パノラマな私たち

146. 流れ込む不穏.

「あのー、そろそろ俺様交ざっていいですかねー？」



そろそろと二人に声が掛けられて、別世界に旅立っていたと幸村はハッとして振り返った。

そこには呆れ顔の佐助が居り、二人はその存在を完璧に忘れ去っていた。

佐助も念願の再会を邪魔するつもりはなかったが、待つ時間が長引くにつれてウフフアハハと甘くなる空気に

耐えられなくなってきていた。

もちろん佐助も最初は感激した。

幸村がどれだけ必死になって今までを探し求めていたかを一番側で見ていたからだ。

彼女の言葉に救われた主に心底安心し、に感謝し、気を遣ってその場を離れた。

しかし、時間を置いて戻っても同じ空気。

待てど暮らせど、同じ空気。

もうこれは終わらないねと確信を得て声を掛け今に至る。




「・・・何じゃ佐助おったのか？！」

「いたよ！ずっと！」




ブツブツと文句を言う佐助を見てはクスクスと笑った。

いつも見ていた光景を見たと懐かしくては笑ったのだが、二人は笑われたとムッとした。

それを見てはもっと噴き出した。

大笑いし始めたに二人は唖然としていたが、しばらく収まることはなかった。




「いやいや！笑ってる場合じゃないでしょ！菊姫様のことどうすんの？！」

「ばっ・・・！こ、これは、その、殿！某が何とか・・・っ」




突然我に返った佐助が放った言葉に幸村は慌ててに弁解する。

そんな二人の様子を見ていて現実に戻る。

幸村は何とかして見せると言ってはいるが、はそこまで楽観視はしていなかった。

軍師という物の見方なのか最善から最悪までありとあらゆる可能性を考慮して今後の動きについて考えている。

おそらくいくら幸村が頑迷に拒絶しても、最後は上司である信玄に押し切られるだろう。

それくらい本気になった信玄は手強いし、すでに菊姫を引っ張り出して武田内で根回しをし始めている。

ただ、どこかやり方が明瞭じゃない所が気にはなっているが、が後手に回っていることは事実だった。

だからこそはすでに次の一手を心に決めていた。

そのためにが幸村に聞かなければならないことはただ一つ。

妙に言い繕おうと焦っている幸村を見上げて、は静かに一言だけ問うた。




「菊姫様を娶りたいですか・・・？」




が動くのに必要なのは幸村の意志だけである。

見上げるその瞳が問う言葉は良くも悪くも捉えられ、幸村はくしゃりと表情を崩した。

だが、おそらくこの問いは何か大事なことを聞かれている気がして幸村は言いたいことを呑み込んでを見た。




「っ必要ない。某が欲しいのは・・・・・・、本当に愛する者ただ一人です」




幸村は不甲斐無い自分に瞳を伏せた。

本当は名指しをして妻になってほしいと言いたかった。

けれど、こんな中途半端な身の上でそんな自分勝手なことを言えるはずがなかった。

全てを片付けたら必ず伝えよう。

そう心に決めた幸村を見て、は何を思ってか切なそうに微笑んだ。




「・・・では、私はその願いを全力で叶えるまでです」

「殿？」

「だから、諦めたらダメですよ？」




の言葉に幸村は思わず頷いたが、ふわりと微笑んだその表情に胸騒ぎを覚えた。

言い知れぬ不安を言葉に出来ず黙り込んだ幸村の手を引いてはもう一度微笑んだ。











***










その翌日、幸村は佐助を引き連れて信玄に不満を申し立てに来ていた。

の生存をすぐに知らせなかったことについてである。

信玄と勘助が何やら話し合っていた所に突撃しに来たのだが、お館様は快く二人を招いたのだ。




「お館様！なぜ殿が無事なことを某に知らせてくれなかったのですか？！」

「おぉすまんすまん。儂もつい先日、と会ったばかりでの。嬉しくて舞い上がっておったのじゃ。許せ」




何だか和気藹々と話す孫と祖父のような雰囲気だが、その場に居合わせた勘助と佐助の表情は硬い。

ニコニコしている信玄が何を考えているのかは分からないが、の情報を指し止めていたことを二人は知っている。

佐助は昨晩、の情報の洗い直しを部下に命じた際に、信玄が早々に情報操作していたことを知った。

嫌な予感が的中しないといいけど。

何も知らない主を不安そうに見つめながら、佐助は今の状況を見守るしかなかった。




「じゃが、幸村よ。これで心置きなく備えが出来るのぉ」

「む？申し訳ありませぬ。某には何の話だか・・・」

「馬鹿者が！婚儀の準備に決まっておろう！」

「お館様？！」




素っ頓狂な声を上げる幸村に佐助はやはりと溜め息を吐いた。

あの武田信玄がそう簡単に折れるとは思わなかった。

不気味なまでの上機嫌さに良い予感などするはずもなく、佐助はどうしたものかと頭を抱えた。




「某は嫁など必要ありませぬ！某は・・・、某の心は、」

「ゆきむるぁぁぁッ！！」

「！！」

「お前の婚儀は絶対じゃ！取り止めることはない！備えは必ずしておくように」




信玄の一喝は幸村の魂を脅かしたようで、立ち上がった主を目を見開いて見ていた。

こうなることは目に見えていたが、あまりにも頑なな信玄の態度を不思議にも思っていた。

何で大将は今更こんなことを？

部屋を出て行こうとしていた信玄は何かを思い出したように立ち止って勘助を見た。




「・・・そうじゃ、勘助。上杉の相談事じゃが、片が付きそうじゃぞ」

「はい？」




蚊帳の外だった勘助が、急に呼ばれて怪訝そうにすれば信玄がニンマリと笑った。

その瞬間、勘助も佐助も背筋を何かが走った気がした。




「が儂の願いを叶えに昨晩、越後へ旅立ってくれたからの」




信玄の一言で室内が凍り付いた。

再び離れ離れになった状況に幸村は胸を痛め、佐助は酷い場の空気に溜め息を吐いた。

嬉しそうに笑う信玄の背を見送りながら、佐助は目の前の青褪めた二人を見つめた。

幸村は分かる。

だが、あの勘助までも顔色白く、呆然と黙り込んでいるのは何故だ？

厄介事に違いないと佐助も頭を抱えたくなった。