パノラマな私たち

110. 戦う女たち.

が戻ってきたことで安堵した斡祇兵達はすぐさま態勢を整えた。

未だに続く倦怠感を引き摺りながら、は近くで動き回っている己鉄に視線を向けた。

何でもないように振る舞ってはいるが、己鉄はもう動かせない。

また一つ手札が減っては低く唸った。

ただ、救いなのは己鉄と戦った明智が深手を負っているに違いないことである。

傷の少ない己鉄と、あちこち赤黒く変色した土が戦いの壮絶さを物語っている。

災害のような二人の戦いをきちんと見ていた者がいないので、どうなったのか己鉄以外に知らないのだが、

ボロボロの彼を見て誰も深く事情を聴けなかった。

一先ず敵を退けられたということで納得したは、今は前田の情報と双野木の情報をひたすらに待っていた。

しかし、飛び込んできた報せは予想外のとんでもない物だった。




「姫様！敵襲です！前田の陣の方角から何者かが銃撃してきており、応戦していますが現場の指揮が錯綜しています！」

「何でそんな所から敵が来るの？！前田は一体何してるのよ！」




前田の陣が近くにあることで、一番警備を薄くしていた所を横から突かれたのだ。

油断していたとしか言いようがないが、こちらに気付かれずに横から攻めてくるには前田を通らなければならない。

は盛大に舌打ちをして警戒を呼びかけながら、すぐさま現場へと向かった。

襲撃現場は異様な焦燥感を醸し出し、混乱を招いていた。

一先ず目の前の敵を倒すことにしているが、皆の心に不安が生まれているのを感じ取ったは声を張り上げ檄を飛ばした。




「聞け、斡祇の強者達よ！奇襲如きで狼狽えるお前達ではないだろう！臆するな！ここで負けたら誰が斡祇を守るのだ！」




戦場にの澄んだ声が響き、その白く凛々しい姿を目にした瞬間、誰からともなく姫様だと呟いた。

揺らいでいた瞳が再び炎を取り戻し、己が仲間と家族のために心を奮い立たせた。

頼りになる主の姿を見たことで斡祇の兵の士気が上がる。

その様子にがホッとした瞬間、ズキュンと甲高い音がしての長い髪が僅かに散った。




「あら惜しい。その可愛い顔を血で彩ってあげたかったのだけれど」

「・・・必要ないよ。厚化粧は貴方一人で十分だ」

「言ってくれるじゃないの、小娘が！上総介様のためここで散りな！」




目元に険を滲ませた婀娜っぽい女の言葉にようやくは魔王の嫁だと思い至った。

どこからともなく取り出した銃を何のモーションもなく、易々と両手で扱う様に驚いた。

まるで鞭のように縦横無尽に走らせる銃弾に、流れるような手付きで入れ替えるマガジン。

もはや種子島という火縄銃のレベルで常識を計っていては、この世界では生きていけない。

戦闘慣れしている濃には場違いにも心底感心していた。


一方、濃もこの網の目のような銃撃の隙を縫って軽やかに躱している女を見直していた。

銃はその軌道さえ読めれば避けるのはそんなに難しくはない。

だが実際、着弾するまでの僅かな時間にそれを考え、強い精神と冷静さを持って対応出来る人間はそうはいないのだ。

だからこそ信長と共に覇道を突き進んできた濃の前に倒れた武将は少なくない。

しかしは弾が直線にしか飛ばないことをきちんと理解した上で無駄なく避けている。

面倒な敵だと思いつつも、十分にの実力が測れた濃はニヤリと口端を上げた。




「前田に遭遇してここでも貴方達に遭遇してついてないと思ったけれど、貴方達が斡祇なら話は別よ。

　それにどうやら貴方、ただの雑兵じゃなさそうね」

「だとしたら、私を捕らえる？」

「えぇ。実力は私の方が上のようだしね！」




はその言葉に苦虫を噛み潰した顔をして、放たれた弾幕の内、致命傷狙いの弾道をいくつか黒刀飛沫で逸らしたが、

全ては避けきれず身体のあちこちに僅かに弾がかすり傷を作った。

事実、も濃姫との実力差を実践の中で感じ取っている。

じわじわと追い詰められているのを感じながらも、は起死回生の一手を狙っていた。

弾の補充に手数が減った瞬間、は一気に走り込んだ。

銃を好む濃からすれば近距離戦は回避したいが、が一撃を与えるには何が何でも近付かなければならない。

慌てて弾を充填した銃を上げたが、すでには飛沫を振り上げて飛びかかっていた所だった。

ギィンと金属同士がぶつかる甲高い音を聞きながらも、左手の攻防も行われる。

互いに右手は銃と刀で押し合い、濃の左手は銃口を弾かれに掴まれていた。

ギリギリと拮抗する中、濃は熱が少しずつ奪われ肌が粟立つ感覚にハッとした。




「この力、まさか同じ闇の能力者？！」




近付くだけでもこの威力なら、この刀に触れると拙い。

濃は躊躇なく左手の銃を投げ捨てての手を振り払うと、すぐさま後退して距離を取った。

その咄嗟の判断力に感心してはいたが、は溢れ出る冷や汗にそれどころじゃなかった。

濃ほどの人物になると、飛沫で吸い上げる精力はおそらく半端ないだろう。

そしては飽和状態の限界を超えていた。

ハッタリにしてもこれ以上は持たない。

集中力が散漫していたのもあるが、が闇の能力者という事実が濃を必要以上に刺激していた。

が息を吐いた次の瞬間、気が付けば濃はどこからともなく機関銃を召喚し、を見据えていた。




「消えておしまい」

「しまっ・・・・！」




の息を呑む音をかき消すように、ドドドドドと激しい銃声が戦場に轟いた。

巻き上がる砂煙にの姿は掻き消えた。