ドリーム小説

部下に起こされ、は飛び起きた。

薄明るくなっている周囲に寝坊したと気付き、慌てて身支度を整える。

どうやら身体は思ったよりも疲れていたらしい。

目を覚まさないに気を遣って部下達はそのまま寝かせておいてくれたようだ。

二度寝はやっぱり寝すぎる、と眉根を寄せながら、は外へと飛び出した。

部下の報告を聞きながら大急ぎで自軍の出立の確認をして回ると、は同盟軍の見送りへと向かった。

道中同じ経路を取るとは言え、それぞれ目的地は別である。

ここで声を掛けておかねばと出てみれば、同盟軍の政宗と幸村、そして慶次がすでにそこにいた。

佐助は遠くで兵達に何やら指示を出しており、その近くで靭太も忙しそうにしていた。




「それではまた後日お会いしましょう。お館様と謙信公、小十郎さん達によろしくお伝え下さい」

「OK!斡祇との会談楽しみにしてるぜ」

「きっと勘助殿も心待ちにしてるでござるよ!」

「うげ・・・」

「嫌なこと言うなよなぁ」




馬を引く政宗と幸村に別れの挨拶を投げかけると、それぞれ違った笑みが返ってくる。

幸村の悪気のない言葉にと慶次は辛辣な軍師を思い浮かべて顔を顰めた。

二人と軍師の関係を知る者達が笑い声を立てると、つられてと慶次も笑った。

しかし笑ってると今まで忘れていた胸のざわつきが不意にジリジリと音を立てた。

・・・まただ。




「おーい!旦那達、そろそろ出るよー!」




遠くから呼びかける佐助の声に蒼紅の若武者達は名残惜しそうにを見た。

これ以上言葉を交わすと去る時機を逃しそうだと感じたのか、二人は苦笑して「では」とだけ告げた。

それに頷いたは、昇りゆく太陽に照らされる二人の顔を見て微笑んだ。

その瞬間、首筋がポタリと濡れた気がしてが思わず空を見上げると、背筋を撫で上げるような嫌な感じが走った。

己の間合いの中に敵意ある何かが入ったのだと悟った時には、すでに遅かった。

それからには全てがスローモーションのように緩慢に見えた。

陽の光を割るように上空から飛び降りてきた女は、ぼろぼろの衣を翻しながら狂ったように嗤っていた。

風にたなびき舞う衣がまるで蝶の羽のようだ。

涙を流しながら死ねと叫び落ちて来る濃姫を皆が見上げたが、太陽の眩しさとその不意打ちに動ける者はいなかった。

ずっと空を見上げていたを除いて。

キラリと光る鉄筒がこちらを向いていることに気付き、は反射的に地を蹴っていた。




響く、銃声。

放たれる、魔弾。

渦巻く、狂気。

伸ばされる、手。




届かない、願い。




「え・・・?」




一体それは誰の声だったのか。

鈍い音を立てて濃姫が地に落ちた後、恐ろしいほどの静けさが訪れた。

誰もが息を呑んで一点を見つめ、その中心で幸村は突撃してきたに抱き締められていた。

の背に回した手が濡れる感覚がして、手を顔まで持ち上げて真っ赤に染まっていたことに驚いた。

混乱する幸村の耳にのか細い声が聞こえた。




「お、けが・・は・・・?」




怪我なんてあるはずもなく、幸村がぶんぶんと首を振れば、きつく抱き着いて離れないが耳元で笑った気配がした。

早鐘を鳴らす心臓の音が幸村に嫌な予感ばかり伝えてくる。

よかったとが呟いた瞬間、するりと背中に回されていた腕が解けての身体が滑り落ちた。




殿!」




とっさに手を伸ばし抱きかかえた幸村は、離れてみてようやくの状態を知ることとなった。

腹部を貫く穴から止め処なく血が噴き出して、の白い衣装を赤く染めている。

自分を庇って彼女が撃たれた。

そう分かっているのに理解したくないと心が悲鳴を上げる。

血が止まる気配のない傷口に幸村は泣きそうになりながら、手で彼女の銃創を押さえた。




「あ、殿・・・!殿、殿、殿、殿!なぜ、こんな・・・!」




腹部を押さえて皺くちゃな顔で自分を見下ろしている幸村に、は何だかおかしくなって笑った。

なぜと聞かれても困ってしまう。

あれほど命を惜しみ、帰ることだけを望んできたのは自分の方だというのに、まさかこんなことになるなんて。

・・・でも、仕方ないではないか。

身体が勝手に動いてしまったのだから。

急に音が遠退いて周囲の声が聞こえなくなり、目が僅かに霞む。

これは本当にヤバいなと他人事のように思いながら、ドクドクと脈打つ傷口に手を乗せれば幸村の手と重なった。

止まらない血のせいで手がヌルリと滑ったが、落とすまいとの手を幸村が掴んだ。

見上げた幸村の顔は涙でぐしゃぐしゃで、に何か言っているがやはり音は何も聞こえない。



ごめんなさい、何も聞こえないの。

ねぇ、お願いだから笑って。

私、幸村さんのお日様みたいな笑顔が見たいの。

いつも私に見せてくれたあの笑顔に何度救われてきただろう。

辛い時も嬉しい時も全てを分け合い、傍に在った貴方だから、貴方の悲しむ顔は見たくない。

泣かないで。

泣かないで。

ずっと傍にいるから。

私は貴方の暖かくて優しい所が・・・。

・・・・・・あぁ。そっか、なーんだ。










――私、幸村さんが好きなんだ。










今更そんなことに気付き、笑いが込み上げてきた。

何だかいろいろ遠回りして何だかんだと悩んだけれど、頭で考えても無駄なのだ。

心は落ちる時には落ちてしまうものなのだから。

何度も何度も同じ形に動く幸村の口をぼんやりと見て、は何て言ってるのだろうと考えた。

言葉は恐らく三文字。

イの発音、ウの発音、アの発音。

いうあ、いうあ、いうあ・・・。

目を潤ませながらも力強い視線を向けてくる幸村を見て、は言葉の意味が分かってしまった。



『 い く な ! 』



は目元を緩ませて、いつも惜しげもなく気持ちを注いでくれる幸村に、気持ちを返したいと思った。

私も貴方が好き。

好き。

好き。

好き。

そう思えば思うほど想いは急速にの心へ染み渡っていった。

ひっそりと知らぬ間に芽生えていた感情が今、開花の時を迎えての胸を優しく締め付ける。

私も貴方にもらった優しさに見合うだけのものを返したい。

が鉛のように重い腕を持ち上げると、幸村はその行動から何かを必死に読み取ろうと息を殺して見つめてきた。

ゆるゆるとは血に染まった手を幸村の頬に当てる。

探るように必死な顔で見つめてくる幸村が心底愛しかった。

いつも怖いくらいに全力な幸村にありったけの想いを伝えようとは微笑みを零して、震える唇を僅かに動かした。




「      」




言葉にならないそれを読み取れず、幸村は酷く焦った。

そんな様子にはクスリと僅かに笑みを浮かべた。

幸村がそんな穏やかなの表情に瞬いた瞬間、頬に添えられていたの手がパタリと地に落ちた。

ゆっくりと閉じられていく目蓋に、幸村は茫然と彼女を見下ろす。




、殿・・・・・・?」




擦れた声での名前を呼びながら幸村は恐る恐る彼女の身体を揺さ振った。

しかし、開く気配のないの瞳に、幸村は狂ったように乱暴に揺らし始めた。




殿!!殿!!殿!!」




幸村の必死の叫びも空しく、が目の前の幸村に再び笑いかけることはなかった。

動かないの身体を掻き抱いて、幸村は天に慟哭の雄叫びを上げた。


* ひとやすみ *
・散華。それは死者へ手向ける言葉。動き出した砂時計は止まることなく落ち続け、
 鮮やかに咲いた花は一瞬の煌めきを見せて散った。
 そんな意味を乗せて砂散華編が完結。いかがだったでしょうか。
 私は痛くて書き急ぐあまり、文章も心も上滑りしてる気がしてなりません。
 かといって書き直すのは気が滅入ります。ごめんなさいね。
 この急展開に驚いてくれたでしょうか?そうであるなら本望です。
 さて砂散華編完結ですが、まだ続きます。ここで終わりませんよ!まだ続きますからね!(ここ重要
 次編もちまこらですが書いてます。最後まで楽しんでもらえるよう頑張りますので応援よろしく願います!  (12/06/16)