ドリーム小説

信長が討たれて実質的勝利を収めたとはいえ、まだ戦陣にいるので食事もそう立派な物ではなかったが、

まつや付近から手伝いに来た女衆のおかげで、いつもより美味しい物が食べられて皆に和やかな空気が戻った。

敵はあれから沈黙を貫いており、やはり信長討死の報が転機となったのだと警戒態勢も最低値まで落とされている。

着々と陣を引き払う準備がされ、すぐさま撤収出来るほど簡素なものになっていた。

なのにの心は晴れない。

やるべきことも考えなければならないことも山程あるのに、ふとした瞬間に自分の失態が甦って叫びたくなる。

きっとこんなことでウジウジしてるのは私だけなんだろう。

は気分転換に人目を避けて目的もなく歩きながら深く溜め息を吐いた。

そんなとは対称的にどこかで誰かが笑う声がする。

戦が終わり一気に緊張が解けたのだろうと、ぼんやりとここから見えない彼らを思いながらは一つ頷いた。

そうだ。別に気にすることじゃないじゃないか。

私の失態を知ってるのはまつさんだけだし、幸村さんが怒ってるなら理由を聞いて謝ればいいだけだ。




「うん。そうしよう」

「何がでありましょう?」




自分に言い聞かせた言葉にまさか返事が来るとは思わず、振り返ったはそこにいた人物にギョッとした。

無防備に首を傾げてこちらをジッと見ている幸村に思わず足を引く。

謝るにしても、心の準備ってものがあるよね?!

口を開け閉めして固まっているに幸村は怪訝そうに眉根を寄せた。

それを見たはさらに焦って混乱した。

何か言わなきゃ、何か・・・・・・!!




「ご・・・、ごめんなさい!」




いきなり下げられたの後頭部を見ながら幸村は目を瞬いた。

何だかよく分からないが、謝られた。

だが、幸村にはが謝るような心当たりがない。

一体何のことだと首を傾げれば、が恐る恐る顔を上げて口を開いた。




「だって、さっき怒ってましたよね?だからきっと私が勝手にいなくなったから怒ってるんだと思って・・・」




語尾を小さくしながら俯くの髪がサラリと揺れて、幸村は場違いにも綺麗だと思っていた。

己の未熟な感情操作のせいでが気に病むとは心底情けない。

あれはただ彼女が斡祇の当主という記憶を思い出し、悩んだ末に誰にも告げず立ち去ったことが悔しかったのだ。

自分がもっと頼れる人間であったなら、彼女は悩みを打ち明けていたかもしれない。

そう思えば思うほど、幸村は自分に腹が立って仕方なかった。

まさかそれが顔に出ていた上に、さらにを困らせていたとは・・・。

幸村は自分の愚かさ加減に頭が痛くなり、溜め息を吐いた。

その溜め息にが肩を跳ねさせているのが見える。

・・・あぁ、この人は本当に、なんて。

――なんて愛しいのだろう。




「謝るのは某の方です。あれは己の未熟さに腹を立てていたのです。殿の気に障るようなことをして申し訳ござらん」




礼儀正しく頭を下げる幸村がが知ってる幸村で、はホッとした。

の肩の力が抜けたのが目に見えて分かり、幸村はとても綺麗に微笑んだ。

それを直視したは、その微笑みに、その瞳に何だか途轍もない熱が込められているように感じて、

心臓がキュウと鳴いた気がした。




「(あれ・・・?)」




それは急速に進行するものではなかったが、確実に何かをもたらしていた。

自覚をするには足りないそれに、は胸を押さえながらも何か予感のようなものを感じていた。

――きっと、嵐が来る。










***








翌朝、は内側から湧き上がるようなそわそわした感覚に起こされた。

胸の内で広がる波紋が何かを訴えている気がしたが、一体それが何なのか説明が付かず二の足を踏む。

言い表しようのない感覚を持て余しながら、布団を出ると外はまだ真っ暗だった。

同盟軍の出立は日の出とともにと聞いているが、達も過ごしやすい気候の内にと考えていた。

見送りをするにしても、まだ早すぎる。

は落ち着かない胸に手を当てて暗闇をぼんやりと眺めた。

こういうのを胸騒ぎと言うのだろうか。

だが所詮胸騒ぎというものは、自分の勘のようなものなのだ。

当てに出来るはずもない。

が深く息を吐くと、強い風が木々を揺らしての髪を散らした。

あまりの強風に思わず目を瞑ったは、その瞬間、髪の隙間から確かに見た。

何か黒い影が横切るのを。




「蝶・・・?」




風が止んで辺りを見回したが、そのような影は見当たらなかった。

口から零れ落ちた言葉にはすぐさま首を振った。

そんなはずはない。

例えあれが蝶だったとしても、あのように羽が大きく破れていては飛べるはずがない。

きっと木の葉か何かを見間違えたか、寝惚けていたのだろう。

それに応えるように出た欠伸に、もう少し寝ようとは布団へ戻った。

眠りに落ちる間際、ぼんやりと己の不安が生み出した傷付いた蝶に思いを馳せる。

蝶の命とも言える羽にぽっかり開いた大穴。

永くはないだろうその姿に、は美しさと儚さを見た気がした。

一体どうしてあんな傷が付いたのか。

答えが出るより先に、は幻覚を追う自分に苦笑を漏らして目を閉じた。

――全く、なんてセンチメンタル。

は全ての思考を放棄して、たゆたう眠気に身を委ねて眠りに落ちた。


* ひとやすみ *
の心情にいろいろな変化が訪れています。どきどき、ざわざわ。
 なぜだか分からないけど幸村の一挙一動に振り回される自分に困惑する主人公。
 まだこの感情に名前が付けられないようですが、私はそんな様子に頑張れと拳を握っております。笑
 そんなこんなで砂散華編は次でラストの予定です。一気に駆け抜けますよ!
 パノラマもようやく終わりが見えてきました!最後までお付き合いいただければ光栄です!    (12/05/27)