ドリーム小説
祭事が終ってから洛兎さんは時間の許す限り、私に教えられる事は何でも教えてくれた。
地理や国の情勢、言葉遣いやお金の数え方、余すことなく叩き込んでくれた。それはもう、容赦なく。
私が遠慮はいらないと言ったのだから文句は言えないが、そのおかげで普通に生活する分には困る事がなくなった。
筆での読書きも教えてもらっていたのだが、読めない字に苦戦している私の手元を見て、
虎珀さんが烈火の如く怒った。
手に持っていた洛兎さんがくれた見本は取り上げられてビリビリに破り捨てられてしまった。
その後の虎珀さんは洛兎さんの元に乗り込んで、
『こんな汚い字読めなくて当然です!!!!』
と、叫んだのは寺では有名な話だ。
しかも有り難いことに、綱元さんも時々寺に来て、私に兵法や戦戦略などを直々に教えてくれている。
こんな体験はそうあるものじゃないから有り難く手解きを受けている。
***
今では斜平山はすっかり雪化粧を纏い、麓の遠山覚範寺も白一色になっていた。
「入りますよ。全く、貴方も仕様のない人ですね、」
虎珀は当初とは全く異なる、見るも無残なの部屋に嘆息した。
これはどう見ても女子が住む部屋ではない。
隙間がないのではないかというくらいに書物が広げられている。
書物に埋れて私を見て顔が綻んだ少女は今、と名乗っている。
この名は彼女の兄の名前らしいのだけれど、遠い未来から来たという事を隠すため名を偽っている。
しかし、が男装する事は洛兎が面白そうだからとか適当に言った事だとしか思えません。
えぇ、絶対。
最近ではあの粗忽者に武術も教えて貰っているみたいで、益々振る舞いが男のようになってる気がしてなりません。
「食事の時間になっても現れる気配もないのでお呼びしに来たのです」
は驚いて開いた襖の間から外を覗き、慌てて時刻を確認した。
時を忘れる程に書物を読み耽るなんて、大した集中力ですが。
「こんなになるまで今度は何を読んでいたのですか?」
の知識への貪欲さは目を瞠るものがある。
読破した書物は数知れず、種類も医学書から料理書、絵巻物に兵法書まで何にでも手を出した。
ここに来てから、賃仕事をしながら空いた時間は書物を読み、身体を動かし、手伝いまでしている。
寺の僧達もそんなを知っているから、弟のように可愛がっているのだ。
は私に楽しげに目の前の書を広げて見せてくれた。
「今は地図と伝記です」
・・・一体、は何を目指しているのでしょう?
の将来に不安が残ります。やはり、師が悪かったのでしょう。
「腹減ったー。うお!虎珀、の部屋で何してんだ?」
お腹を擦りながら抜け抜けと現れた洛兎を恨みを込めて睨んでみる。
どうせこの朴念仁には通じないでしょうが。
がこうなったのも全てこの男のせいです。
女性らしさがどんどん見えなくなっていく。
「悪いが、に客が来てるぜ」
「そういう事は早く言いなさい!」
「うわっ。何怒ってんだよ、虎珀」
***
慌てて客間に向かうと煙管を片手に、雪が降っているのにも関わらず、障子を開け放って外を眺める女性が居た。
「はーん。アンタがだね」
ゾッとした。
舐め回すような切れ長の目と、凛と響くその声が言葉の力を増長させている。
この人は自分のホントの名を知っている。
胸の内でこの人は危険だと警鐘が鳴り響く。
「蘭にはの事言ってあんだ。驚かして悪りぃ」
あとから部屋に入って来た洛兎さんが座るよう促したので女の人の向かいに座った。
どういうことだと視線を向ければ、洛兎さんは困ったように眉を寄せた。
「虎珀がこのままだとが童子になるとあんまり煩いもんだから・・」
渋った顔をして洛兎さんは呟いたけど益々意味が分からない。
それを見ていた蘭と呼ばれた人は躊躇いもなく大笑いした。
「あっはは!いい加減にしてやらにゃ虎珀が過労死するよ!あの男も苦労性だからねぇ」
何言っちゃってるのこの人!!!
思わずギョッとした。
縁起でもないことを言って、あの洛兎さんを参らせるこの人は何者なの?
見た目は普通の女の人なのに、一つ一つの仕草になぜか艶めいたものが見えてドキリとする。
年は洛兎さんと同じくらいに見えるので二十代後半て辺りだろう。
すると蘭さんはスルスルと近寄ってきて、煙管の吸い口を私の顎に当てて上を向かせた。
これって何なの?!
「ようするにだ。虎珀はアンタが武芸を磨いたり、書物を読みしくさったりするから
嫁の貰い手がなくなると危ぶんでるんだよ」
嫁?!
確かに賃仕事以外の時間は洛兎さんとの修行や読書にあててたけど・・・。
喉の奥で声を殺して笑う蘭さんの眼力は半端ない。
でもやられっ放しはもっと性に合わない!
「それがどうしてアナタに本名を知られる事と繋がるのです?」
「(おや、震えるだけの子猫かと思ったが、アタシに噛み付くなんて)」
蘭さんはきょとんとしてから隣で笑ってる洛兎さんに目をやって、煙管をようやく私の顎から離した。
「ふふ。お蘭とお呼び。アタシは米沢城の目付女中をやっててね。
そこの馬鹿がを女中にしろって言って来やったのさ」
目を丸くして洛兎さんを見ると知らぬ存ぜぬを通して目を合わせようとしない。
てか何でみんなしてこそこそと私の話を進めてる訳・・・?
「残念だけど女中は諦めな。けどが気に入ったからね、女の在り方叩き込んでやるよ」
これって・・・どういう展開なの?
洛兎さんはダメもとで言ってみるもんだと感心している。
自分の何が気に入られたのか全く分からない私は首を捻るしかなかった。
しかし、再びお蘭さんの眼が光った時、私達の考えは甘かった事を知る。
「ただし、それ相応の覚悟がいるだろうね」
「はぁ?何させるつもりだお前?!」
覚悟と言うからには危険が伴うのだと警告されているのだ。
それに即座に反応した洛兎さんはお蘭さんに噛み付いた。
煩わしそうに煙管で洛兎さんを払いのけたお蘭さんは私を見た。
「ちょっとお黙り。まだ確定事項じゃないんだけどね、を召抱えるて煩い馬鹿共が居るんだよ」
「を・・?」
「おいおい・・まさか・・・」
溜め息を漏らしながらも楽しそうな眼で笑ったお蘭さんはそのまさかさ、と呟いた。
洛兎さんは頭を抱えてなんてこったと呟いている。
「もしかして・・綱元さん?」
「片倉の倅も足しときな」
「最悪だ・・・。これじゃ、虎珀に殺される!」
「アンタよっぽど気に入られたんだねぇ」
洛兎さんは嘆き、お蘭さんは目を細めて笑っていた。
何がどうなっているのか全くついていけない私は呆然とするしかなかった。
これから一体どうしたらいいのだろう・・・。
縋るような目で見ていたのに気付いたのかお蘭さんは苦笑した。
「どうするかはの自由だが、自分の立場を理解しとかないと身を滅ぼす事になるよ」
「え?」
「アンタは女なんだ。怪しまれたら最後ってこった」
「でもお蘭さん、綱元さんや小十郎さんに見付からないようにするなんて・・・」
「何だいそんな事!両方やりゃいいのさ!姉のと弟のってね!」
何でもないように言い切ったお蘭さんに頭がめちゃくちゃ痛くなった。
どうしよう、この人、豪快すぎるよ。
* ひとやすみ *
・また出たオリキャラ!
オリキャラ出過ぎで名前変換かぶってないといいんですが(09/01/05)