ドリーム小説

轟音と巻き上がる砂煙に何かが起きていると誰もが知る所となった。

そしてそれは予想外の早過ぎる幕開けの合図ともなった。

斡祇の陣の方角を険しい表情で見つめていた達はその直後背後で響いたけたたましい音に飛び跳ねた。




「今度は銃声?!」

「拙いな。利達がいる方角だ」




と慶次はとっさのことで決断力が鈍っていた。

前方の砂煙には斡祇が、後方の銃声には前田が。

移動中の二人は皮肉なことにちょうどその中間地点にいた。

迷うの脳裏に彼の情けない顔が浮かぶ。


――怖いから早く帰って来てね


は刀を握り締めると一気に駆け出して、呆けている残りの敵兵達を飛沫で斬りつけた。

黒い煙を纏う飛沫に触れた兵達はパタパタと倒れ、全て倒すとは刀を鞘に納めた。




「慶ちゃん、利家さん達の所へ行って」

「けど、お前・・・」

「靭太がいるし私もそっちが気になるけど、己鉄が私の帰りを待ってるから」




有無を言わさぬの笑顔に慶次は言葉を呑み込んだ。

は何か焦っている。

慶次とこれ以上話していられないほどに。

仲間達が危ないかもしれないのだから焦る気持ちは分かるが、今までのの対応からしてそうではない気がした。

一体何をそんなに焦っているのか。

慶次の思考はの声に遮られた。




「それじゃ、また後で会おう」

!・・・・無茶だけはするなよ」

「うん」




力強く頷いたのを見届けると、二人は互いに背中を向けて一斉に走り出したのだった。









***








斡祇の陣襲撃の少し前、い組と陣を一人任されていた己鉄の元にも鷹文部隊からの報せが入っていた。

屋代が蘭丸に押されているとのことで、己鉄は怪訝そうに首を傾げていた。




「うーん。あのお屋代様が押されてるくらいで報せを寄越すかなぁ?」




斡祇が不利なことは元より承知のはずだし、何よりそんなことで当主を煩わせるような人ではない。

心配性な当座辺りが勝手に報せを出したのだろうと己鉄は結論付けたのだが、その予想は見事に当たっていた。

もちろんも多分にその可能性を考えてはいたが、万が一を考えて小太郎を送り込んだのだ。

こんな文が出せるほどまだ余裕のある村の様子に己鉄は小さく笑ったが、

感覚の隅に引っ掛かった違和感に思わずその場から飛び退った。

すると己鉄の首のあった場所を銀の刃が音を立てて通り過ぎていった。




「おやおや、どうやら少しは楽しめそうですね」




血に濡れた鎌を掲げながら楽しげに首を傾けて笑う長髪の男に己鉄は一気に青褪めた。

鎌に付いた血が何の血かなんて考えたくもないが、こんな狂気を滲ませた男は一人しか知らない。




「明智光秀ッ・・・?!」

「クク、貴方の様な名も無き武人では少々物足りないですが、まぁいいでしょう」

「・・・来るな!!」




己鉄の青褪めた表情を楽しむかのように舌舐めずりする光秀は一歩一歩近付いて来る。

絞り出すような己鉄の声を聞いた斡祇の兵達がその光景に息を呑み、慌てて己鉄の前に飛び出した。




「俺達は姫様にここを任されてるんだ!」

「そうだ!斡祇をやらせて堪るか!」

「旦那、戦えないなら下がっててくれ!」

「待って、君達じゃ・・・!」




一瞬の出来事だった。

庇うように立ち塞がってた斡祇兵が己鉄の視界から消え去ったのは。

後から来た斡祇兵もその様子に息を呑んで、動きを止めた。

パタリと己鉄の頬を濡らした生温い感覚に思わず手を伸ばすと、ぬるりとそれは己鉄の手を赤く染めた。

重い沈黙に狂人の不機嫌そうな溜め息が割って入る。




「やれやれ、私の相手にもなりませんね。私はもっと私を酔わせる血が見たいのです」




光秀の言葉にも耳を貸さない己鉄はドクンドクンと煩い心臓を抱えながら、ぎこちなく首を動かした。

吹き飛ばされ折り重なるように倒れている斡祇兵達は赤い水溜りに沈み、どう見ても事切れていた。

己鉄は手を染める赤色に全身を震わせた。


――血が・・・、血に染まる・・・


その直後、光秀が億劫そうに頭を上げて遠くの空を見上げた。




「どうやら私は外れを引いたようですね。姫軍師とやらもここにはいないようですし」




こちらに背を向けて今すぐにでも立ち去りそうな光秀に己鉄はピクリと反応した。

・・・・・・・・・姫軍師?

不思議なことに己鉄の身体の震えはピタリと止まっていた。




「・・・待ちなよ。ハズレ?違うよ。おめでとう、君はアタリを引いた」

「なんです、今さ・・・ッ」




振り返った光秀は自分を射抜く視線に言葉を失くす。

ざわりとした冷気が辺りを吹き抜けて、己鉄の背後にいた斡祇兵もそのおぞましいほどの殺気に身を硬くした。

い組のまとめ役である組頭が真っ先に正気を取り戻し、兵達をこの場から下がらせた。




「頭っ!己鉄様って戦えないただの坊なんじゃ・・・!」

「・・・お前、宕之鬼[ごのき]衆を知ってるよな」

「え?あの斡祇最強の忍衆ですよね?宕之鬼の村は忍村。現忍頭を誰も見たこと無いので噂ですけど歴代最強の忍とか」

「俺も確信があるわけじゃないが、あいつ、おそらく宕之鬼の若様だ」

「え!じゃ、じゃあ、あの人が忍頭?!」

「とにかく兵をもっと下げろ。巻き込まれたらひとたまりもねぇぞ!」




慌てて逃げる兵達に見向きもせず、己鉄と光秀は目を逸らさずに睨み合っていた。

痛いほどの殺気を全身に浴び、光秀は歓喜と恍惚で肌を粟立たせた。




「あぁその眼・・・!能ある鷹は爪を隠すとは誠のようですね。もっと、もっと私を楽しませて下さい」

「変態が」




顔付きが変わるほどの殺気を滲ませる己鉄に光秀はニンマリと笑う。

光秀は精神異常ではあるが、こう見えてもあの信長の手足となれるほどの頭脳を持っているのだ。

己鉄の豹変を嬉々として眺めていた光秀ではあったが、その切欠を精確に見抜いていた。




「フフフ、さあ早くヤり合いましょう。私は貴方を踏み越え、姫軍師をこの手に掛けなければならないのですから」

「貴様ぁぁぁぁ!!」




一気に踏み込んだ己鉄は爆発的な速さで斬りかかり、それを光秀が受けた瞬間、剣圧だけで空気が熱を孕んで弾けた。

二人が衝突した威力は凄まじく、木々を薙ぎ倒し、空気を爆発させ、森が悲鳴を上げた。

大地を揺るがすその戦いが全ての幕開けを告げることになるのだった。


* ひとやすみ *
・はい。意外にも己鉄vs光秀開戦。なんてこったってな感じです。
 実は最初から己鉄は忍設定だったんですが、気付いてた方はいるでしょうか?
 いやね、ちょいちょい記述はしてたんですよ?小太郎と大根挿んでやりあった時とか。笑
 さて主人公は間に合うのか?己鉄も可愛がっていただけると光栄であります!         (11/08/02)