ドリーム小説
日が傾き始め、日中に話した菊姫のことをは延々と考えていた。
姫があれだけの不満を抱えていたということは、彼女もこの婚姻を望んでいないということだ。
本人の口から否定的な言葉を聞いてどこか安心した自分に嫌気が差す。
自分勝手な考えに深く息を吐いたは薄暗くなった空を見上げた。
肌を撫でる風が少々冷たくなったと渡り廊下に立ち止って再び思考の海に沈む。
幸村と菊姫の婚姻を阻止すると意気込んだものの、あの信玄相手にどう立ち回れば良いのやら。
どこかにいい落とし所があればいいのだけれど。
結局解決策は見当らぬまま、は歩き出そうとして見知った気配にギクリと固まった。
緩慢な動作で振り返ったが見たのは、笑顔で近付いて来る信玄であった。
「お館様・・・」
「おぉか!このような所でどうした?」
のっしのっしとやって来る信玄に言葉を濁していると、返答は求めていなかったのか
信玄は肩を並べて庭を眺めて微笑んでいた。
心の準備が出来ておらず動揺していただが、その様を見ていて少し落ち着いた。
いつものお館様だ。
向き合う方の心持次第で良くも悪くも大きく感じる人なのだと改めて実感する。
「・・・お館様、菊姫様は望んでおられないそうですよ」
何と言わず溢すように小さく掛けられた声に、ご機嫌だった信玄は表情を消した。
振り返った信玄の顔には何の温度も感じられず、ただジッとを見つめていた。
どれほどの時間が経ったのか、不意に信玄が息を吐いたことで緊張感が途絶えた。
「・・・それは姫軍師の言葉か?の言葉か?」
視線を上げて静かに問うてきた信玄には言葉に詰まった。
家同士の結び付きに本人達の意思など必要ない。
姫軍師ならそれを理解していたし、反対もしないだろう。
だから今の言葉は完全に菊を言い訳にした自分の偽らざる心だった。
それを指摘され反論出来ないを見て信玄は溜め息を吐いた。
「今の言葉、儂には菊のためというより、好いた男を取られたくない女の懇願に聞こえたが?」
俯いて黙り込むを見て信玄は再び溜め息を吐いて首を振る。
だからと再会したあの時、聞いたのだ。
幸村をどう思うかと。
あんな誰でも言えるような幸村の評価が聞きたかったのではない。
お前の気持ちはどうなのだと問い掛けたのだ。
強いて言うならば、あれが分かれ道だった。
答えるまでもないの反応に信玄は歯痒い思いを抱えていたが首を振った。
そして鋭い眼差しでを見ると固い声音で言い放った。
「もう遅い。菊の嫁入りは取り止めぬ」
冷やりとした鋭い言葉には唇を噛んだ。
やはり正攻法ではどうあっても無理なようである。
厳しい表情で黙り込むに信玄は呆れたように小さく息を吐いた。
「・・・だが、条件次第では考えてやってもよい」
「え?」
予想外の展開になり目を瞬いたに信玄はニヤリと笑った。
***
日は遡って数日前、上田城に早馬が着いた。
その知らせを齎した主は幸村の姉のような存在であり、幼馴染であり、天敵とも言える菊姫からであった。
内容は簡単簡潔の一言。
『お前と夫婦にならねばならぬらしい。話がある。すぐに来い』
その文を読んだ幸村は卒倒しかけた。
祝言を断ろうと息巻いていた時にこの出来事である。
しかも祝言の相手があの菊姫であったのだ。
幸村を苛めることにかけては超一流と言っていいほどの毒舌家で過去何度泣かされたことか。
そんな彼女と添い遂げるなど地獄へ落ちるようなものである。
しかも文の内容が簡潔過ぎて余計に怖い。
「あの姫と旦那が夫婦ー?!有り得ないでしょ?!大将一体何考えて・・・、っ?!」
遅れながら文の内容を確認した佐助は振り返ってギョッとした。
まるでこの世の終わりのような顔をした幸村が地に伏して震えていたからである。
佐助は飛び上がって幸村を抱き起し、必死になって何かの間違いだと慰めた。
だがその半身、菊自身が動いたということはすでに事は進んでいるのだと佐助は薄々感じ取っていた。
自分の窺い知れない所で何かが起こっていることに気付いた佐助は件の躑躅が崎館へと主と共に出向くことにした。
「お館様ぁぁぁぁ!某に、よ、嫁など不要にございまするぅぅぅ!!」
「喧しいわぁぁぁぁ!」
「あーあ・・・」
吹っ飛んでいく幸村を見ながら佐助は壊れた襖に悲しくなった。
誰が直すと思ってんのそれ?
器用に空中で体勢を整えた幸村を見下ろすように腕を組んだ信玄は青筋立てたまま叫ぶ。
「お前の嫁取りは決定事項じゃ!それとも何か?!儂の差配が気に入らんとでも言うのか?!」
「そ、そのようなことはっ!」
「なら黙って娶れい!」
「むむむむむむ無理でござるぅぅぅ!!!」
滂沱する幸村の背中に完全敗北の字が見える。
泣きすさぶ主に言わんこっちゃないと佐助が頭を抱えた時だった。
凛とした入室を詫びる声がして、佐助はその声の主に更なる混沌が待ち侘びていたことを知る。
「失礼仕る。父上、妾もそこな阿呆に話があるのです」
「お、おおお菊様?!」
「弁丸!呼び出した妾を放って父上と戯れておるとは、よっぽど父上がお好きらしいのう・・・」
父と娘が同じ構図で青筋立てて仁王立ち。
大迫力の映像に流石の佐助も顔が引き攣った。
これ旦那、勝ち目ないよね・・・。
「妾とてお前と番うなど不本意じゃが、頑固な父上をお前が説得出来るとも思えぬ」
「っぐぐぐ」
「じゃが妾は諦めたつもりは毛頭ない!これは宣戦布告じゃ!せいぜい首を洗って待っておることだ!」
言いたいことを言いたいだけ言った菊姫は高笑いしながら颯爽と立ち去った。
まるで嵐のようだった姫にその場にいた男衆は呆然としていた。
婚約相手と顔を合わせた甘い雰囲気は微塵もなく、殺伐とした空気が流れていた。
どうしてあんな姫に育ってしまったのか。
よく分からないままその場は解散となり、佐助と幸村の敗者達はしょんぼりとしながら部屋を出た。
もはや駄々を捏ねてどうにかなる段階はとっくに過ぎていた。
焦る気持ちと焼けるような想いが幸村を急かす。
「・・・某はお菊様を嫌ってはおらぬ。だが、それ以上に譲りたくないものがあるのだ」
静かに黙々と歩いていた幸村がポツリと零した。
吐息のような熱を孕んだ言葉は切々とした風を運んできた。
佐助はそれを聞きながら、廊下の角に隠れている気配に視線を向けた。
あれで隠れているつもりなのかね?
ほんの少し見えている打掛に佐助は小さく苦笑した。
意を決したように静かに姿を現した彼女は熱のない視線で幸村を見た。
「・・・幸村よ、今宵は月がよう見える。外の曲輪の西側に行ってみるがよい」
「お菊様?」
角からスッと顔を出した菊姫はそれだけ言うと踵を返した。
唐突な話に意味が分からず二人はただただ首を傾げたのだった。
* ひとやすみ *
・幸村……。何て可哀相な人なんでしょう……(憐憫)
シリアス書いてるはずなのになぜか幸村だけがお笑い要素になる不思議。
本人は決してふざけていません。全力です。全力で玉砕してます!(え
そして怪しげな動きをしている信玄。条件とは何なのか、乞うご期待!次も頑張ります! (15/12/08)