ドリーム小説

「えと、勢いでここまで来ちゃったけど、ホントどうしよう・・・」



甲斐の武田信玄のお膝元である躑躅が崎館を視界に入れつつ、は三度笠を被り直して大きく息を吸った。

とて不可効力だったとはいえ心配を掛けたことは自覚しており、怒られることを覚悟してここまで来た。

だけど、進んで怒られたいという人間はそうはいない。

謝らねばという義務感でここまで来たが、いざここまで来たら何て言って謝ればいいのやら分からなくなったのだ。

おまけにこの城下町は顔見知りばかりであり、大手を振って歩くのは憚れた。

だが、いつまでもここで愚図愚図しているわけにもいかないだろう。

腹を括ったは笠のつばをもう一度深く引いて、城下へと足を進めた。

町の様子はいつもと変わらず賑やかで、人の通りを見ているだけで戻ってきたことを実感した。

戦を感じさせる雰囲気は微塵もなく、それどころか更に発展しているように思えた。

行商の人間が増え、店には珍しい魚の干物が出ていた。

同じだけれども少しずつ変わっている城下の様子にが気を取られていると、突然大きな声が近くでして驚いた。




「兄ちゃん!退いた退いた!そこ通るよ!」

「え、うわっ」




大きなかごを持った男がの横をすり抜けるように走って行ったのだが、かごの一部がの裾を引っ掻けて行った。

不意に裾を引っ張られて予測しない動きにバランスを取られて、は道の端で見事に顔からこけた。

慌てて手を着いて顔を擦りむくのは回避出来たが、笠のつばが地面に当たり笠が吹っ飛んだ。

這いつくばるように地面に着いた掌と打ち付けた膝がジンジンと痛む。

人はこんな時よっぽどの怪我でない限り、道の端で素っ転んだ間抜けを無視して素通りをしていく。

深く溜め息を吐いたの前に飛んで行ったはずの笠が差し出された。




「早く立て。そんな所に転がっていられると邪魔だ」




笠を見つめていたは聞き覚えのある声にビクリと肩を揺らした。

この冷たい言い様と不機嫌そうな声音は・・・。

ゆっくり顔を上げたは案の定渋い顔をしているその人に擦れた声を上げた。




「・・・師匠」

「っ・・・、か?」

「はい」




軍師山本勘助はいつもの毒舌も忘れ、残された片目を見開いた。

まさかこんな所で再会するとは思っていなかったが、師弟がここに再び揃った。

勘助がこんなに驚いた顔をするのは珍しいとは繁々と見上げていたが、

あまりに固まって動かないので流石に心配になった。




「あの、師匠?大丈夫ですか?」

「・・・ッこの、馬鹿弟子がぁ!」

「ぶっ!」




顔をくしゃくしゃにしたと思ったら、勘助に笠で思いっきり頭を叩かれた。

挙句下を向いた瞬間、頭を強く押し下げられ首から変な音がした。




「いたっ!いたたた!痛いですよ、師匠!」

「この、馬鹿弟子!一体、今まで、どこをホッツキ、歩いていたの、だ!」

「首が取れますー!」




乱暴に頭を押さえ付けられ非難の声を上げたが、急に黙り込んだ勘助をは不思議に思って顔を上げようとした。

しかし、押さえ付けられていて見ることは叶わなかった。

地面ばかりを眺めているとポツリと声が降って来た。




「・・・よく戻ってきた」




そんな言葉が聞こえてきたような気がしては驚いたが、依然として頭は上げられず、

仕舞いには乱暴に髪を掻き混ぜられた。

くしゃくしゃになった髪に文句を言いながらも、の目は潤んでいた。

今、顔を上げられなくてよかった。













***












再び笠を被されたは勘助に首根っこを掴まれて、躑躅が崎館へと連れて来られた。

逃げる気はないが、こんな再会はない。




「痛い!師匠の鬼!自分で歩きますから!」

「喧しいわ!目を離すとすぐにフワフワ飛んで行くお前が悪い!」




ギャンギャン騒がしい師弟が門を潜ると出迎えた影が二つ。

佐助配下の三好清海[きようみ]と、風来坊慶次の二人だった。

呆然としている清海はヨタヨタとに近付いて笠を剥ぎ取ると、ワンワン泣きながらに抱き着いた。




「うわーん!ちゃんだー!!良かったぁぁん!」

「キヨ心配掛けたね」




清海の肩越しに見えた慶次の表情を見て、は眉尻を下げた。

怒ったような顔をしている慶次に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

逃げるつもりはなかったけど、長く待たせてしまった。




「・・・全く、世話が焼けるなぁ。俺、もうちょいでまつ姉に連れ帰られる所だったぞ?」




溜め息を吐きながら佐助に苛められたことなどを愚痴る慶次には心底謝った。

清海を宥めている間に、の存命を黙っていた慶次に勘助が喰ってかかり、また言い合いが始まった。

そこには懐かしい光景が広がっており、はホッと息を吐いた。

鼻をスンスン言わせながらから離れた清海は困った顔をして言った。




「でも、おしかったね」

「え」




目を瞬くに思い出したように慶次が言った。




「幸村達は少し前に上田に帰ったんだよ」




入れ違いを告げた慶次に、は残念な気持ちとどこか安堵したような複雑な気持ちだった。

仕方ないことだと苦笑したに、近付いてきた侍女が膝を折って声を掛けてきた。




「お帰りなさいませ、様。お館様がお呼びにございます」




一難去ってまた一難。

はゴクリと咽喉を鳴らして、侍女に付いて行くのだった。


* ひとやすみ *
・一番乗りは師匠でした。ぶっきらぼうな彼でも思う所はあったようです。
 さて甲斐に戻って来たものの、幸村不在。なんてこった!笑
 ここからまたお馴染みのぶっ飛び展開に入ります。可笑しい所がてんこ盛りなのは
 重々承知の上での強行です。気に入らなければそっと閉じて見なかったことにして下さいね。
 合言葉はB・S・R!最後までお付き合いいただければ幸いであります!!                  (15/07/29)