ドリーム小説

「お館様、やはり幸村殿の祝言の件、お考え直し下さいませぬか?」

「くどい」




信玄は渋い顔をした家臣達に囲まれながらも断言した。

が戻った今、無理に幸村を娶らせる必要はないと考える者が発した言葉だったが、

賛同する者もいれば反対の者もいる。

別にを陥れたいわけではないが、それでもやはり武田の一角を担う次代の若虎に

今、足元を固めてもらった方が安心出来るのだ。




「そうは言うが、この機会に祝言をせねば、あの幸村殿が嫁取りなど出来るはずがない!」

「儂も同意見じゃ。それに、今のしょぼくれた状態のあやつを放って置くわけにはいかぬ」




信玄の賛同に皆が息を呑む。

やはりどうあっても信玄がこの件を取り下げるつもりはなさそうである。




「外で嫁を見繕うつもりだったが、考えを改めた」

「おぉ!それでは我が娘を・・・!」

「いやいや!是非我が子を!」




騒がしくなった空気に部屋の隅に居た勘助は腕を組み、不機嫌そうに小さく鼻を鳴らした。

領内での嫁探しとなったことで盛り上がる家臣達。

するとそこに思いがけない来客に一瞬にして室内は静まり返った。




「失礼します。お呼びとのことですが、何用でありましょう、父上」




その凛とした声音に場は水を打ったように静まり返った。

信玄に促され入室して来たのは、娘の菊姫であった。

侍女を引き連れて周囲には一瞥もくれず、悠々と座に就く。

信玄の娘で雄々しいほどに苛烈なこの姫が一体何しにこの場へやって来たのか。

一同はただ呆然と姫を見上げていたが、勘の良い者は途端に顔を青くした。




「喜べ、菊。そなたの輿入れが決まったぞ」

「・・・はぁ?何の冗談です?」




信玄の一言で場の空気がピシリと凍り付いた。

怖い。怖すぎる。

菊姫の相手のことを考えるのもそうだが、何より黙って見つめ合う信玄と菊姫が怖かった。

笑顔の信玄と無表情の菊姫の間に吹雪が見える気さえする。

つまりこれはどういうことだ?

菊姫の夫となるのは一体・・・。

一同の脳裏に、もしやという感情が過ったが、全員が首を振る。

傍若無人で男勝りなこの姫君に泣かされた家臣は星の数ほどおり、

それを娶る勇者は武田領内にはおらず、かといって領外に出した所で火種にしかならないとここまで見送られてきたのだ。

あの若人にこのじゃじゃ馬は無理だ・・・!

皆が冷や汗を流して二人を見守る中、先に菊姫が動いた。




「・・・はぁ。妾も年貢の納め時ということか」

「はは、すまんの菊。あやつも嫁探しに苦心しておってな」

「形だけの謝罪などいりませぬ」




信玄の一言で一同は一瞬にして覚った。

やはり相手は幸村殿だーーーーーー!!!!

この苛烈な姫君を娶るのが虎の若子だとは・・・。

どう考えても無謀である。

総大将の娘の門出なのだから喜ばしいはずなのに、皆、幸村の今後を思って心で泣いた。

我の強すぎる菊姫を幸村が御せるとは到底思えない。




「菊、相手なのじゃがのう・・・」

「必要ありませぬ。誰であろうと妾のすることは変わるまい。ただし、相手方には重々覚悟するようお伝え下され」




すっくと立ち上がって鋭い眼光でその言葉を放った菊姫は来たとき同様、周囲には目もくれず出て行った。

な、何だ今の・・・。

急に室温が下がったような気がして、黙り込んでいた面々は身を震わせた。

恐ろしや・・・。あの女子を生涯相手にせねばならんとは・・・。




「お、お館様・・・っ、幸村殿の祝言、やはりお考え直しを・・・」

「くどいっ」




その一言で厳めしい顔の男共が情けない顔で俯いたのだった。

何とも言えない悲痛な空気を残して、その日の評定は終わった。











***










幸村が祝言を挙げる。

あれから何度考えても現実味が感じられなかった。

結婚なんて大人になってからするもので、自分には関係なく遥か未来のことだと勝手に思い込んでいた。

正直、悲しくて悔しくてやり場のない感情を持て余しているものの、

どこかでこんな時代だから仕方ないとも思っている自分がいることに気付いて余計に落ち込んだ。

私は本当に幸村さんが好きだったのだろうか。

一体何のためにここに戻って来たのだろう。

出口のない迷路に迷い込んだような不安感を抱えながらは黙々と情報収集に勤しんだ。

ズキズキと痛むところはあるけれど、そうでもしていなければ心が潰れてしまいそうだった。

は一呼吸入れるように文台から顔を上げて凝り固まった首を回した。

すると見知った気配が荒々しく室内に現れ、は苦笑すると背後を振り返った。




「久しぶりだね、小太郎」

「・・・ッ」




に縋り付いて赤子のように裾を握って離さない黒尽くめの忍に苦笑してその手を握った。

小太郎の何とも言えない暴風のような感情の渦を感じながらは落とすように呟く。




「ごめんね、小太郎」




俯いたままブンブンと首を振る小太郎の手は震えていた。

氏政の時も小太郎は主の最期を見届けられず、も手の届かない所へと消えた。

その恐怖は小太郎の心を酷く痛めつけていたのだ。

この忍はきっと私が消えてからもずっと各地を探し回っていたのだろう。

薄汚れて傷んでいる衣服の小太郎を見て、は心底この忍が愛しく思えた。

俯いた小太郎の頭にはコツンと額をくっ付けて呟く。




「ただいま」




おかえり、そう聞こえた気がしては満面の笑みを浮かべた。

真っ黒な忍は二度とこの手を離すことがないようにと、主人の手に手を重ねてきつく握り直した。


* ひとやすみ *
・波乱と再会。幸村に最大の試練が降りかかっています。笑
 うちの菊姫超苛烈だからまごうことなく災難です。幸村可哀相!
 武田家臣達と一緒になって涙を拭っています。流石のオカンも困惑中です。
 がいない内に小太郎はボロボロになって探していました。健気だねぇ・・・!泣
 ちょっと書いたり消したり忙しくしてますが続きも頑張りますので応援よろしくお願いします!                 (15/08/27)