ドリーム小説
畳の匂いと布団の重さに瞼を開くと目に飛び込んできた天井は見知らぬ木造だった。

首を動かして周りを見ると畳の小さな部屋なようで、あるのは経らしきものが書かれた掛け軸と襖のみだった。

起き上がると枕元にいろは包丁と泡沫、ハガネと所持品が並べてあった。

気付けば袴ではなく、薄手の着物を着ているのに首を傾げて記憶を辿ってみる。



「おー。起きたか、お嬢」



声と共に襖が開くと熊のような男が入ってきた。

筋肉質な体格をしてはいるが、身を包む服装は何とも質素で、似合わずも法衣を着ていた。



「昨夜、片倉殿がこの寺の縁者と思って、倒れたお嬢を連れて来たのよ」



の布団の横に胡坐をかいて座った僧侶は、ボサボサの髪を掻きながら困ったように言った。

どうやらここは寺の様で、意識のないを片倉と言う人物が連れてきてくれたようだ。



「金さんの苗字は片倉さんだったのか・・・」

「は?」



が首を振って何でもないと答えると、僧侶は目だけで枕元の所持品を見て顎に手をやった。



「庵樹だ」

「・・・は?」

「いや、人に名を尋ねる時は自分からと言うじゃねェか。それでお嬢の名は?」

「・・・斡祇です」



何ともざっくばらんな庵樹に戸惑いながらも名乗ると庵樹は清々しくなるような笑みを浮かべた。

すると今度は本当に不思議そうに目を細めて携帯を指差し、これは何だと聞いてきた。

まさか携帯を知らないなんて思わなかったは目を瞬いた。

さすがに祖父でも携帯の存在くらい知っている。

は相変わらずの圏外に気を落としながらも携帯を開いて見せた。

待受で踊る某真っ黒なネズミーに、庵樹は目を見開いて携帯をひっくり返したりして眺めている。



「あの・・金さ、片倉さんて方は?」



急にまだ昨日のお礼をしていない事に気付き声を上げると、庵樹は携帯を手放して向き合った。



「あー。アイツも忙しいお人だからアンタを置いて帰ったぜ?」



残念そうに俯くとまた様子を見に来ると言ってた、と庵樹が呟いて何故だかの頭をわしゃわしゃと撫でた。

それよりも一晩明けてしまったからには家族が心配しているはずだ。

ようやく人に会えたからにはこの状況を何とかしなければいけない。



「あの、ここはどの辺りのお寺ですか?」

「あ?あぁ、ここは奥州だ」



( え?今なんと・・?)



庵樹の目から見てもの顔色が悪くなった。

都合が悪かったかと後悔した庵樹は取り繕うように言葉を続けた。



「あー。と言ってもすぐそこが米沢城下だから足はすぐ用意できるだろうよ」



( 奥州・・・米沢じょうか・・・?

 何でそんな古い言い回しを?ここは・・・山形県?)



「え、と・・。とりあえずどこか電話出来そうな場所知りませんか?」

「は?でんわ・・?何だそりゃ」



一瞬にしてその場に嫌な空気が広がる。

携帯だけではなく電話も分からないとは何か変だとさすがのも察した。

沈黙が痛く、どうしようかと目を泳がせると庵樹も眉間に皺をよせて顎に手をやっていた。

すると庵樹が意を決したように顔を上げて声低く囁いた。



「お嬢は一体何者だい?見た所、不思議な物ばかり持っているようだが」



空気が凍った。

小さい声であったはずなのに冷たさを含んだ言葉にビクッとの身体が跳ねた。

庵樹の見た目は熊の様な引き締まった体の人物だが、その射抜くような眼力の強さは鋭すぎて目が離せなくなる。

目は逸らせないまま掛け布団を強く握って、はとりとめもない言葉をぽつりぽつりと落とすように話す。



「た・・ただ家に帰りたくて・・・場所、分からなくて・・遠くても・・駅、電車で」



の瞳は恐怖に染まっていてただただ庵樹に何かを伝えようと口を開いていた。

最早言葉にすらなっていない言葉を聞きながら庵樹はの指に視線を移した。

強く握りすぎた細い指は白くなっていた。



( やばい、脅しすぎたか)



庵樹は内心で舌打ちをして、ボサボサの髪をさらに混ぜ返したくなった。

そして思わず庵樹は長い付き合いの住職代理の顔を思い出した。



( 年頃の女の扱いなんて分かる訳ないだろうが!!)



しかし、庵樹から見てもこんなにたくさんの刃物を持ち歩き、不思議な道具を持つ女はどう見たって普通じゃない。

肩より少し長い黒髪に、女にしては高い方の身長、中性的な顔立ち、歳は十五、六ぐらいだと予測をつける。

未だ、怯えているを見ながら庵樹はその容姿に深く感嘆する。




( どう見ても小童だろ。

 女なのに袴を着ているし、虎珀や小十郎もどこかの武家の息子だろうとか言ってたしな。

 まぁ俺だって着替えさせた時に初めて気付いたんだから仕方ねぇが )




それにしても意味の分からない言葉ばかりが次々と出てくる。

庵樹が分かった事といえば、迷子で、家に帰りたがっていて、ここがどこだか分かっていない事だった。

庵樹は自分の方こそ訳がわからんとばかりに溜め息を吐いて今にも泣きそうなに謝った。




「あーあー、悪かった。別に取って食いやしねェから。んでお嬢、家はどこだ?送ってやる」

「え?でもだってここ山形県で・・」

「だからな、ここは我らが伊達政宗公のお膝元なんだってば」



庵樹が溜息と共に投げやりにそう言ってやれば、の顔から血の気がすっかり引いていた。

尋常じゃないほど震えているのに気付いた庵樹はさすがに心配になって覗き込んだ。



「う、そ・・伊達・・まさむね・・?生きてる・・の?」



庵樹はそれを聞いて益々心配になった。

当たり前だろうがと、宥めかすように言ってやったのがまずかった。



は逃げた。

それは突然に。



襖を派手に開け放ち、突如として無我夢中に走り出した。

庵樹は突然の事に驚いたが、とにかく追っかける事に集中した方が良さそうだ。







***






伊達政宗。

戦国時代に名を列ねる武将。

その名を知らない人は現代日本ではいないだろう。



( 何だそれは。何がどうなってるの?)



気付けば山形県の奥地に居るだけでも信じられないのに戦国武将が生きてるなど到底信じられる話ではない。

一つの有り得ない予感が脳裏に浮かんだが、は振り払うように頭を振って走った。

とにかく走った。

足の裏が冷たかろうと小石が痛かろうと走った。

ふと、寺を降りる階段に行き当たった所でその光景に自然と足が止まり、声を失った。

目の前の道の先には町が続き、その背後には米沢城が聳え立っていた。

眼下に広がる世界は、が知っている物ではなく、時代劇のパノラマのようだった。

の顔色は真っ青になり、支えきれなかった膝が折れた。

追いかけていた庵樹は階段前で崩れ落ちたに駆け寄り、目の定まらないを見た。

するとゆっくりと庵樹を見たは今度は勢いよく縋り付いて来た。

予想していなかった庵樹はに押し倒される形になって尻餅をついた。



「どうしよう!!私、過去に来ちゃったみたい・・」


* ひとやすみ *
   ・庵樹(あんじゅ)と読みます。次回もオリキャラ注意報発令デス!(08/11/09)