ドリーム小説
庵樹にしがみ付いては何を話したかすら覚えていなかったが、

一定のテンポで背中を叩いてくれる大きな手に気付いた時にはかなりの時間が経っていたようだ。

が見た城下町は夕陽で赤く染まっていたはずだが、今はほとんど陽は空の向こうに沈んでいる。

急に慌てだしたに庵樹は困ったように笑った。



「落ち着いたか、お嬢?」



庵樹の言葉には黙ってコクリと頷いた。

庵樹は一つ頷くとの肩を叩いて寺を指差した。



「んじゃ、寺に戻ろうぜ。話は後で聞くから、な?」

「は、い・・・」



それから庵樹はの背を押して寺まで歩かせた。

元居た部屋に戻った時、部屋にはまた違う僧侶がお茶を入れて待っていた。

対応に困って庵樹を振り返ったが、庵樹は寒いと言って真っ先にお茶に向かって助けてくれそうにない。

そんなを見て僧侶は薄く笑って入室を促した。



「初めまして、住職名代を務めております虎珀と申します」

「あ、初めまして、斡祇といいます」



虎珀法師は庵樹と同じ服装だったが、姿は庵樹とは真逆の存在だった。

背はより少し高く、髪は少し癖のある綺麗な栗毛で、笑顔が良く似合う優しい感じの人である。

が虎珀を観察していた向かいでズズズと茶を啜る音が聞こえて視線を庵樹に向けた。



「さて、と。詳しい話とやらを聞かせてもらおうか」

「え、でも・・」



は困ったように口を開いてチラリと虎珀を見た。

虎珀はキョトンと目を瞬かせてからニコリと微笑んだ。



「ご心配なさらずに。さんがここにいる事を知ってる者は私とこの人だけです」

「そーそー。これでもこいつここの責任者だから話しとけ」

「責任者代理です」



笑顔を崩さない虎珀に何だか気圧されたのか、はおずおずと頷いた。

むしろこの人に話す方が不安でしょう、と溜め息を吐いて見せた虎珀には小さく笑った。

庵樹は文句を言っていたが虎珀とは笑っていた。

そのおかげか、は二人に全てを話す決心ができた。






は自分の口から紡がれる言葉がまるでどこかの物語のようだと思った。

信じられないであろう話をするには勇気がいったし

徐々に怪訝な顔になっていく二人には苦笑いするしかなかった。

だけどにはこの二人しか頼れない今、全てを話すしかない。

昨日のような事が日常茶飯事に起こるような世の中を一人で生きていける自信なんかは持ち得ていない。

帰るまでは無理をしてでも生き延びなければいけないのだ。

意を決して、握った拳を見つめながらは根気強く話した。












情報を整理するかのように手探りで話すを眺めながら、庵樹は気がふれたのではないかと思いたかった。

虎珀もさすがに戸惑った様で困ったように庵樹に視線を送っている。

庵樹と虎珀は最初は作り話だと笑って相手にしなかったのだが、の必死さに耳を傾けるようになった。

それからは到底信じられる話ではない事ばかりで本当に困った様子でを見つめていた。

実際、庵樹と虎珀は袴の見たことの無い縫目や携帯を見せられて、簡単に作り話だと足蹴には出来なかった。



「五百年後ねぇ・・」



突飛な話だと自身が思っていた為、話し終えると俯いてしまった。

虎珀は動揺を隠せないで居たし、庵樹は庵樹で頭を掻き毟っていた。

三者三様に困り果てていて嫌な沈黙が続く。



( さて、どうしたものか・・・)



庵樹はを窺い見てから怪訝そうな虎珀を見ると自然と口元が緩んだ。

それを目撃した虎珀は眉間に皺を寄せている。



「虎珀法師、コイツをここに住まわせたらダメか?」



突然の申し出には驚いて庵樹を見て声をあげた。

もちろんにとっては願ってもない申し出ではあるが、そこまで頼ってしまうのは気が退けた。



「庵樹さん、ありがたいですけどそこまでご迷惑はかけられません」



の声を聞いて虎珀は目を細め、庵樹と聞こえないほど小さく呟いた。

そして次に庵樹を見てから苦笑を漏らした。



「庵樹、ダメも何も頷いてあげたいけれど決めるのは洛兎和尚です」

「洛兎和尚?」

「ここの住職だ。今は説法巡業中でどこにいるんだか」



頭をかきながら述べ、どこか遠くに視線を向ける庵樹に虎珀は溜息をついた。

それから虎珀はを見てニコリと笑った。



「いいでしょう。名代の私がお客として迎えましょう」

「えぇ!・・・いいんですか?!」

「虎珀がこう言ってんだ。素直に受け取っとけ」



虎珀は庵樹に鋭い視線を一瞬向けて、眉間に皺を寄せて目を瞑った。

は両者を窺い見てどうなっているのか理解できなかった。

困った様に見てくるに虎珀は苦笑した。



「気にしないで下さい。ウチのボンクラ和尚はふらふらふらふらしてて滅多に帰ってきませんし、

 むしろ帰って来たら要らぬ厄介事を持ち込むので叩き出してやりますよ!」



は温厚な虎珀にここまで言わせる和尚がすごいと思ってしまった。

さすがの庵樹も虎珀の気迫に表情が引き攣っていた。



「ですが、実は五日後にこの寺で大きな祭事がございまして・・・」



虎珀の尻すぼみな言葉を正確に理解した上では思わずホッと息を吐いて頭を下げた。

要するに客としてここに居られる期間は五日間と言う事である。



「ありがとうございます。実は不慣れな土地で不安だったので・・・。五日間だけでも十分です」

「本当に申し訳ないですが、住む場所や仕事の工面は庵樹が致しますから扱き使ってやって下さい」

「は?!俺だけかよ」

「私は和尚が不在で仕事が多くて手伝えそうにないのです」

「いえ!お忙しいのに虎珀さんに手間を掛けさせる訳にはッ」

「俺だって忙しいん「庵樹」



虎珀はニコリと微笑んで庵樹を見た。

その有無を言わさぬ微笑に庵樹は口を閉じる羽目になった。



さんを助けておあげなさい」



そんな事には一切気付かないは本当に嬉しそうに目を輝かせて虎珀を見ていた。

庵樹の答えは一つしかなく、首をガクリと縦に振った。

微笑んで頭を下げたに虎珀は申し訳なさそうに微笑み返して立ち上がった。

それから虎珀はこの部屋を使っていいと言い残して庵樹と二人で部屋を出て行った。






***






の部屋を出て廊下を並んで歩く二人には会話はなくただ黙々と寒い廊下を歩いていた。

虎珀が自室に入ると庵樹も当然のように入って来て座り込んだ。

虎珀は蝋燭に火をつけて部屋に灯りをともして火鉢を手繰り寄せた。

曲がった背筋を伸ばすように腕を天井に向けて伸びをした庵樹はふと虎珀の視線を感じた。

灯りに照らされる虎珀の目は据わっていて庵樹はギクリとした。



「貴方、片倉殿が連れて来たとはいえ、あんな童子をここに置いてどうするつもりですか?」



言っている事も突飛過ぎて怪しいのにと虎珀は小さく溜め息混じりに呟く。

その不安そうな虎珀を庵樹は笑い飛ばした。

そんな庵樹を不思議そうに虎珀は見返す。



「おいおい、あれ女だぜ?」

「っ!まさか!・・もっと悪いではないですか!」



細身だがキッチリと着こなしていた袴のせいか、それとも元々中性的な顔つきのせいか

が女だと見破っていたのは庵樹だけだった。

とは言うが、その庵樹だって着替えさせて始めて気付いたのだ。



「はいはい悪かったな。しかし五日だけなんて性格悪くなったんじゃねーか?」

「慎重だと言って下さい。ですが貴方の方が根性悪だと思いますがね」

「お前・・容赦ないな。・・まぁ、これから面白い事になるといいが」

「全く。貴方って人は。五日だけですよ」



虎珀は嬉しそうに笑う庵樹を一瞬だけ見ると、目を閉じて息を吐いた。


* ひとやすみ *
・和尚は洛兎(らくと)、優しい坊さんは虎珀(こはく)と読みます。
 読みにくいオリキャラばかしで申し訳ないですッ!       (08/11/10)