ドリーム小説

「慶ちゃん、私はここで大丈夫」

「大丈夫ってお前・・・」




歩かせていた馬を急に止めて、突然そう言ったに慶次は困惑した。

二の句を告げさせないような笑みを浮かべたに慶次は開いた口を閉じた。

土佐を出ていろいろ寄り道もしたが、もう間もなく甲斐に着こうという時に、は何を思ったか足を止めた。

何も聞かなかったが、の目的地は甲斐なのだと勝手に思い込んでいた。

この様子ではどうやら違うらしい。

黙り込んでいた慶次は静かに馬上のに問う。




、お前、アイツには会うんだよな・・・?」

「うん。でも今はまだ、やるべきことが残ってる」




何となく事情を察した慶次は深く溜め息を吐いて身を引くことにした。

慶次の馬である松風の首を叩いたは、自馬の首を翻して慶次を見た。




「いいか。用が済んだらすぐに俺に会いに来いよ。俺はそれまで甲斐にいるからな」




甲斐を訪ねるのに理由を作ってくれたことに気付いたはただただ慶次の気遣いに感謝した。

言葉少なに頷いたに満足した慶次は、走り出したの背が見えなくなるまでその場を動かなかった。












は野を越え山を越え、町で馬を捨て、は山の麓を一人黙々と歩いていた。

田畑も少ないこんな辺鄙な所に、話を聞いていなければ人が住んでいるとは思わなかっただろう。

おそらく近い。

探るような鋭い視線を周囲からいくつも感じながら、は奥へとズンズン進む。

暗く茂る竹林を抜けた先には、光が差し込む明るい集落があった。

人はたくさんいるが、皆息を潜めてこちらを見ていると言った所か。

は気にせず先へ進んで、一番大きな屋敷の門をくぐった。

その瞬間、けたたましい声で泣き叫ぶ声がした。




ちゃんッ・・・!!」




勢いよく抱き着かれて尻もちを着いたは苦笑しながら襲撃者の背を撫でた。




「たとえ元当主でも許可のない者を村には入れるなって部下達に言い聞かせておきなさいね、己鉄」




号泣していて話を聞いていない己鉄に苦笑しながら、はこの騒ぎに奥から出てきた渋い顔の男を見上げた。

相変わらず険しい顔の男は腕を組んで、地面に転がるを見下ろして言い捨てた。




「今更、何しに帰って来た、?」

「・・・ほら、あれくらい用心深くないとダメよ?」

「お屋代さまみたいになれって無理だよ、ちゃん!」




ピイピイ煩い二人に屋代は眉間に皺を増やして額を抱えた。











ここは宕之鬼村[ごのきむら]

己鉄の生れた場所であり、斡祇忍衆の村である。

この村の人間は幼い頃から忍として育つようで、己鉄もここで忍として育てられた。

村のまとめ役である当座の屋敷で、と屋代、己鉄の三人は張り詰めた空気を作り出していた。

室内に入ったものの屋代の表情は相変わらず硬く、己鉄は居た堪れない状況に小さくなっていた。




「お前がまた勝手に居なくなり、ようやく立て直した所にまた現れて一体何しに戻った?」

「お屋代さま!そんな言い方・・・!」

「まさか、当主の座にまた返り咲けるとでも?斡祇はそんなに甘くはないわ」




馬鹿にするかのような表情で言い捨てた屋代には場違いにも靭太との血の繋がりを感じた。

さすが父親、迫力が違うわ・・・。

場の空気をものともせずには思わず噴き出した。

信じられないの行動に己鉄は震え上がり、屋代の厳めしい眉の角度を見て気を失いそうになっていた。




「そんなつもりは微塵もないって。そもそも次期当主を選んだのは私だって忘れたの、屋代?」




クスクス笑うに屋代は機嫌が悪そうに黙り込んでいた。

今にも殺人が起こるのではとハラハラしていた己鉄も何だか可笑しな空気に目を瞬いた。

織田との戦の折に、また屋代に苦労を掛ける訳にはいかないと、

は自分に何かあった時のために可能な限りの権限を屋代に引き渡し、次期当主を選んでおいた。

当主が怪我を負った上に神隠しにあったという不測の事態はあったが、

事前の対処のおかげであれから何とかなってきていた。

それを屋代が知らぬわけがなく、目の前でケラケラ笑うをただ黙って不気味そうに見ているしか出来なかった。

その気配を感じたは笑いを収めて目を伏せた。




「・・・ただ、ここには謝罪をしに来たの」




不可抗力とはいえ全てを投げ出して消えたことは事実であり、一族をまた不安にさせたことをは悔いていた。

そんな自分が再び当主に戻れるはずがなく、そんなつもりも微塵もない。

ただ、同じ斡祇の血が流れる者として、再びこの地に戻ったことを知っておいて欲しかったのだ。

私はここにいる、と。

負えなかった責任の分まで、私は罰を受けるべきだ。

消えた理由は他言出来るものでもないし、は言い訳をするつもりもなかった。

ただ申し訳なかったという感情を込めて、は一歩下がって跡を継いだ当主に深く頭を下げた。




「全てを押し付けて申し訳なかった。斡祇家当主にこの宝刀泡沫を奉還したいと思う」




頭を下げたままは腰の泡沫を引き抜いて差し出した。

あの世界から共にやって来たこの刀を手放したくないというのが本音だった。

けれど、これは斡祇になくてはならない物であり、もはや自分が持つ資格はない。

これがきっと罰なのだ。

頭を下げて泡沫を差し出すをチラリと見て、屋代は気だるげに聞く。




「・・・だそうだが、どうする、御当主?」

「許す、許すよ!だってちゃん何にも悪くないでしょ!むしろ僕が当主ってやっぱり無理だよ!ちゃん変わって!」

「「 それはダメだ 」」

「何でさー?!」




上座でさめざめと泣く己鉄には苦笑した。

は次期当主に己鉄を選んだ。

守りたいもののためなら身を削ってでも助けようとする優しい彼だからこそは任命した。

己の振るう力の強大さに怯える彼に、武力だけが力でないことを知って欲しかった。

資質の有無はどうだか分からないが、彼を選んで良かったとは今心底感じていた。


* ひとやすみ *
・お待たせしました!おそらく最終編である時糸紡編の開幕です!
 書いてていろいろ悩んで悩み過ぎて一周回って諦めた次第。笑
 そんな訳で当初思い描いてた展開と違うのでちょっとどうなるのか
 私にも分かりませんが、思い残すことがないように書いていきたいと
 思いますので、どうぞ最後までお付き合いいただければと願います。                 (15/07/11)