ドリーム小説

「よう来たな虎弟姫[とらおとひめ]!」

「・・・その呼び名はご勘弁下さい、菊姫様」

「つまらぬのう。その名の通り妾の弟のように思うておるというに」

「・・・弟って言われると複雑なのですよ」




苦笑するを見てケラケラと愉快そうに菊姫は笑った。

この溌剌とした豪気な美しい姫と信玄の秘蔵っ子と名高い幸村の婚姻話が湧いて出てから数日後、

は菊に呼ばれて部屋へとやって来ていた。

もちろんもその噂を耳にしており信憑性を探るべく、小太郎と共に裏でゴソゴソしていたのだが、

どうやら限りなく噂は真実に近しいらしい。

こうして事実、姫が動いたことが何よりの証拠である。

菊姫と幸村、正直心配になる組み合わせである。

二人が夫婦になるのなんて想像も出来なかった。

複雑な思いで内心唸るを余所に、菊姫は髪を払って脇息に肘を着いて溜め息を吐いた。




「全く父上も何をお考えなのか。妾と幸村を夫婦にしようなどと気でも触れたか」




相変わらず物怖じしない言い様には笑うしかない。

幸村は幼い頃から菊姫と共に育ち、この口達者な年上の姫に勝てた例がないと言っていた。




「菊姫様は幸村さんのことをどう思っていらっしゃるのですか」

「あれは犬っころじゃ。見ている分には愛らしいが、あれが旦那様では絶望的じゃ・・・」




心底悲しそうに頭を振る菊姫に、は過去の菊姫と幸村の付き合い方を思い浮かべて遠い目をした。

確かにあの扱いは異性というよりペットのようだった・・・。

自身、時々幸村に尻尾が付いてるような気がしたこともあり、何となく納得してしまった。

甘味が大好きで、異性に弱い、けれども自分に厳しいくせにとても優しい強い人。

にとってはかけがえのない人。

様子を窺っていた菊はの表情を見て目を細めて笑った。




「・・・ほう。どうやらにとっては違うようじゃな」

「はい。私には幸村さんだけが唯一です」

「・・・はぁ。あれのどこが良いやら妾には見当もつかぬわ」




疲れたように溜め息を吐いた菊は目を逸らして小さく笑った。

一方のははっきりと口に出してみて分かった。

やはりそう簡単に諦められるものではないと。

いかに無謀であろうとも何もしないまま後悔はしたくない。

口を引き結んで眦を上げたの表情を見て、菊は耐え切れないように咽喉を鳴らして笑い出した。




「くっくくく!何じゃ落ち込んでおったら苛めてやろうと思っておったが、流石は妾が認めた女子じゃ!」




馬鹿笑いしながら容赦のない言葉を吐く菊には頬を引き攣らせる。

良かった、苛められなくて・・・。

笑いすぎて目に溜まった涙を拭いながら笑いを治めた菊はニンマリと笑ってを見た。




「父上は手強いぞ、?」

「相手にとって不足無し!」

「よーう言うた!!此度という此度は妾も堪忍袋の緒が切れておる!あの狸親父を叩きのめしてたもう!」




どうやら本当に腹に据えかねないものを抱えていたらしい。

菊はの言葉を聞くなり、立ち上がって拳を振り上げてウロウロと歩き出した。

ギョッとしたはその勢いのまま、父娘の喧嘩話やら、幸村の失敗談などを聞かされる羽目になったのだった。












「よろしかったのですか?」




が退室した後、急須を抱えて入って来た侍女がそう呟くと菊姫は力なく頷いた。

お茶の準備をしている侍女を眺めながら、菊姫は鼻で小さく笑って視線を外す。




「ふん。悔しいがあの父が妾に直接言うたのじゃ。どうあっても妾は嫁ぐのであろう」

「でしたらなぜ彼女を・・・」

「良いであろう、少し掻き回すくらいの悪戯くらいしてものう?」

「まぁ」




驚いて口元を押さえる侍女に菊はコロコロと笑って外を眺めた。

菊自身、あの信玄にが読み勝てるなど思っていない。

狸親父であることは違いないが、あれでも国を纏める頭なのだ。

有言実行、不言実行。

思い通りにいかないことの方が少く、運も実力も権力も全て持っている男である。

父とは言え、そんな男の言葉一つで自分の行く末を決められてしまうのだ。

一矢報いても罰は当たるまい。

が菊から幸村を奪い取る、そんな面白いことが起これば父を指差して大笑いしてやれる。

例え出来なくても、菊が嫁ぐまでに足掻くが何を見せてくれるのか楽しめるだろう。

この乱世を生きる女のやれることは少ない。

きっと自分はその中でも恵まれている方だろう。

それなら尚更、持てる権力の全てを使ってでも楽しまねば女子に生まれたことをきっと後悔する。

そんな人生を生きるのは真っ平だった。

だから菊は挑発するかのように問い質す。

お前に出来るのか、と。

何もかも男の敷いた道を歩くなど願い下げなのである。

力の弱い女なれど、男共を動かす影響力はあると菊は信じてやってきた。

だから颯爽と現れ、表舞台で働く女軍師に胸が空くようだった。

に幸村をやりたいが、此度ばかりはそう簡単にいく相手ではない。




「だが、此度の采配・・・」

「姫様、何か・・・?」

「いや。何でもない」




緩く首を振った菊は口元を緩めてお茶に手を伸ばした。

深く探っていくと何だか嫌な結末に辿り着くような気がしたので、すぐに考えることを止めた。

菊はうっそりと目を閉じて茶を啜ったのだった。


* ひとやすみ *
・ご無沙汰で申し訳ありませんでした!
 どちらも婚姻は避けて通りたいが、考えている方向性は少々違う模様。
 菊姫様は傍若無人で突拍子もないことをする人ですが、結構現実見てます。
 はてさてこの先どうなることやら。私も先が不安です。(え
 ちまこら頑張っていきますので、お暇があれば是非またお越し下さると光栄です!                 (15/10/26)