ドリーム小説

アンタは馬鹿かー!

「だぁから、アンタじゃなくて慶ちゃんだって」

「居たぞ!!賊を捕まえろ!!」




この問答も何回やった事か。

追い掛けてくる城の武人達を慶次の背から見ながらは溜め息を吐いた。

事もあろうに慶ちゃんこと慶次はを担いだまま、門番を振り切って城に侵入した。

は人質として判断されているらしいが、捕まれば慶次は確実に処刑されるだろう。

まるで鬼ごっこを楽しむように逃げている慶次には眉根を寄せた。

一体この男は何を考えているのやら。

諦めに似た思いで慶次の背を追い掛けてくる人達を見ていてギョッとした。

矢を射掛けようとしている。

止まらねば射る、と警告している武人には必死に慶次の背中を叩いた。

ちらりと背後に目をやった慶次は何がおかしいのか笑っている。




「はは。心配すんな。仲間がいるのに射る奴が・・・」




ヒッと息を呑んだの横を矢が通り抜けた。

飛んでいるその矢を素手で掴んだ慶次は黙り込んで矢を見てからの顔を見た。

ピシリと固まったの頬に赤い線が走っていた。




「何考えてんだアイツ等!に当たるだろうが」

・・・いやいや。もう当たりましたよ、僅かながらね




こそばゆい様な何かが頬を伝っていく感覚に身をよじりながら追い掛けてくる武人を見た。

知り合いに追い掛けられるのは可笑しな感じだと思いながら、は気を重くした。

に矢が当たっても構わないと考える人達には悲しいかな覚えがある。




「共犯だと思われてるんだろうな」

「何で?仲間じゃねぇのか?」

「私にもいろいろあるんだ」




苦笑したの顔に垂れる血を見て慶次は口を噤む。

よくわからねぇが、気に食わねぇ。

慶次はムスッとして矢を握っていた手に力を込めた。

はゾクリとした感覚に慶次に視線をやった。

その恐ろしいまでの感覚は以前にも感じた事があった。

記憶を辿ってはハッとした。

城主だと知らずに政宗に刀を向けた時と同じ威圧感。




「(この人、政宗公と同じくらい強い)」




慶次の雰囲気が変わったのは一瞬の事で、気が付けば何事もなかったように元に戻っていた。

相変わらず楽しそうにしている慶次は振り返って追い掛けてくる奴らに声を掛けた。




「矢がもったいねぇだろ。返してやるよ!」




素手で背後に向って投げた矢は弓で射たような物凄いスピードで飛んでいった。

ビィィンと音を立てて柱に突き刺さったその威力に思わずも息を呑む。

誰もが呆然としている隙に慶次はその場を離れた。

追っ手を撒いた慶次は近くの襖を開けて部屋に飛び込んだ。




「どんな腕力してるの・・」

「ま、助かったんだからいいじゃねぇか。下手すりゃ前からも射られて尻にもう一つ穴が開いてたぜ?」

「こら!お尻叩くな!セクハラだ!」

「せくはらって何だ?」

変態って意味!




担がれたままは抗議の声を上げて溜め息を吐いた。

これからどうなるんだろ・・・。







***






「あぁ?が賊の人質にとられた?」




政宗は騒ぎの原因を知り、なるほどな、と呟いた。

城中がやかましくてイライラしていたのだが、まさかこの米沢城に単独で入り込む馬鹿がいるとは。

政宗は口の端を吊り上げて笑った。

その怖いほどに楽しそうな笑みを見てしまった小十郎は深く溜め息を吐いた。

報告に来た数人の家臣達は口々に共犯だとか、助けてやるべきだとか、

言い合っていたが、政宗の耳には何一つ届かない。

政宗がと刀を向けあったのはほんの僅かな時間であったが、の力は何となく分かった。

力は強くないが機転が利き、身体が柔らかいから、そこらの兵士にやられるような事はないだろう。

そのが人質になったという事はの失態か、それほどの奴なのか。

勢いよく立ち上がった政宗は部屋を飛び出していった。

その後を追うように飛び出てきた小十郎は諦めた様に刀を主君に手渡した。




「誰だか知んねぇが、ビンビン感じるぜ。この俺を誘ってやがる。All right!!そこで待ってな!」




隠そうとしていない侵入者の気配に向って二人は一直線に走っていった。

やけに楽しそうな竜とその右目にすれ違う者は道を譲り、その背を見送った。

大きな足音を立てて走る二人は刀を構えて、目指した部屋の襖を切り捨てた。

切り捨てた襖の陰から見えたものは、座り込んで寛いでる風来坊とその肩に担がれただった。




「前田慶次ィ?!」

「よっ」




緊張感の欠片もないその様子に政宗は一気にやる気を削がれた。

で肩に担がれているため背後の様子が見えず、しかも聞き覚えのある名前が耳に入り戸惑っていた。

前田慶次。加賀百万石の前田利家の甥っ子でかぶき者。




「(この派手なのが前田慶次ー?!)」

「Ah?、テメェ、男が軽々しく捕まってんじゃねぇ」

「無茶言わんで下さい!この人めちゃくちゃ強いんですって」




肩越しに振り返ったの切れた頬を見て政宗は目を細めた。

当の慶次は嬉しそうに笑っている。




「おい前田、テメェとやりあったのか?」

「ん?いや。だが、は見る目あるねぇ。ケンカしてみるのも面白いかもな」

と先にやりあうのは俺だ!」

どっちもしませんよ!!




何だかよく分からない方向に進んでる展開にと小十郎は溜め息を吐いた。

の否定の声に憮然としながら政宗はようやく刀を納め、小十郎に向いた。

小十郎は一つ頷いてに意味深な視線を送ってから部屋を出て行った。




「で、何しに来た前田の風来坊」

「ちょっと町で噂のって男前に会いに来たんだが、それが驚いた事に会ってみたらおん」

なぁああああ!!

うるせェ!!」

「そうはおん・・」

うわぁぁぁ!!!

「聞こえねェだろうが!何なんだお前は!」




ブチ切れ寸前の政宗には泣きそうになりながら慶次の背中を叩いた。

まさかとは思ったが慶次は本気でバラす気だ。

しかも隠そうとしてるのだからが女だと自分で認めたようなものだ。

どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう!

藁にも縋る思いでは背を叩いて叫んだ。




「やめてよ慶ちゃん!!」




すると慶次はひょいっとを肩から降ろした。

パチクリと目を瞬くは、目の前の慶次の顔を見ているしか出来なかった。




「ようやく呼んだな」

「慶ちゃんだと・・?知り合いかお前ら」

「おうよ!俺との仲はそう簡単に語り尽くせないものだが・・」

「さっき城の前で会いました」

一言で語り尽くせてるじゃねェか!!!




政宗の怒声には話が反れた事に安堵し、そして収集つかないこの事態に溜め息を再び吐いた。

そしてこの時になって小十郎の意味深な視線の意味を理解した。

押し付けていったな小十郎さん、そう小さく呟いたは言い争う二人に視線を向けてもう一つ溜め息を吐いた。


* ひとやすみ *
・ハイ。慶ちゃん初陣で、しでかしました。笑
 ここまで派手に暴れられるといっそ清々しい。
 伊達の旦那、突っ込んじゃってCoolじゃないねぇ笑(09/04/24)