ドリーム小説

信玄と話していろいろ考えたが、これでよかったのか悪かったのか。

解決の糸口が見つかって興奮冷めやらず、は部屋に戻っても落ち着きなく動き回っていた。

あまりにグルグル歩き回るので、少し冷静になった方が良いと小太郎に部屋から出されてしまう有様だった。

は廊下で溜め息を吐くと、火照った頭を冷やすかのように夜風の冷たい庭へと足を向けた。

砂利を踏みしめて足の向くまま小さな池の前へ辿り着くとそこに座り込んだ。


信玄の条件を飲めば、婚姻について再考の余地がある。

だが、相手はあの信玄であり、どうにも踊らされている感が否めない。

そもそも、軍師が菊の為でなく自分の為だと図星を刺されたくらいで思考を止めるなどあってはならないことだ。

は交渉にもならなかった自分の不甲斐無さに溜め息を吐いて、拗ねるかのように池の水を撫でた。

指を濡らした冷たい水は波紋を作っての情けない顔を歪めて映した。


結局、は信玄の言う条件を飲むことにした。

乗せられた節はあれど、これで選択肢は広がったのだ。

信玄にメリットがあり、菊姫をもっと有効な切り札にすることが出来たら、道は拓ける。

相変わらず自分勝手な理想だとは水面に映る醜い自分の姿から視線を逸らそうと膝に顔を埋めた。










武田親子にやり込められて煮詰まっている幸村と佐助は目的もなく西側へと足を向けていた。

菊姫の言葉に何かを期待していたわけではないけれど、呆然自失の二人には庭を歩くのは程よい回り道だった。

どうしたものかと頭を悩ませる二人に会話はなく、ただフラフラと庭を歩いていた。

菊姫の言いつけ通り西側に来てみたが特に何も見当たらないし、良い打開策も浮かばない。

幸村は重々しい空気を吐き出すように深く溜め息を吐いた。




「・・・このままでは少々分が悪い気がせぬか、佐助?」

「いやいや、分が悪いどころか、俺様、これ詰んでると思うんだけど・・・」

「ううぅ・・・。まだだ!まだ負けておらぬ!」

「旦那・・・」




佐助の憐れむ声や視線に気付かないはずもなく、幸村は見て見ぬふりをするかのように足を速めた。

正直、あの信玄の意見をひっくり返すのは難しい。

だが、幸村には自分を曲げられない理由があった。

今は遠く久しくなったけれど、あの愛すべき存在を諦められるはずがなかった。

苦しげに握った拳に力を込めた幸村は嫌な未来を振り切るかのように足早に角を曲がった。

幸村の苦悩が手に取るように分かっていた佐助は、どうしようもない状況に息を吐いて後を付いて行った。

曲がった瞬間に立ち止った幸村の背があり、ぶつかりそうになった佐助が声を上げようとして

幸村の肩越しに見た光景に息を呑んだ。




池の前に女が一人背を向けて座り込んでいる・・・。




ただそれだけの光景なのに、幸村も佐助も雷を全身に浴びたように痺れて動けなかった。

幸村は目の綴じ方を忘れてしまったかのように、その小さな背を一身に見つめていた。

似ているとか似ていないだとか疑う余裕すらなかった。



・・・彼女、だ。




あの濡羽色の髪や華奢な肩周り、纏う空気の一つに至るまで全てが彼女のものであった。

幸村は呼吸の仕方を忘れたようにその小さな背を食い入るように見つめていた。




――見付けた。ようやく、見付けた。




ドクリドクリと騒ぎ立てる心臓の鼓動を押さえて、幸村はただ一点を目指して踏み出した。

吸い寄せられるようにゆっくりと歩き出した幸村を佐助は黙って見送った。


ぼんやりとしていたが背後の気配に気付いたのは、池に大きな影が映った時だった。

ハッとした瞬間に背後から太く力強い腕に抱き込まれて、は身を固くした。

を逃がすまいと腕に力が籠り、背後の人物とより一層身体が密着する。

誰かに抱き締められるという突然のことに緊張していたは次の瞬間、ふわりと薫った空気に再び身を固くした。

この香りは良く知っている・・・。

どれだけ恋い焦がれたか言葉に出来ないほどである。

忘れられるわけがない。

背後を見ることなく何が起こっているかを覚ったは、顔をくしゃくしゃにして回された腕を抱え込んだ。




「幸村さんっ」

殿・・・、」




目を潤ませて俯くに頬を寄せて絞り出すかのように幸村が名を呟くと、

も万感の思いで必死に回された腕に縋る。




殿・・・、殿、殿・・・」

「っはい、幸村さん・・・・、幸村さんっ・・・」




愛する者が腕の中にいる。

ただその事実を確認するかのように、二人はきつく抱き合ったまま互いの名を呼び合っていた。

会いたかった。

その一言を伝えるまでもなく二人はその腕にその背に互いの想いを感じ取っていた。

と幸村、こうして二人は再び出会った。


* ひとやすみ *
・新春のお慶びを申し上げます。本年も何卒よろしくお願いします。
 そんなわけで新年の祝に再会をば。うぅぅぅ。長かったね!よかったね!
 再会の表現を迷いに迷ってこうなりました。というか上げて尚迷ってます。
 その名残がチラホラ見えますが、また一年応援の程お頼み申しますー!                 (16/01/02)