ドリーム小説
豊臣秀吉の右腕であり、戦国の世を生きた諸葛孔明と謳われた竹中半兵衛。
癖のある白銀髪と菫色の瞳を持ち、その容姿はどこか婦人のようでありながら、
苛烈なまでに冷酷で秀吉に心酔している人というのがの持つ竹中半兵衛の印象である。
ついでに言えば、出会いが出会いだったこともあるが、やり方が違いすぎてとは心底反りが合わない。
つまりは竹中半兵衛が好きではないわけだが、は背中の傷を抱えて視線を上げて目を見開いた。
確かに目の前にいるのは竹中半兵衛で間違いない。
間違いないのだが、まるで別人のように変わり果てた姿には思わず構えを解いてしまった。
「貴方・・・」
「やぁ、また会えたね、殿」
貴方、本当にあの竹中半兵衛?
そう聞きたかった言葉は彼自身の肯定の言葉で掻き消されてしまった。
木に凭れ掛かり咳き込む男の表情は青白く、頬は痩せこけ髪も艶を失くしていた。
見るからに体調が悪そうな男には唖然とした。
そして覚ってしまった。
史実での彼は肺の病を患い、若くして亡くなっている。
つまりはそういうことなのだろう。
「まさか徳川を見張っていて行方知れずの君を見付けるとは思わなかったよ」
最早立っているのもやっとな雰囲気の半兵衛には立ち尽くすしか出来なかった。
激しく咳き込みながらも、嬉しそうに笑う半兵衛が痛々しい。
「げほっ。どうして行方を晦ましていたのかは聞かない。殿、豊臣に来ないかい?」
命懸けの勧誘。
を捕らえてから半兵衛はずっとこれを言うために近くにいたのだろう。
だが、いくら身体を張られたとて、の答えは変わらない。
力強い視線を返したに半兵衛は分かっていたことだと言わんばかりに苦笑した。
「・・・まぁ今更、共に戦うなんて無理だろうね。残念だよ」
半兵衛が首を横に振りながら溜め息を吐いた瞬間、交渉は決裂した。
互いに空気が変わったと覚ると、鋭い視線が交錯した。
「毛利に圧力をかけて長宗我部と徳川を陥れようとしているのは貴方ね?」
「ふふっ。毛利には少し備中での借りがあるんだよ」
「毛利を唆して三河を手に入れようなんて随分、品のいいことで」
「唆すとは人聞きの悪い。互いに有益な手段をとったと僕は思うけどね」
つまり毛利は備中高松城での敗戦で、豊臣に頭が上がらなくなったらしい。
漁夫の利を得る作戦を毛利に押し付ける事自体、めちゃくちゃな話だと思うが、
半兵衛のすごい所はそれをやってもいいと思えるほどの功績を目の前に用意出来ることである。
あの毛利を駒に出来るほどの利点を挙げ、この弁が立つ男は自分の持って行きたい方向に話を向けさせたのだろう。
相変わらず見た目にそぐわず蛇のように用意周到で狡猾な男である。
「・・・ここまでペラペラ喋ったということは、諦めたってことかしらね?」
「まさか!げほっ・・・。豊臣に来ない君に用はないッ」
「ッ本当に、性格の悪い・・・!」
顔色が悪く咽込みながらも、半兵衛は精確無慈悲に鞭を振るってきた。
山道を転がりながら、木々を盾にしては逃げた。
近距離戦しかまともに出来そうにないとあの伸びる鞭は相性が悪い。
こんな所まで相性が悪くなくていいのに。
鞭を避けつつ走り続けていたは、不意に攻撃が止んで振り返った。
背後にいたはずの半兵衛は木に寄りかかる様に崩れ落ち、息も絶え絶えに吐血していた。
思わず足を止めたにも分かる。
最早、彼を蝕む病はどうにもならない所まで来ている。
だからこそ半兵衛は、を引き込むという不可能な交渉に無理を押して一人で来たのだろう。
しばらくは身動きが取れないであろう半兵衛に向かって、は少し離れた所から声を掛けた。
「悪いけど、私を消した所で貴方の策は上手くいかないよ」
「げほッごほッ・・・な、に?」
「こうなることを見越して先に手を打たせてもらったから」
苦しそうに呼吸をしながらを睨む半兵衛。
説明しろと言わんばかりの鋭い視線に肩を竦めては簡潔に語った。
つまり、文を出したのだ。
「文・・・ッ?長宗我部宛の・・・げほっ君の文なら処分済み、だ」
「それは偽物。本物は忠勝さんが北に手渡してくれたから」
目を丸くする半兵衛にはニヤリと笑った。
長宗我部や毛利などに警戒するため、彼らは特に徳川の南方面を厳重に見張っていた。
ならば空を飛ぶ忠勝に手の薄い北へ行ってもらい、そこから第三者に手紙を南に運んでもらったのだ。
出所が分からなくなれば、豊臣の監視は極端に精度が落ちる。
全てを忠勝頼みにすれば安全だが、彼は早々家康の傍を離れられないし、彼が長い間戻って来なければ
すぐに北に何かあると怪しまれてしまう。
「ゔ・・・、でも、長宗我部への文は全て検問して・・・」
「誰が長宗我部へ文を出したと言った?」
「まさか・・・っ」
「宛先は毛利だよ」
ニッコリと笑って言ったに半兵衛は目を見開いた。
だが、糸を操るのが毛利だと気付いた所で、益をとって動く毛利に何を言っても最早何も変わらないはず。
半兵衛は少し冷静になって米神を伝う汗を拭うが、寒気が消えない。
の憐れむように自分を見る瞳が落ち着かない気持ちにさせる。
「長宗我部は武田・伊達・上杉の同盟軍に参加するよ」
「!!」
元親からまだ許しは貰っていないが、は是が非でもそうするつもりなので断言した。
長宗我部の背後に同盟軍が付くということは、例え長宗我部と徳川がぶつかった所で
毛利が長宗我部を狙って漁夫の利を得ることがほぼ不可能になったことを示している。
この情報が手渡された時点で、利のない毛利は間違いなくこの一件から手を引くだろう。
「私は三河を出る際に文を三つ書いた。一つは長宗我部宛の偽の文。二つ目は毛利宛。三つ目は最強の助っ人宛だよ」
「・・・・・」
「
彼 が土佐に着いた時点で、徳川と長宗我部の戦は起きない。そうなれば、この勝負、私の勝ちだ」
悔しいのか苦しいのか表情を歪める半兵衛をは淡々と見つめる。
はっきり言ってそう上手くいっているかは分からない。
が掴まってからどれだけ時間が経ったかもよく分からず、挙句、文に関しては中継点が多すぎて
本当に届いているかも怪しい所である。
だけど、には妙な確信があった。
今、まさに、ここでは半兵衛に勝ったのだと。
最悪、上手くいっていなかったとしても自身が数日中に長宗我部と合流すれば全てが終わる。
捕まっていたはずのが打てる手を事前に打っていたことを知り、半兵衛は俯いて力なく笑った。
「・・・君は最初から全て分かっていたのかい?」
は静かに首を横に振った。
毛利が動いている所まではほぼ読めたが、その後ろにいた豊臣の存在に気付いたのは捕まってからだ。
まさかあんな強烈な方言を使う盗賊もどきがいるとは思わなかったが。
もしかしたらくらいで動いていたのが、偶然ドンピシャだっただけだ。
半兵衛が命の期限に焦ってこんな強引な策に出なければ結果は違っていたかもしれない。
が答えずとも何かを覚った半兵衛は再び咽込み始め、は彼に背を向けた。
とにかく私はここから逃げ切ってみせる。
もう会うこともないかもしれない半兵衛を一瞥して、は山道を走り出したのだった。
* ひとやすみ *
・何だかスッキリしないけど、策を戦わせる軍師の戦いとはこんなに地味なもの。
先手先手を読むから勝敗がすぐにやってくる。というか、私も頭こんがらがって
きたのですが、とにかくこの勝負、命のリミットに焦った半兵衛の負けということです。
半兵衛は小憎たらしいですが、個人的に好きなのでちょっと寂しい。さあ、次で帰蜻蛉編ラストだよ! (15/04/19)