ドリーム小説
その夜、一つの寝床を前に一組の男女が向き合っていた。
いわゆる初夜というやつである。
宴ではいろいろあったが、何とか祝言を無事に終えることが出来た。
今日まで根回しや何やらと暗躍してきたは全てを終えたことに心底ホッとしていた。
簡素な単衣一つで幸村と向き合っていたが、疲れもあって安心したという感情の方が先走っていた。
一方の幸村は、何が何やら分からぬ内にここまで来て、おまけに記憶が一部飛んでいる。
目が覚めたら深夜になっており、こんな頼りない格好で好いた女と二人きり。
冷や汗を掻いてガチガチに緊張するのも無理はない。
そんな幸村に気付くことなくは凝り固まった首をぐるりと回して一息吐いた。
「お疲れ様でした」
「え、あ、その、殿?某は貴方と夫婦になったのでござるか?」
「はい。・・・嫌でしたか?」
不安を滲ませて見つめてくるに幸村は取れるほどに首を振って否定する。
はホッと胸を撫で下ろして笑った。
ここまで死ぬほど苦労したのに本人に拒否されたら泣く。
幸村としては否やはないが、何がどうなっているのかを説明してほしかった。
未だに混乱の色が窺える幸村に苦笑しては口を開いた。
「元々私が上杉に向かったのは幸村さんと菊姫の婚姻を阻むためだったのです」
その交換条件に上杉との商談を纏めてくるはずが、実は上杉景勝の嫁候補として送られていた。
が上杉に嫁げば、幸村と菊姫の婚姻は阻止できるが、幸村の傍にはいられない。
窮地に立たされて諦めかけたが、諦めきれなかった。
知略を巡らせて上杉が伝え聞いた内容を検めれば、信玄は娘をやるとしか言っておらず誰とは言っていなかった。
だから自分の代わりに菊姫で縁談を纏めれば、幸村との婚姻は阻止出来てついでには甲斐に戻れる。
そのために菊姫に承諾を願う文を書いたのだ。
「菊姫様は大笑いで引き受けてくれました」
結婚相手を押し付けるかなり失礼な手紙だったと思う。
だが、菊姫は元から誰かに嫁ぐ覚悟があったようで、幸村が景勝に変わっただけだと言ってくれたのだ。
むしろ敵地の方が面白いではないかと懐広くの手腕を褒めてくれた。
彼女の決意なしではここまで上手くいくことはなかった。
菊姫を思ってはやんわりと微笑んだ。
「それでも、予想はしてましたが、お館様は幸村さんの祝言を諦めてくれませんでした」
だからはそれを見越して各方々に根回しをしていた。
嫁取りを阻めないなら自分がそこに入ればいいのだと。
真田家に自分が嫁に行くことを伝え、あちこちに周知することで、外堀を確実に埋めていった。
はっきり言って、知らなかったのは、座敷牢にいた幸村と信玄の周囲くらいである。
最後の最後には、信玄もの奮闘を笑って許してくれたわけだ。
「私、頑張ったんですよ。幸村さんを誰にも取られないように」
「殿・・・」
「なのに、幸村さんったら一人で諦めようとしてるし」
もし祝言で逃げてたら一緒に逃避行するつもりだったのに、と茶化して言うに幸村は胸を痛めた。
言い訳するつもりはないが、あの時は自分の恋心さえ抑え込んでしまえばに迷惑が掛からないと本気で思っていた。
感情は捨てられなくても、理想は捨てなければいけないと無理やり納得した。
しかし、今となってはを傷付けた判断だったと幸村は後悔していた。
唇を噛み締めて辛そうな顔で見つめてくる幸村に、は苦笑う。
「そんな顔しないで下さい。ちゃんと分かってますから。幸村さんが何を思ってそうしたのか」
自分を想って全てを納得したような顔で笑うの寂しげな表情に幸村は堪らなくなって手を伸ばした。
彼女は自分のために奮闘してくれたのに、自分は何も返せていない。
二人の間を阻むものがなくなって、幸村は伸ばした腕で柔らかなを包み込んだ。
が腕の中にいる。
もう遠慮することなど何もない。
そっと抱き寄せて互いの息遣いや鼓動が聞こえる距離に溢れ出る想いが押し留められなかった。
幸村は切なげにの頬に触れて希うように囁く。
「殿、貴方が好きです・・・。どうか某の妻になって下され」
吐息と共に囁かれた愛の言葉はの胸を苦しいほどに熱くした。
切なくて、苦しくて、どうしようもないほど嬉しかった。
返事なんて世界を渡る前から決まっている。
瞳を潤ませたは頬に触れている幸村の手にすり寄る様に手を添えた。
が笑った瞬間にポロリと雫が零れ落ちた。
「ふふ、お忘れですか。私はもう、すでに貴方の妻ですよ」
嬉しそうに笑うの涙を指の腹で拭った幸村はその返事に小さく笑った。
ようやく告げられた想いには綺麗な微笑で返した。
も幸村も想いは同じだったにも関わらず、この一言を伝えるまで長い道のりだった。
好きだからこそ安易に言えない想いがあった。
世界を越えて、時代を越えて、繋がる心があるのだと二人は知った。
万感の想いを抱えて見つめ合うと幸村の間に割り込む者はいない。
幸村の酷く熱い視線がを貫いて胸がざわめく。
頬に触れている幸村の手が熱く感じられ、唇を撫でる親指にまるで全神経が集まっているようだった。
愛しい想いが沸き溢れ、何か言葉にしなければどうにかなってしまいそうだった。
「好き・・・。幸村さんが好きなの」
潤んだ瞳でそう切々と告げてくるに幸村は胸を締め付ける音を聞いた気がした。
そのたった一言で幸村は顔を赤く染めて堪らなくなった。
彼女に触れたい・・・。
幸村はそっと屈み込んで、は静かに目を閉じた。
「ん・・・っ」
触れたのはほんの一瞬だった。
だが、それだけで十分だった。
ようやく想いが通じた。
頬を赤く染めてすぐに離れた二人は互いの唇を見て照れて更に赤くなる。
喜びと気恥ずかしさでむず痒くなった幸村は視線から逃がれるようにの身体を抱き締めた。
「・・・あまり見ないで下されぇ」
幸村にすっぽりと抱き込まれて顔は見えなくなったが、にはチラリと見える真っ赤な耳が見えていた。
今夜は初夜である。
甘い空気にどこか緊張していた自分がいたが、どうやらお互い様であったようだ。
自分以上にいっぱいいっぱいな幸村を見て、は小さく笑った。
・・・あぁ、幸村さんだ。
何も気負うことはないと理解したは、その大きな背に手を回すと、恥ずかしそうに呟いた。
「・・・あの、優しくして下さいね、幸村さん?」
真っ赤な耳に囁くようにそう願うと、勢いのままに押し倒されては小さな悲鳴を上げた。
敷かれた一組の布団に倒れ込んだは、圧し掛かってくる幸村に状況を理解して真っ赤になった。
息を止めて思わず目を瞑る。
煩い心臓の音を抑えるようにきつく目を瞑っていたが、何だか様子がおかしかった。
目を開けて様子を窺ったは、幸村の顔を見てギョッとした。
「幸村さん、気絶してる?!って、きゃー!!鼻血出てますよ?!」
憐れ幸村はの色香に耐えられず、逆上せて意識を失っていた。
困ったのはである。
初夜に免疫不足で自分の上で意識を失う旦那。
しかも血塗れである。
布団が汚れたと大騒ぎしながら幸村を何とか寝かせたは、大きな溜め息を吐いて隣りに寝転んだ。
まぁ、予想できたことだよね。
幸せそうに眠る幸村には苦笑して、その大きな手を握って目を閉じた。
こうして二人の初めての夜は残念な結末を見せて幕を閉じたのだった。
* ひとやすみ *
・酷い!何て酷い結末だ!読めてたこととはいえ!笑
いろいろこれまでの経緯を語りました。要するに苦労話です。笑
いやしかし、こうして見てみると旦那何にも貢献できてないような?笑
きっと翌日、佐助辺りに怒られます。そして逆切れして八つ当たりします。笑 (16/06/03)