ドリーム小説

「明智の様子がおかしい?」

「アイツはいつもどっかおかしいぞ?」




後を付いてくる靭太と慶次に伝達係の男はそうじゃないのだと首を振った。

困ったように黙り込んでしまった男に二人は眉間に皺を寄せて歩く足を速めた。

とにかく見てみないと話にならないようである。

ここからそう離れていない場所に光秀が突然現れて、前田軍は浮き足立った。

大将である利家は肩を負傷し万全ではない。

本来なら役に立たない靭太が動くべきではないが、兵達の動揺を抑えられるのは利家だけだと踏んでこの場を任せ、

慶次に無茶を言って共に現場へと向かっていた。

光秀は油断ならない相手ではあるが、どうも様子がおかしい。

案内役の兵が立ち止り、指を差した先にいた光秀を見て、慶次と靭太は目を見開いた。




「くくく、もっとです。もっと、もっともっともっとぉ!!」




その場を支配していたのは狂気だった。

奇妙なほど静かな緊張感に気圧されて前田兵達は息を呑んで立ち尽くしていた。

何もない場所で一人楽しそうに鎌を振り回す光秀の姿に慶次と靭太も言葉がなかった。

まるで光秀には何かが見えているかのように、大鎌で空を切り裂きまくっている。

そして何より光秀はあちこちに深く傷を負い、血塗れで満身創痍だった。




「おい、明智の奴はもう・・・」

「あぁ。明らかに流していい血液の量を超えてる」




むせ返るほどの鉄臭さの中で、片腕を失くして止め処ない血を流しながら哂う男に二人は目が離せなかった。

一体何があったのかと聞くも、現れた時にはすでにあの状態だったのだという。

これでは状況説明に言い淀むのも無理はない。

黄泉へ片足を突っ込んでいる男は青白い顔で狂ったように何かを叫んでいたが、ふとした瞬間に慶次を見た。




「そうですね。最後に共に一差し舞ってもらいましょうかね」




フラフラと真っ直ぐとは言えない足取りで光秀は慶次に近付いて、残った腕で力いっぱい鎌を振り抜いた。

慶次は危なげなくそれを槍で受けたが、とても瀕死状態の力とは思えないほど重い一撃で驚いた。

隙を与えない激しい斬撃が何度も繰り出され、二人は場所を入れ代わり立ち代わり戦い合った。

命を削りながら力いっぱい腕を振るう光秀の姿はどこか神々しく遠くで見ていた靭太は息を吐いた。

本当に舞っているようだ。

相手があの明智光秀だということも忘れて、靭太は魅入っていた。




「斡祇殿」




靭太は気配なく背後から声を掛けられて背筋が凍った。

慌てて振り返ると見知らぬ忍の姿に冷や汗を流したが、その洞察力で敵ではないと気付き肩の力を抜いた。

一見どこにでもいそうな忍だが、腕に小さな透かし雪華が描かれていた。

彼らは雪深い越後では白い衣に身を包み、主である謙信からは雪組と呼ばれているらしい。

一部知られている呼称は別にあったはずだが、なぜ雪組なのかは流石の靭太にも分からなかった。




「軒猿の者か」

「は。虎の若子並びに独眼竜が信長を討ち取りました」

「何?!」




声を裏返して叫んだ靭太に打ち合っていた慶次と光秀の視線が向いた。

ドドドと煩い心臓の音を聞きながら靭太は目の前の忍に視線を留めている。

分断線は解除され、警戒態勢を取りながら若者二人はこちらに向かって来ているとのことだ。


信長が討たれたということは事実上織田軍の消滅である。

長きにわたり信長と戦ってきた斡祇にとって最大の難関を越え、靭太は歓喜に打ち震えていた。

と父の屋代が切札の一つとして同盟軍に救援を要請していたが、はっきり言って靭太は同盟軍など当てにしてなかった。

ましてや同盟軍でもない前田と斡祇を囮に織田を討とうとするなど腹立たしいことこの上なかった。

だから同盟軍など知るかと目を逸らして来たのだが、今ではよくやったと上から目線で褒め称えている。




「おい風来坊!信長が奥州甲斐越後の同盟軍に討たれたらしい!」

「は?!嘘だろ?!」




興奮状態で声を掛けた靭太は気遣わしげに顔を逸らした慶次の視線を追って我に返った。

靭太の言葉を聞いて無言で立ち尽くしていた光秀を見てしまったからである。

禍々しく光っていた大鎌はいつの間にか光秀の手を離れて地面に落ちており、ひどく気まずい空気が流れていた。

辺りには薄ら寂しい風の音と、ピチャンピチャンと光秀の腕から新たな滴が落ちる音しかしない。

あんぐりと口を開き、顔色悪く先ほどから微動だにしない光秀。

やはり明智と言えど主が亡くなれば平静ではいられないかと慶次と靭太が視線を交わした瞬間、光秀の声が空を裂いた。




「くははははははっ!!ふふふふふ!そうですか、あの信長が喰われましたか!なんと情けない!!」




身体を捩りひいひい言いながら笑い転げる光秀に慶次と靭太は顔を引き攣らせた。

同情しかけた自分が何だか嫌いになりそうだ。

この異常な光景を見ていた者は何だかゾッとして後退りした。




「己を魔王と称したくせに私より先に逝くとは!くふふふふ、あぁ、愉快ですねぇ」




長い髪を振り乱し、空を見上げて笑う光秀に二人は溜め息を吐いた。

どこまで行っても明智は明智だった・・・。

何だかどんよりした気分を抱える二人を余所に光秀は目を細め清々しそうに笑った。





「ふふ、今日はなんて素敵な日なんでしょう・・・」




笑みを湛えて立ち尽くす光秀を見て二人は仕方ないのでしばらく好きなようにさせておくことにした。

しかし、どれだけ経っても宙を見上げたまま動かない光秀を不審に思い、近付いて二人はハッとした。

瞬きを一度もしていなかったのだ。

これ以後、二度と動くことのなかった光秀の最後の表情は、どこか優しさが滲み出てた清々しいものであった。


* ひとやすみ *
・年越し早々ヘヴィな話ですいません。演出上さらりと書いたつもりですが
 気分を悪くさせていたら申し訳ないです。追記するなら彼は満足していたとだけ記しておきます。
 どうも慶ちゃんと靭太を組ませると漫才コンビにしかならず、落ちる話も落ちません。うーん。
 さてそろそろ合流してもらいたい所ですが、どうなることやら・・・。笑
 今年もちんまりと頑張りますので、また一年よろしく願いまーす!!!                    (12/01/01)