ドリーム小説
一体何と説明すればよいのやら。
佐助は自分の主である幸村を前にして非常に困っていた。
勘助から得た情報ははっきり言って良い話ではない。
信玄の義理の娘が想い人に黙って敵国へ向かう。
どう考えても良い想像は出来ない。
彼女は信玄が頼んだ何かを成すために自ら越後へ向かったということであるが、何かとは一体何なのか。
のことだから引き受けたのには深い理由があるのだろうが、今回ばかりは嫌な予感がする。
なぜならあの信玄がご機嫌で幸村の祝言の支度を指示しているのである。
これはどう考えてもの思惑から外れているはずである。
この時期に甲斐を離れるということは、おそらく上杉の件と引き換えに幸村の婚姻話の取り消しを提示したのだろう。
なのに大将は着々と準備を進めている。
これはどういうことなのだろうか?
動揺を隠せない佐助は自分の意見を交えながら幸村に報告する。
「それはつまり殿は某のために越後へ向かわれたということか?だが、この状況は・・・」
「・・・ねぇ、旦那。、大将に騙されたんじゃ・・・」
「それはない!」
佐助の疑惑の声をキッパリ遮るように力強く幸村は答えた。
はっきりと違うと言えるだけの信玄との関係性を持っていると幸村は自負していた。
自分の祖父とも父とも言える存在の信玄を幸村は微塵も疑っていなかった。
「でも、これは俺様の想像だけどさ、は多分上杉景勝の嫁として越後に向かったはずだよ」
同盟を結び、戦もない今の状況で、上杉と仲良く話し合うことなんて知れている。
おそらく縁戚関係を結ぶことであり、武田の家臣ではなく、義理の娘であるが直接動くとなると景勝しかいない。
信玄に何か理由があったとしても、流石の幸村もこれには血の気が引いた。
悲しくて寂しくて辛くて今にも泣いて叫び回りそうな心持だったが、信玄を信じる幸村はグッと堪えていた。
気が付けば愛しい人は遥か遠くに行っていた。
こんなに辛いことがあっていいのだろうかと、幸村は白くなるほど固く手を握り締めた。
「・・・殿、どうして傍に居てくれないのですか?」
普段は熱く煩い幸村がただ静かに呟く切なさを間近で感じ、佐助は黙って俯く。
・・・、お願いだから早く旦那の元へ帰ってきてやって。
ただそう祈るしか出来なかった。
***
その頃、春日山城の客室ではが必死に文台に向かって何かを書き連ねていた。
何十にも渡る文の山を拵えながら、ひたすら作業に没頭する。
謙信と話したあの晩以降、は様々な懸念や遠慮を全部吹っ切った。
狭く険しい道なれば全力で邁進する他はない。
しかも相手はあの武田信玄なのだ。
やりすぎということはない。
情報管制と根回しを徹底すれば先は見えてくるはず。
必要なのは武田と上杉の婚姻による縁戚関係だけである。
意気込むの背後に音なく見知った気配が現れた。
「お帰り、小太郎」
ペコリと頭を下げた自分の忍には微笑んだ。
越後に向かうに当たって小太郎に甲斐での情報収集を頼んでいたのだ。
甲斐より遠く離れたこの地で情報の遅延は命取りとなる。
小太郎もそれを理解しているので、甲斐と越後間を何度も往復しているのである。
がチラリと視線を向けると、文が二通差し出された。
一つはいつもの甲斐での近況、もう一通はある人への文の返事であった。
先に近況報告に目を通したは険しい顔をして溜め息を漏らした。
「・・・そう。幸村さんの祝言の日取りが決まったのね」
疲れた顔で目を伏せるに小太郎は小さく頷く。
三月後だと書かれたそれを読んで、は俯きつつも目を鋭く光らせる。
やれることは全部やってやる。
やる気スイッチが入ったはもう一方の文に手を伸ばす。
この返答次第で全てが決まる。
煩い鼓動を鎮めながら、恐る恐る文を開いて目を通す。
この人物に宛ててはかなり自己中心で不躾な願いを書いたと思う。
なのにこの返信はの望んだ通りに全てを受け入れるとそう書いてあった。
嬉しさ半分、申し訳なさ半分で、は文に向かって頭を下げたのだった。
「小太郎、何度もごめんなさい。この文をお館様に」
神妙な顔つきのに心配するなと首を振った小太郎は文を懐に収めて姿を消した。
小太郎は不安で動けなかったを知っている。
だからこそ迷いが消えて光を見据えるを見てホッとしていた。
ああなったが負けたところを見たことがない。
信玄の策をひっくり返したらさぞ面白いことになるに違いないと、小太郎は口端を上げて甲斐へと急いだのだった。
小太郎が再び甲斐へと向かったその日、は謙信と景勝に目通りを願った。
二人はの希望通り、すぐさま時間を作って招いてくれた。
は上座の二人の様子を窺うが、景勝は良くも悪くもいつも通りの無表情、謙信はどこか面白そうに笑っていた。
ならばお望み通り楽しいことにしてあげようとは腹を括る。
「景勝様」
「何だ?」
に呼ばれ視線を向けた景勝は変わらず無表情である。
対しては意気揚々とした表情であったが、フッと不敵に笑って景勝を見据えた。
「婚姻の話、お引き受けいたしましょう」
一瞬、何の話か分からなかった。
理解した途端に流石の景勝と言えど、ポカンと目を丸くした。
幸村を好いているという話を聞いていたからこそ、この話はなくなったと景勝は思っていた。
なのに何故今更ここでその話が出て来るのか、景勝には理解出来なかった。
堅物の表情を崩したことに満足したは次の手を打つべく気を引き締めたのだった。
* ひとやすみ *
・幸村は少々ふさぎ込んでいます。それに比べて何て逞しいのちゃん!笑
ここで泣いてても誰も助けてくれない。勝利は自分でもぎ取るものだと理解しています。
我が家で一番強い子なので私も書いてて清々しいほどです。もうホント頑張って!
ここから一気に話が進むので、どうか最後まで付いて来てやって下さいませ! (16/03/13)