、アンタこのままだと本当にヤバイよ』

慶次の声に蘭の言葉が重なった。

同じことを二度も言われ、の心は荒れていた。

そして二人の忠告は自身の声だ。

いい加減、嘘ばかり、中途半端、全てが当てはまる。

周りがを嫌っているように、自身そんな自分がとても嫌いだった。

そんな風に思っている自分をまた偽るようには叫んだ。




「言われなくても分かってる!だけど仕方ないじゃない!私は・・・!」

「仕方ない・・?」




そう呟いた慶次はゆっくりと振り返った。

初めて出会った時から笑顔を絶やさなかった慶次の顔に表情がなく、その瞳はただ真っ直ぐとの胸を突いた。

怒りでも、悲しみでもなくその瞳は何かを訴えかけていた。

臆する様に声を呑み込んだに小さな声で呟いた。




「それは違うな。アンタはそれを理由に周りに壁を作って他人事のようにただ傍観している。

 壁の向こうで本気で心配してる奴がいるのにアンタにゃまるで見えてない。

 俺にはアンタが、何もしていない内に諦めているように見えるよ」




呆然と立ち尽くすを残して、慶次は廊下から立ち去った。

微動だにしないの背を影で見ていたもう一人の人物もまた、その場を離れた。

ニマリと笑う口元に煙管を運んで煙を吐く。




「全く。前田の風来坊、いいこと言うじゃないか。今のあの子に一番効く薬だね」




困ったように笑いながらも蘭は楽しそうに煙管を燻らせ、今度こそ自室へ足を向けた。


* ひとやすみ *
・よく知らぬ人物だからこそ核心を突くことが出来る。
 慶次の言葉がどう響くか、分かりにくいでしょうがもう少しお付き合いを。
 少しシリアス方向へ進みます。                   (09/04/24)