ドリーム小説

がこちらに帰ってきてどれくらいが経ったのか。

もう数えるのは止めてしまっていたので正確には分からないが、

学生生活にも慣れ、思い出しては時々起こる胸の痛みもだんだん少なくなっていた。

戸惑ってばかりいたこちらの生活が当たり前になってきて、惰性で過ごしてきたが、

こういうものなのだと納得した途端、生きやすい世界になった。

元はと言えば、ここで生まれ育ったというのに、何という変化なのだろう。

こうやって人は忘却を覚えて、痛みに鈍感になっていく。

それが良いことかどうかはには分からない。

でも、そうしなければどうしようもないくらい苦しいことは知っている。

頑張ってもどうにもならないことが世の中にはあるんだから、もうそれでいいじゃないか。

投げやりな気持ちに濁っていくの眼に家族が気付かないわけはなかったが、

ようやく落ち着いて元の生活に戻ってきたに誰も切り出すことは出来なかった。





学校帰り、表門から玄関へ向かう途中、は僅かに金属音を聞いた。

カンカンと拍を刻むように響く微かな音に足を止め、耳を澄ました。

この音はお爺ちゃんだ。

お爺ちゃんがまた槌を振るうなんて珍しい。

はちょっとした好奇心から玄関には向かわず、音の方へ足を踏み出していた。

斡祇家の鍛冶場は元々山林に囲まれた場所にあったのだが、開発が進み住宅が近くに増えたことと、

祖父が老いたことで使用頻度がめっきりと減っていた。

重い扉で閉ざされた入り口を潜り、石段を降りれば身体を貫くような音がする。

むわりと蒸されるような熱を感じながら、作業場を覗くと祖父が一心不乱に鉄床を叩いていた。

飛び散る火花の中にあるのは板金ではなく、真っ赤に燃えてはいたがすでに形が出来ていた。

あれは包丁・・・じゃ、ない?

ようやく槌が置かれマジマジとそれを見ていた祖父は、深い溜め息を吐いてハサミを置いた。




「やはり駄目か・・・」




たった今、焼き戻しを終えたというのに、祖父は失敗だと言わんばかりに首を振った。

一体、どこがダメだったのだろう。

確かにいつも作っている包丁の形ではないが、あれも立派な刃物に見える。

包丁よりも細く真っ直ぐなそれに首を傾げていると、祖父が見覚えのある物を手に取った。




「泡沫・・・」

「何じゃ、。来ておったのか」




呆然と立ち尽くしていたをチラリと横目で見て、祖父は泡沫を抜いた。

スラリと出てきた刀身は黒く鈍く光っていた。

なぜか首を傾げながら唸る祖父に近付けば、先ほど打っていた物が泡沫に似ていることに気付いた。




「お前が倒れていたあの日、御神体が落ちていたと聞いて見に行ったんじゃが、そしたらこの黒い刀身が出てきた。

 今まで何度も見てきたが、まさかただの木刀でなかったとは。見ろ、。何の手入れもなしにこの輝き。不思議じゃの」

「・・・鞘を貸して。これを逆さにして、出てきた柄を抜くと、ほら。白い小刀が出てくるの」

「なんと!」




目を見開く祖父がおかしくては小さく笑った。

向こうもこちらもこの仕込み刀の抜き方は変わらない。

柄や鞘は恐ろしいほど傷んでいるというのに、刃は微塵も輝きを失っていなかった。

外見はものすごい時間の経過を物語っているのに、刀身は最後にが見た泡沫のまま。

何とも言えない気持ちを抱えていると、白刀泡雪を舐めるように見ていた祖父が肩を落とした。




「見事だの。見事すぎる。悔しいがこやつが産れて何百年も経つというに、わしにはどうやって出来たのかが分からん。

 原料は分かるのにこの輝きの理由が分からん。妖術でも掛けてあるかのようじゃ」




泡沫に認められさえすれば属性を持たなくても能力者になれるのだから、面妖な刀だと感じてもおかしくない。

その事実を知っているのはだけであり、心底不思議そうにしている祖父がおかしかった。

クスクスと笑うを横目で見て、祖父は泡沫を鞘に戻してに押し付けた。




「・・・落ち込むのも悩むのも構わん。だがいつまでもウジウジウジウジしとるのは斡祇家の人間の名折れじゃ。

 という名はご先祖様の名前をいただいた。斡祇分家の祖で聡明剛毅な方の名じゃ。そうあれと名付けたお前はどうなのかの」




泡沫を道場の神棚に返しておけと押し付けると、祖父はを視界から外して研磨に入った。

思わぬところで知った名前の由来に驚いた。

小学校時代、自分の名前の意味を家族に聞くという宿題で、両親、祖父共に『なんとなく』と言われたからだ。

何であの時これを言わなかったのかと今更ながら思うが、おそらく『なんとなく』先祖の名前を付けたと言いたかったのだろう。

しかし由来を知った今、酷く自分の名前が重いものに感じた。

とてもじゃないが、自分はその先祖のように立派な人間ではない。

祖父にそれに比べてお前はどうなのだと言われた気がする。

情けなさやら何やらで胸が痛い。

は泡沫をぎゅっと抱えて唇をきつく噛み締めた。


* ひとやすみ *
・聡明剛毅とは道理に通じ、心が強く屈しないことです。主人公だけでなく
 私もそうありたいものです。いろいろいい加減な描写をしてますが、
 あんまり深く考えず突っ込まないで下さい。私の心は味噌汁の麩より脆い!
 何だかいろいろ気持ちに変化が出てきました。もう少し付き合ってあげて下さい!        (13/07/27)