ドリーム小説
その日の朝は容赦なくやってきた。

朝日が昇って数時間後には覚範寺には城の人が溢れかえっていた。

寺の者全てが正装し、洛兎さんの法衣はいつもより上等な布地の物が用意された。

本人は嫌だ、嫌だと駄々を捏ねてまだその法衣は部屋に置かれたままではあるケド。




、そろそろ殿がいらっしゃります。私はこの暴れん坊を着替えさせますので、お仕事頼みますね」

「はい」




暴れん坊呼ばわりされた洛兎さんは虎珀さんに引き摺られて行った。

何だかシュールな光景を見ているようで私は渇いた笑いで見送った。

祭事において洛兎さんと虎珀さんには重要な役割がある。

私は参加はもちろん、見学もするつもりはない。

私は私で与えられた仕事をするまでだ。



儀礼式が始まるとあれほどどこもかしこも人だらけだった寺内が閑散としていた。

式が始まった御堂前の人の賑わいを考えると大変そうだと他人事ながら思った。

人が少ない今の内に仕事に向かおう。




「てかお寺で宴会ってありなの・・?」




式の後に宴会するからなー、と嬉しそうに言った洛兎さんの顔が忘れられない。

城から派遣されてきた女中さんは着々と宴会の準備を始めていて、それを手伝うのが私の仕事だった。

仕事を探して厨を覗くが、中はまるで戦場のようで入れる空気じゃない。

寺の狭い厨をどうやったらあれだけの人がテキパキと動けるのだろう?

感心しながら中の様子を伺っていたら、若い女中さんが顔よりも高くお膳を積んで歩いてきた。

往復の手間を省こうと言うのは分かるけれど、その足取りは覚束ない。

何だか心配で厨に入っていくと、他の女中さんが彼女の肩にぶつかった。

案の定、バランスを崩した女中さんの身体が傾いた。

慌てて駆けつけた私は彼女を抱き止めてお膳を守った。




「汁物は?」

「え・・?こちらには、ありません」

「なら美味しい料理は無事ですね」

「え、あの・・・」

「お手伝いします」




ニッコリと笑って言うと女中さんが赤くなった。

え、あれ?

ふと気付いた時には厨中の視線が私に集まっていた。

げ。しまった。挨拶してなかった。

何だか気まずい空気に慌てて頭を下げた。




「申し遅れました。連絡が来てるとは思うのですが、手伝いのと申します」

「・・・・あなたが寺の案内の方ですか?」

「あ、はい。何なりとお手伝いしますよ」




場を仕切っていた女中さんがようやく喋ってくれたことにホッとした。

するとそのまま配膳の手伝いを任されたので、

助けた女中さんの顔が見える程度にお膳を分けてもらって厨を出た。

背後から再び活気溢れる声が聞こえてきて思わず苦笑いした。

何も余所者が来たからってそんなに警戒しなくても・・・。




「みんな顔が赤かったな。火を使うんだから窓をもう少し大きくすればいいのに」







「今の美丈夫は何?!」

「可愛い子だったねぇ」

「次は私が配膳行きます!」

「・・・・あれは皆が騒ぐのも無理ないわ」




の的外れな考えとは別に厨の中は大騒ぎだった。




***




それからはいろんな女中と配膳を行い、仲良くなった頃には陽も傾き始めて寺内に人が散り始めた。

せかせかと働いてる内に式が終わったらしい。

そんなこんなで宴が始まり、講堂が賑やかになると一つお膳を拝借しては自室に戻った。

誘われてはいたが、式に参加していない自分が宴会に混ざって楽しめるとは思えなかったのだ。

仕事をやり終えた充実感も、美味しい料理も、離れた講堂から聞こえる楽しげな声の前では何だか空しく感じた。

はゆっくりながらも最後まで料理を食べるとお膳を部屋の隅にやり、急須を持って縁側に出た。



この場所が好きだ。

縁側は庭に面していて、庭の向こうに見える事はないけれど米沢城下が広がっている。

先程沈んだ夕陽に心細くなってつい自分の将来を重ねてしまう。



一体いつ帰れるのだろうか?

それ以前に本当に帰れるのだろうか?



不安ばかりが頭をよぎり、両手で持っていた湯のみはいつの間にか冷たくなっていた。

それを一気に飲み干して、一番茶の苦さと冷たさに頭が冷えたような気がした。




「寒いな・・」

「ならなんでそんな所に居る?」




独り言に返事が返ってきて驚いて振り返ったら羽織が肩に掛けられた。

いつの間にか徳利片手に片倉さんが隣に立っていた。

慌てて羽織を返そうとすると酒で暑いからいらん、と断られた。

本当に寒かったので有り難くお借りして、前をすり合せる。

というか、宴は?

何でここに片倉さんが居るの・・・?



小十郎は開け放たれた部屋に一つだけあるお膳に目を向けたが、

はそれに気付く事はなくただ庭を眺めていた。




、お前なんで宴に来なかった?」

「え?・・・・私は何もしていないし、私が行かなかった事で誰かが困るわけでもなかったので」

「俺は困ったんだ」

「え?!」

「お前があの場に居なかったからここまで来なければいけなくなったんだ」

「えぇ?!」




何だか理不尽な気がしないでもないが、自分を気にしてくれてるのが伝わって私はすみません、と苦笑した。

それに、と付け加えた片倉さんはニヤリと笑って酒を煽った。




が姿を現さなかった事で心配した奴は結構いると思うぞ」




貸せ、と言われて手放した湯のみにお茶を入れながら、片倉さんは止め処なく話している。

普段より饒舌なのはお酒のせい・・?




「どうせ鬼庭殿も何故居らんかった?探したではないか!とか何とか言って

 文句の一つや二つ零すに違いねェんだ」




片倉さんは勝気な笑みで私を見て、お茶を差し出してきた。

何だか片倉さんが強気な酔っ払いに見えてきて、私は笑いを漏らして反撃に出た。




「片倉さんも、心配してくれたんですか?」




そう言いながら詰め寄ると、言い詰まって身を引いた。

悔しそうにする片倉さんに満足して私はお茶に口を付けた。




「小十郎って呼べ」




は・・?

驚いて片倉さんを見ると急に立ち上がり、促すような目で見てくるのでつい口を突いて出た。




「小十郎・・・さん・・」




すると上から押さえつけるようにくしゃくしゃに撫でなれて、こっそり見上げると勝ち誇った顔をしていた。

しまった、話をすり返られたんだ、と気付いた頃にはやり込められていて悔しさが胸に広がる。




!・・と小十郎も居ったのか」




足音荒く近付いてきたのは綱元さんだった。

やっぱりその手には酒瓶があった。




!何故宴に居らんかった?!探したであろう!」




迫力満点の綱元さんだったケド、さっきの小十郎さんとの会話を思い出して

何となく小十郎さんを見上げたら目が笑っているようだった。

想像通りの綱元さんに耐えられず、互いに目が合うとどちらからでもなく吹き出した。

さらに綱元さんは怒っていたけど、何だか笑いが止まらず二人で心行くまで笑わせてもらった。

その笑いも私のくしゃみで治まり、綱元さんにも羽織を着せられた。

羽織二枚はすごく温かかった。



その後は慌ただしかった。

洛兎さんが乱入し、それを引き止めるように虎珀さんがやって来て、またも宴に出なかった事を怒られた。

完全に酔っ払った洛兎さんに羽織を重ね着してる事を聞かれ、寒いなら飲め、とお酒を飲まされそうになった。

鬼のように怒った虎珀さんが止めに入って大混乱だったけど、

いつの間にか寂しさも不安も消えていて、冷たいお茶が温かくなった心に丁度いい気がした。


* ひとやすみ *
・お仕事は宴会の手伝いでした。
 男装の麗人を書くのって難しいですな(08/12/27)