ドリーム小説

翌朝、信玄の帰還の報を聞き、は信玄に挨拶をするために部屋へ立ち寄った。

幸村も一緒に来るはずだったのだが、心頭滅却の修行をすると言って佐助を引き摺ってどこかへ行ってしまった。

その内やって来るだろうと思って一人でやって来たのだが、目の前の信玄がニヤついた顔でこちらを見てくる。

嫌な予感しかしない。




「おぉ。昨夜は楽しめたかの?」

「・・・えぇ。お陰様で随分熟睡させてもらいました」

「・・・なんじゃ、つまらん」




面白くなさそうに拗ねる信玄には深い溜め息を吐いた。

人に話して楽しむような内容ではないというのに、悪戯っ子のような顔で聞いてくるいい歳した甲斐の虎。

全く、この人は・・・。

ジト目で見てくる義理の娘に流石の信玄も視線を逸らして言い訳を言う。




「だってのう、侍女らが布団の血の量がとか何やら大騒ぎだったしの・・・」

「あれは鼻血です。幸村さんの」

「・・・はぁ。情けないのう。儂なら一晩で子の一人や二人・・・」

「そろそろいい加減にしないとセクハラで成敗しますよ、義父上様?」




怖い目付きで睨むに信玄は思わず口を閉じた。

百戦錬磨の甲斐の虎と言えど、怒らせた女子には勝てないようだった。

は深く溜め息を吐いた後、予定通りに祝言の礼を述べた。

礼などいらぬとニコニコと笑う信玄を見て、は確信を得た。

じーっと信玄を見つめるの表情が徐々に不機嫌そうになっていく。




「やっぱり全部お館様の仕組んだことだったのですね?」




何の話だと信玄がとぼけるが、は悔しそうに口を引き結ぶ。

ずっとおかしいとは思っていたのだ。

用意周到な信玄が娘である菊姫の婚姻に関してあんな隙だらけな運び方をするなんて。

今回の一件、が幸村を勝ち取ったように思えるが、実際は全て信玄の敷いた道だったのだ。

信玄は初めから幸村にはを嫁がせるつもりだったはずだ。

面白そうに見つめてくる食えない狸親父には肩を竦めて息を吐く。




「元々幸村さんに嫁を取らせるつもりだったけど、消息不明の私が甲斐に戻ったから計画を変更したのですよね?」




が甲斐に戻る以前から信玄は自暴自棄な幸村のために嫁取りを計画していた。

それはが戻ると同時にその話を耳にしたことからも事実であろう。

だが、当のが帰還したため、計画を大幅に変更せざるを得なくなった。

それと同時に水面下で上杉と菊姫の縁談も進めていたが、の件を受けて信玄は話をそこで保留とした。

と幸村を早々に娶らせるために。

放っておいてもくっ付いただろうが、幸村の祝言の話を利用しない手はなかった。

菊姫を使って周囲を煽り、幸村と菊姫の婚姻だと勘違いをさせた。




「振り返ってみれば、お館様は一度も幸村さんの相手が菊姫様だとは言っていませんでしたよね」




つまらない手に引っ掛かったものだと思うが、かなり効果的だった。

実際、はそれに焦って、上杉との縁談話にまんまと利用されることになった。

が信玄の養子になった以上、もし仮に景勝とが婚姻という形になっても予定調和。

または、がほぼ無いに等しい道を通って景勝と菊を娶らせて幸村を勝ち取ったとしても、

信玄は心から祝福するつもりだったのだろう。

どちらに転んでも武田は傷まない。

落ち着くところに落ち着いたとはいえ、信玄は上杉との縁談に手を焼くこともなく、念願の幸村の祝言も実現させた。

蓋を開けてみれば、信玄の一人勝ちである。

は祝言の時の信玄の満面の笑みを思い出して大きく溜め息を吐いた。




「儂はなら必ずやり遂げると信じておったよ」




ニコニコと悪気なんて微塵もなさそうな笑みを見せる信玄に、

は嬉しいような悔しいような何とも言えない気持ちになった。

とはいえ半ば無理やり加速度的に進展させられ、信玄の思い通りに動かされたことはやはり納得がいかない。

はまだまだ勝てそうにない古狸に精進を誓い、今は手に入れた幸福を心の底から喜ぶことにした。




「お館様!もう発たれると聞き申したので・・・殿っ?!」




ドドドドと音がしてスパーンと開け放たれた戸の向こうに居たのは幸村であった。

室内のと目が合った途端に、幸村は素っ頓狂な声を上げて跳び上がった。

混乱している幸村を見て、信玄はニヤニヤと声を掛けた。




「おー!幸せ者が来よったな!聞いたぞ幸村よ!昨晩は何もなかったのだと!情けなし!良いか、あの小柄なぞ?

 相当具合が良いに違いないというにお前という奴は・・・!」




顔を合わすなり滾々と話し出した信玄の勢いに押されて幸村は目を丸くした。

腕を組んで何やら一生懸命、のことを話しているのだが、幸村には何が何やらさっぱりだった。

殿はどこか具合が悪かったのだろうか?


不穏な空気を感じ取った幸村は信玄の背後で満面の笑みを浮かべるを見て何かを察した。

よく分からぬが、今の殿には近付かぬ方がよい・・・。

鈍感な幸村といえど、野生の勘は働いているようであった。




「・・・幸村さん。こんな大人になってはいけませんよ?」

殿?!某はお館様のような武士に・・・ッ、あ、はい」




幸村あっさり敵前逃亡する。

あまりの迫力にコクリと頷いた幸村にお構いなしで信玄は大声で笑う。




「はっはっは!幸村よ!儂を越えてもっと器の大きな男となれ!」

「義父上様、安心して下さいませ。貴方の屍を越えて私達はいきますから!」

「それは楽しみだのう」




ドスの効いた声でハガネを振り回すを信玄はにこやかに避ける。

完全に殺しに掛かっている怒れるの空気を物ともせず、信玄は楽しそうに笑う。




「一遍、地獄に落ちろ、このエロ親父!」

「地獄に良い女子がおれば喜んで行くのだがのう」

「ぶっ刺す!」




片や本気でキレているのだが、キャッキャと楽しげに戯れる親子二人に

ウズウズと我慢しきれず、幸村が突入するまであと十秒。


* ひとやすみ *
・浮かれ親父がはっちゃけました!笑
 史実信玄はかなりの艶福家だったそうです。
 一枚も二枚も上手なチョイ悪親父ですが、幸村はピュアピュアです!笑
 こんなのクラスに居るよなーと思いながら親父様を書いてました!もう少しお付き合い下さいませ!               (16/06/04)